第二章 吹奏楽コンクール 4 選抜編成

 試験が終わり、早速部室に駆け込んだ直だった。〈今日から思い切り練習できる!〉ワクワクしながら準備をした。凛は試験科目が1年生より多くて遅れての参加だった。

 中庭の大きなにれの木の下でいつものようにロングトーンを始めようと構えて吹くと

「ブジュー」とおかしな音がした。

「あれ?なんでだろう?」10日間のうちに唇が戻ってしまったのだ。

「楽器が冷えてるのかな?」何度もポジションを工夫しながら音を出そうと試みたがダメだった。

「ああーん、どうしてえ!」泣きそうになりながら必死に音を探っていた。

 でも凛が言った「練習で取り返せ」の言葉を思い出し、試験前に出していた音をイメージしながらロングトーンを続けた。

 1時間も続けていると唇が慣れてきたのか音が戻ってきた。そこへ凛がやってきた。

「直、ほらね、10日も練習しないとそうなるのよ、でも私が来るまで必死に練習したのわかるよ。今日はロングトーンと基礎練だけにしよう」

「はい、わかりました、もうダメになったのかと思ったあ」

 そんなひたむきな直を凛は可愛いと思った。


 その日の練習が終わった後、顧問の小林涼介の元に部長の武田美津、朝倉凛をはじめパートリーダーが集まった。

「えー!そんなあ、1年生だってコンクールに向けて懸命に練習してますよ!」

 部長の美津が小林に噛み付いた。

 この日、小林から今年のコンクールは2、3年生だけで編成をし、1年生は出場させないとの方針変更が提案された。

「武田、言うことはわかるよ。だけどな、我が校はこれまでずっと銀賞止まりだったよな。しかも地区代表に選出されたことが無い。だから今年は金賞、そして地区代表を目指したいと僕は思うんだよ。」

「だからって1年生を外すって理由になるんですか?」今度は凛が発言した。

「確かに県立第二とかは2、3年生の選抜メンバーだよな」トロンボーンのパートリーダーの松田功が言った。

「県立第二は歴史もある名門だし、あそこは代表になって当たり前じゃん。部員だって100名越えの一軍二軍編成。コンクールにも出られないまま卒業する子すらいるらしいよ」

「あそこは顧問で指揮者の丸山先生がカリスマだもんなあ」

「君たち、県立第二を追い越したくないのか!」小林の一喝にリーダーたちは〈そんなの相手にならないよ〉と言いたげな顔をした。

「県立第二だって最初からあれだけの実力があったわけじゃない。長い歴史の中で現役と顧問、卒業生たちの苦労の積み重ねで今があるんだ。今年、我が部も40名超えたところで新たな歴史を作りたくないか。君たちがその最初のメンバーになって欲しいんだよ」

「1年生は来年も再来年もチャンスはある。1年の間はしっかり音作りをして来年を目指して欲しいんだ」小林のこの言葉に彼らも黙り込んだ。

「メンバーは毎年変わってゆくがサウンドは残っていくんだよ」

「武田はどう思う?」小林が美津に意見を求めた。ここで美津が同意すれば、リーダー全員の同意があったものとみなされる空気だった。

「確かに、そうかも知れません…」美津が話しかけたその時、凛がそれまでの空気を変えるかのように話し出した。

「先生の言うことはよくわかります。でも、今日まで私たちは1年から3年までみんなひとつになってコンクールを目指してきました。これは創部以来ずっと変わらなかったことです」

「凛…」美津が凛を見た。

「金賞取りたい、代表になりたい、それはみんな思ってますよ。でもね、4月から入ってくれた新入生をやっと音が出るまで教えて5月から未熟なりにもコンクールに向けて一緒に頑張ってきたんですよ。あの子たちはコンクールが何かも知りませんけどそれなりに頑張ってるんです。それなのに今さらゴメンね出られないのよなんて言えません!」

「君たち、他のパートリーダーはどうなんだ?」小林が聞いた。

 それまで木管、金管、パーカッションのパートリーダーたちは黙って顔を見合わせていたが、その中でクラリネットの島津栄が言った。

「私たちも朝倉さんの意見と同じです。名門は名門で選抜でいいと思います。私たちはまだその段階ではないと思います」

「じゃあ武田は?」

「私も同じです」

 小林はしばらく考えたが

「よし、わかった。じゃあ今年はこのままの体制で行こう。ただし僕の提案は懸案として学園祭終了後にもう一度検討してくれないか」と、リーダー達の意見を尊重して決定した。


 美津と凛は夕暮れの中、学校の帰り道を一緒に歩いていた。

「美津さあ、あんな話聞いてたの?」

「ううん、あの時初めてだよ」

「なんで小林先生、いきなりそんな事言ったんだろう」

「さあ、知らない」

「1年生だってさあ、課題曲始めてるの知ってるのに」

「なんとなくなんだけど、OBから小林先生に提案があったんじゃないかな?」

「え?じゃああの福井さん?」

「あくまでも想像だよ」

「どうしてそう思うの?」凛は美津に突っ込んだ。

「この間、日曜の練習の時に福井さんたちOB会の役員がきてさあ。私に話したんだよ」

「なんて?」

「君たちも万年銀賞じゃあかわいそうだろう、県立第二は昔から一軍二軍制で選抜なんだよ。君達もそろそろ考えたらどうかって」

「もちろんそれは知ってたし、かと言ってそれをうちの部に取り込むのなんて考えもしなかったよ」

「小林先生もOB会から相当言われたのかもね」

「金賞と代表狙う事に本気になればOB会も寄付金集めに動くだろうからね」

「なんか大人の感覚ってやだなあ」

「まあ今年は切り抜けても結果が銀なら来年こそは本気出すだろうね」

「ま、その時私たちは居ないけどね」

「ところで凛とこの直はどうなの?」

「うん、すっごい練習も真面目にやってるよ。ぼちぼち課題曲も始めてるし」

「そうかあ、うちの二人なんてちょっと目離したらおしゃべりばかりだよ」

「たまにはガツンと言ったら?」

「凛みたいに目力だけで言えたらいいけどね」

「そりゃ、褒めてんの?」

「でも直もよく頑張るねえ、凛とこで新記録じゃない?」

「そうだねえ、あの子、もしかしたらかもね…」

「なんなの?」

「ううん、なんでもない。じゃあ美津、明日も頑張ろうね!」

 ふたりは凛の家の前で別れた。

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