第9話 登校~
ミャー ミャーどこからか子猫の鳴き声が聞こえる。
「まーちゃん、かわいいね。名前はどうするの?」
「ミィーがいいよ」
「ミィー?」
「うん。ミィーミィー鳴くから、ミィー」
「……ちゃんは、いや?」
「まーちゃんが……」
それは夢だと直ぐに判った。
しかし今まで見せられてきた夢とはどこか違和感がある、この夢はもしかして……
「……ちゃん。マコちゃん」
夢現のまどろみ中、俺を呼ぶ声がして体を揺すられる。
僅かに目を開けるとカーテンを開ける音が聞こえた瞬間、光の束が目に突き刺さる。
眩しくって目に手を当てて寝返りを打ち睡魔の海に沈みかけると耳元で声がした。
「マコちゃん、起きて。遅刻するよ」
クソ猫の声じゃない、驚いて振り返ると目の前には制服にエプロン姿の七海が笑っていた。
「どうしたの? そんなに驚いて」
「べ、別に」
何で俺の部屋に七海が居るのかが判らず、あきらかに俺は動揺していて、体を起こすと俺の足元であの猫が丸くなって眠っていた。
部屋の真ん中にある小さなテーブルの上に湯気が上がっているマグカップとトーストが乗った皿が置かれていて。
七海がエプロンを外しながら俺に言ってきた。
「早く起きて準備しないと遅刻しちゃうよ」
「ああ」
なぜ七海が俺の部屋に居るのか。
なんで新婚夫婦みたいにしているのかなんて事はどうでもいい気がしてベッドから起き上がり。
洗面所で顔洗ってタオルで顔を拭きながら部屋に戻るとテーブルの向こうに立っている七海が顔を赤らめて俺を凝視して固まっていた。
「どうしたんだ、七海?」
「な、なんでそんな格好なの?」
七海に言われて自分の格好を見るとTシャツにトランクスだけと言うシンプル極まりない格好だった。
なんでと言われても面倒臭いからその一言に尽きた。
「理性が吹き飛びそうか?」
俺がそう言うと七海の顔が完熟トマトみたいに真っ赤になり。
「馬鹿! 表で待ってるから」
そう叫んで俺の顔に持っていたエプロンを投げつけてベランダから出て行ってしまった。
テーブルにあるマグカップを取り口にあてるとそれは優しい味のするスープだった。
トーストを食べて着替えを済ませドアを開けると七海が鞄を持って立っていた。
「行くぞ」
俺が声を掛けると俺の足元を猫がすり抜けて外に出て行く。
それを確認してドアを閉めて鍵をかける。
七海の顔を見ると彼女の視線は俺にではなく俺の手元を見ていた。
「何を見ているんだ?」
「鍵に何をつけているの?」
「鍵?」
不思議に思い鍵を見ると確かに何かがついている。
アジアンチックなシルバーか何かで出来た繊細な丸いかごの中に金色の玉が入っていて左右に振るとシャラン・シャラーンと澄んだ綺麗な音がした。
「見せて、見せて」
歩きながら七海が興味津々な顔で言ってくるので鍵を七海に渡すと耳元で嬉しそうに音を鳴らしていた。
「マコちゃん、これなんて言うの?」
「ドリームベルとかガムランボールって言うはずだ」
本当に必要ないことは判るようになっているんだな、そんな事を考えながら七海とマンションを出て学校に向う。
しばらくすると、七海が少し前をチョコチョコと歩いている、あの猫に気が付いた。
「マコちゃん、猫飼っているんだね」
「ああ、ただの居候だよ」
「名前は?」
「名前?」
「そう、名前だよ」
七海にそう言われて少し戸惑うが直ぐに俺の口から違和感無く答えが出てきた。
「ミィーだよ」
「へぇ、ミィーちゃんって言うんだこの子。ミィーちゃん」
七海が猫の名を呼ぶと猫が振り向き「ニャー」と一鳴きすると俺目掛けて走り寄ってきて俺の体を駆け上がり頭の上に飛び乗ってきた。
「こら、ふざけるな」
猫の首根っこを掴んで引っ張り剥がそうとすると爪を立てて抵抗しやがった。
「痛たたた」
「可哀想だよ。無理に引っ張ったら」
「俺は可哀想じゃないのか」
「うふふ、可愛いよ。頭の上に猫を乗っけたマコちゃんは」
仕方なく猫を頭の上に乗っけたまま歩き始める。
学校に近づくに連れて学校に向う生徒達の姿が増えてくると周りの視線が強烈に俺に突き刺さった。
当然と言えば当然なのだろう転校してきたばかりの生徒が頭の上に猫を乗せて登校しているのだから。
「ねぇ、見てみて。あれ」
「あの猫、可愛くない? あの人、1年A組の転校生でしょ」
「やっぱりあいつも電波系なのか?」
そんな声が聞こえてくる。
「はぁ~、まるで羞恥プレーみたいだな」
「そんな事、無いよ。ミィーちゃん、とっても気持ち良さそうだし」
俺の気持ちなんかお構いなく七海が猫の顔を見るために俺の前を後ろ向きで歩き始めた。
「危ないぞ」
「平気だよ。運動神経は良いほうなんだから。キャー」
言っている側から七海が何かに躓いて倒れそうになり慌てて七海の腕を掴んで引っ張る。
勢いあまって七海が俺の胸に飛び込む様な形になってしまった。
「大丈夫か?」
「う、うん」
七海の驚き声で周りの生徒達が足を止めて俺たちを見ている。
傍から見れば抱きあっているようにしか見えなかった。
七海を見ると耳が真っ赤になって俯いている。
耳がこれだけ赤いと言う事は顔の方は更に赤くなっているのだろう。
こんなに過剰に反応されると俺の方まで照れてしまいそうになり、何とか平常心を取り戻し七海の頭をクシュっと撫でて歩き出した。
「ほら、行くぞ」
「う、うん。待ってよ、マコちゃん」
学校の正門の側まで歩き。ミィーを掴んで正門の上に降ろすと今度は抵抗もしないですんなり俺の頭から離れてくれた。
「お前はここまでだ。おとなしくしてろよ」
「ナァー」
気味が悪いくらい甘えた鳴き声で鳴きやがった。
ミィーを正門において校内に歩き出すと後ろから「キャー可愛い」などと女の子の声が聞こえてくる。
ミィーでも構っているのだろう。
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