第三章 もうひとりの吹奏楽部員 2 浩子 1

 加羽沢浩子はベッドの上で少しイライラしていた。

 点滴の中身がもう終わってしまい、本来なら担当ナースが来て交換するのだがそのナースはまだ来なかった。


「んもうっ!」浩子はナースコールを押した。


 ほどなくピンクのナース服でお下げ髪の松浪恵子がハアハア言いながら、ナースステーションからドタドタ走って来た。

「ひろちゃん、どうしたのかな?あ、点滴終わりなんだ、ごめんごめん」

「恵子さん、遅いよ。いつもなんだから」浩子が空っぽになった点滴バッグを指差して口を尖らせて言った。

 恵子があわてて点滴のバッグを交換したがその時浩子の腕に繋がっているチューブを引っ張ってしまった。

「い、痛い!恵子さん、ほんとっに点滴ヘタクソなんだから!」

「あ!ご、ごめんなさい!」


 恵子はぽっちゃりと言うよりかなり太っていた。

 正看護師の資格は持っているが、ミスが多くて看護師長の一万田和子からしょっちゅう怒鳴られていた。

 2週間前に浩子の担当になったものの点滴の針を挿すのが下手で浩子からも怒られていた。


 恵子がナースステーションに戻ってくると、和子が腕を組んで立っていた。


「松浪!お前またやったんか!いつになったら遅れんとやれんねん!」

「は、はい、すいません!別の仕事してて加羽沢さんの点滴バッグの交換を忘れてました」

「ほんまに使えんやっちゃなあ、うち、いつかお前が患者殺すんちゃうか気が気でしゃあないわ」

 隅で他のナースたちが「また怒られているよ」と小声でささやきあった。

 一万田和子は大阪出身で県立病院の看護師長になってから15年になるが関西弁が全く抜けなかった。


「お前今度やったらヤクザの担当に変えたるからな!」

「は、はい!気をつけます。では、すいません、休憩いただきます」

「仕事できんのにメシだけはちゃんと食うねんな。あ、お前の場合はエサか」

 和子が吐き捨てるように言った。


 和子のパワハラにも慣れているのか恵子はそそくさと食堂へ向かった。

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