第一章 吹奏楽部入部 1 凛との出会い
直は入学してクラブを選ぶ時、特にやりたいこともないし、運動はどちらかといえば苦手なインドア派だった。ただ担任は「帰宅部だけは許さん!」という考えだったのでクラス全員が何らかのクラブに入らなければならなかった。
まずは母の真奈美に相談した。
「直ちゃんが色々見て決めればいいのよ」
「うーん、やっぱりそうかあ」ドライな真奈美の性格をよく知っているのでそんな答えが返ってくるのは見えていた。
父の総司は「うん?お父さんは山岳部だったからなあ。おいおい、あれだけはやめてくれよ。遭難なんかされたらお父さん死んじゃうよ」
「山なんか興味ないわよ」
運動部なんか入られたら、やれ遠征だの合宿だの試合のたびには応援とかで大変だからなるべくおとなしい文化系を総司は内心願っていた。まあ直は運動オンチだからなとも思っていた。
「文芸部とか俳句部とか美術部はどうだ!」
「つまんね」
「じゃあお母さんのいうように色々見て決めればいいじゃないか」
「そうだね」結局は自分で決めろということだった。
あくる日の放課後、直は美沙と校内を見て回っていた。どこのクラブも新入生獲得には必死だった。半ば拉致同然で集める運動部すらあった。
「ねえ、美沙は決めてるの?」
「私は中学から水泳部だったからそこにしようかなと思ってる」
「そっかあ、私なんか社会科研究クラブなんてわけわかんないことやってたからね」
「あれは担任が顧問だったからでしょ」
「そうよ、だから動機がいい加減だったのよ、せっかく高校に入ったんだから今度はしっかり選んで充実させなきゃ」
「そうね、じゃあ私は水泳部行くから!」美沙は走り去った。
「あ、冷たいんだから」
直は中庭の大きなにれの木の下でひとりフルートの練習をしている上級生の女子に目がいった。
そういえば吹奏楽部は部員総出で勧誘活動をあちこちでやっているのに、彼女はそれにも参加せず練習していた。
直は興味が湧いて来た、というか初めて見たのに何か惹かれるものがあった。
しばらく少し離れたところでその練習をじっと見ていたが、それに気づいた上級生は練習をやめ、直の方を向いた。その強い視線に直はどきっとした。
「あら、一年生?」
「は、はい。
「面白い子ね、別に名前なんか聞いてないのに」
「あ、そうですね。すいません」
「私は
朝倉凛はニコリとしてフルートを膝の上に置いた。白くて細く長い指だ、と直は思った。
「朝倉さんは勧誘しないんですか?」
「ああ、あれね、バカバカしいからやんないわ。やりたい子は自分から来るし無理やり集めたってすぐに辞めてくしね、特に私のとこにはね」
「なんでですか?」
「私はね、キツイのよ、下級生には。だからすぐにパート変わったり辞めちゃうの。部長や顧問にはよく怒られるわ、だからひとりなの」
「でも今年後輩が入らなきゃいなくなるから、どうしようかな?と、焦ってるんだけどね」
そういうと再びフルートを構えて練習を始めた。
朝倉凛の奏でる音は伸びやかで透明感があった。音楽を知らない直でも聞き入ってしまった。
練習の邪魔になると思い直はぺこりと頭を下げてその場を離れた。
その夜、直は昼間に会った朝倉凛が気になって仕方がなかった。
そして直の中で凛に初めて会った印象は憧れへと変わって行った。
あんな素敵な先輩がいるクラブに入りたい!
〈でも楽器って高価そうだしなあ。〉
直は学校にも楽器はあって必ずしも自分で購入しなくてもいいことに気が付いていなかった。
直は思い切ってお父さんに打ち明けようと、リビングでくつろいでいる総司にかけよった。
「お父さん、私、クラブ決めた!」
「そうか!で、何やるんだ?」
「吹奏楽!フルートやる!」
総司はソファから落ちそうになった。
「直、吹奏楽はいいけど。フルートやるなんて、なんで決めてんだよ、適性もあるだろう?」
「いや、もう決めたの。だから楽器買って!」
「こらこら、続くかどうかもわからんのにそんな高い物ダメだよ」
「えー、だめえ?」
直が眉をハの字にして口をとんがらせた。
総司は直に甘いのだがこればかりはすぐにはいいとは言えなかった。
「とにかくまずは入部手続きしなさい。楽器はそれからだ」
「うん、わかったよ。でも、頑張るからね!」
「それからあのね父さん、すっごい素敵な先輩が居たんだ!」
「そうかそりゃあいいことだよ、魅力的な人がいるってことはいいことだ」
総司はまさか男子?と危惧した。恋もしたいお年頃だし。
「そうなんだよ、凛さんっていうんだよ!」
「お、おお、そうか!しっかりついてけよ!」
女の子?総司はホッとした。
あくる朝、直は寝不足気味な顔をしてダイニングに降りてきた。
「おはよう!直、なんだあ?その顔は?」
父がトースト片手に驚いた。
「夕べ、ネットで吹奏楽のこと調べてたら、明け方になっちゃって…」
真奈美が心配そうに
「あら、じゃあ直は寝てないのね、大丈夫?学校休む?」
「こらこらお母さん!そんな勝手に夜更かしして休むはないだろう。ダメだ!熱でもない限り学校は行くんだぞ!」
「誰も休むなんて言ってないよ」直がスネた。
「で、何かわかったことあるのか?」
「なんだか難しいのよ!バイオリンとか弦楽器がない、野外で雨でも演奏できる軍楽隊が起源だとか、ユーフォニアムなんていう聞いたこともないヘンテコな楽器があったり」
「ふんふん、お父さんも良く知らないがまあとにかくやることだな」
「じゃあお母さん、そろそろ行くよ」
総司はコーヒーカップをテーブルに置いて立ち上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます