第三章 もうひとりの吹奏楽部員 2 浩子 3

「おかあさん、ほんとの事を教えて!私、いつまで入院しなくちゃいけないの?」

浩子は母の光代にいらだちをぶつけていた。

入院が一年近くになっても点滴と血液検査ばかりが続き、退院の話すらでない。寝てばかりで退屈な毎日。気分の優れない日もあるが概ね元気なのにどうして退院できないのか、病名を担当医に聞いても「血液の病気」としか答えない。浩子自身もノートパソコンで調べたが、血液の病気と言っても星の数ほどあり、自分に当てはまるのが何なのかわからなかった。

「浩子、あなたの病気は長くかかるのよ、先生もおっしゃってたでしょ」

光代は浩子のいらだちをなだめるつもりで言ったが、浩子にはそれが気に入らなかった。

「何の病気なの?ガン?はっきり言ってよ!お母さん知ってるんでしょ!私死ぬの?」浩子は他の患者もいる部屋で大声をあげて泣きじゃくり光代をなじった。

「浩子、落ち着いてお願い!」

「嫌い!出て行って!」

浩子は光代に向かって脇にあったトレーを投げつけた。バーンと大きな音を立ててトレーとデザートスプーンが床に転がった。

「わーっ!」浩子は光代に背を向けて布団にくるまりさらに泣き出した。

光代はナースコールを押した。すぐに恵子が来た。

「どうされました?」

「あ、すいません。娘が取り乱してるんです。鎮静剤か何かを」

「お母さん、こんな時に投薬はいけません。私が対処します」

そういうと恵子はカーテンを引き、大きな体でベッドで泣きじゃくっている浩子の背中をさすりながら優しく声をかけた。

「ひろちゃん、ひろちゃん、落ち着いて」

「恵子さんなの?」

「そうよお、病気のことでイライラしたんだね、わかるよ」

恵子の太いぷにっとした手が温かいのか浩子は落ち着きを取り戻し始めた。

光代も感心して見ていた。

「わたし、自分がいつ退院できるのかわからなくて、それでお母さんにもあたっちゃったの」

浩子は身体の向きを変えて恵子の腕にすがりついた。

「お母さん、ごめん」

光代はホッとした。

「浩子、じゃあお母さん先生とこ寄って帰ります。また明日来るからね」

「うん」浩子は恵子の腕の中で返事をした。

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