第二章 吹奏楽コンクール 7 真奈美、直を叱る

 美津と凛が帰ったあと、真奈美は和室で直を目の前に正座させた。


「直」珍しく真奈美は呼び捨てにした。

「あなたは昨日、大事な大事なコンクール直前に熱中症になって救急車まで呼んだわね」

「はい」直は下を向いていた。

「そして小林先生、武田部長、朝倉さんたち部の人たちがあなたを懸命に介抱したから大事にはならなかったのはわかっている?」

「はい、わかっています」

「熱中症になったのは誰のせい?無理やり炎天下で練習させたの?」

「いえ、私がちゃんと水分補給しなかったせいだと思う」

「じゃあ、直の不注意ね、違う?」

「そのとおりです」

「その不注意のおかげでたくさんの人たちに迷惑をかけたのよ」

「は、はい」直は涙をポロポロこぼしていた。

 真奈美の膝だけが見えていた。怖くて顔を見られなかった。

「あなたはそのお返しをしなくちゃいけないわ。今はコンクールに全力で取り組みなさい」

「はい」

「お母さんの眼を見て返事しなさい!」

 ハッと顔を見上げた。真奈美の眼は今まで見たことのない眼だった。

「はいっ」

「体調を崩したことを責めているのではないのよ、もう済んだことは仕方ないわ。ピンチの時に助けてもらうことは決して恥ずかしいことではないし、ただ他人がピンチになったらすすんで助けてあげられる人になって欲しいの。あなたはたくさんの人に受けた恩を、決して忘れてはいけないわよ」

「はいっ」

 直は涙でぐしゃぐしゃになった顔で真奈美を見た。


 真奈美はお見舞いに来てもらって一緒にはしゃいでいる直を見て、自分の不注意でここまでになってしまったことをしっかりわからせないといけないと思い、お説教をしたのだ。


「じゃあ、もうすぐお父さんも帰ってくるから、晩ご飯にしましょう」

 ようやく真奈美の顔がいつもの優しい顔になった。


「お、おかあさん」

「どうしたの?」

「あ、足がしびれたよお」

 真奈美は笑って直の足をさすった。


 直はあくる日、たくさんのタオルを紙袋に入れて学校に向かった。

 真奈美と二人できちんと畳んだタオルだった。


「おはようございます!」いつも以上に元気に部室に入った。

「おはよう!直!もう大丈夫ね」美津と凛が直の顔を見て言った。

「はいっ、本当に申しわけありませんでした。先輩の皆さんが私のために、私の…」

 そこからはボロボロ泣いて言葉にならなかった。

「直、あんたは本当に泣き虫だねえ、涙はコンクールが終わってから流そうよ。わかったわよ、さ、早く練習の準備しなさい」凛が直の肩を叩いた。


 直は自分を熱中症から救ってくれたタオルをひとりひとりお礼を言いながら丁寧に渡した。


 直は水分補給もこまめにし、もう自分のせいで迷惑はかけないぞとの気持ちだった。

 苦手な梅干しも食べるようにした。

 真奈美はいつも一つ入れていたのを二つにした。

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