第二章 吹奏楽コンクール 10 コンクール本番 2
指揮台に小林が立った。小林は「たのむぞ」と全員に目で合図した。
緞帳が上がった。横一列の照明がぱあっと目に飛び込んできた。
「まぶしい」直は肩をすくめ目を閉じたがカッコ悪いと思い、すぐに開けた。
真っ白い光の中で小林が大きく見えた。客席は真っ暗で見えなかった。
タクトが下りた。直にとって生まれて初めての12分間が始まった。
真っ白な光の中、ひんやりとした乾いた空気、舞台の木材の匂いがする。
直の背筋は自然とまっすぐになった。
技術室での合奏では反響しあって、音の塊の中で練習しているようだったが、ステージの上では全ての音が客席に飛んでしまい自分の出す音しか聞こえなかった。一音一音がくっきりと聞こえる。今は目の前にある書き込みで真っ赤になった楽譜に忠実になり、指揮棒に合わせることだった。余計なことなど頭に入る余地などなかった。
あっという間に本番は終わった。
ステージを降りるとき、凛が「直、頑張ったね!」と笑顔で肩を叩いた。
直は、初めてのステージで受けたエネルギーから解放された空虚感で空っぽになっていたから、凛の一声でハッとした。
「せんぱあい、私ちゃんと吹けたかなあ?」
「直、もう終わったんだよ。そんなこと気にしないで。ちゃんとできてたよ」
「そうかあ、でも先輩のコンクールも終わったんだね」
「私のこと気にしてたの?そうかあ確かに終わりだね。そんなことちっとも思ってなかった」
廊下を歩きながら凛は笑顔になった。
直は先輩たちと楽器の搬出をし終えた後、客席で他の学校の演奏を聴いていた。
同じ曲でも学校によって色々違うんだなあと何となくわかった。
全ての演奏が終わり、審査発表まで30分の休憩があった。
直たちはロビーに出た。
「先輩、トイレ行ってきます」直は凛に告げてトイレに走った。
洗面で手を洗っていると鏡に本番前にすれ違った県立第二のフルートの女子が映り、鏡の中で目があった。
ハッと振り返ると彼女から声をかけてきた。
「あなた、三高のフルートの子ね」
「は、はい。一年生の梢直と言います」
「私は高津理恵というの。たかつと書いてこうづと読むの、同じ一年生よ」
「そ、そうなんですか?お、落ち着いてらっしゃるから上級生かと」
「そう、ありがとう。ここであったのも何かの縁かもね」
「そ、そうですね」
直は突然の出会いにしかもトイレという場所で、戸惑っていた。
「あなたとはライバルになる予感がするわ、お互い同じフルートだし、頑張りましょう」
なぜか高津理恵は握手を求めてきた。直はまだ手が濡れていたので慌ててハンカチで拭いて手を出した。ギュッと握られた理恵の手は力強かった。
「そろそろ発表ね、じゃあまたどこかで逢えるのを楽しみにしているわ」
そういうと理恵はトイレを出た。
初めての出会いとは言え、握手までした高津理恵の印象は強烈だった。
トイレを出て直は部員たちと客席に戻り、結果発表にのぞんだ。凛にはさっきの出会いの話はしなかった。
ステージに女性がたち、次々に結果を発表して行った。
発表するたびにあちこちで歓声や悲鳴に近い声が上がった。
「県立第三高等学校 銀賞」
県立第三高等学校吹奏楽部は今年も銀賞だった。
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