第8話 転校初日・3

地下駐車場から表に出ると短い日が沈みかけて暗くなっていた。


「さすがにこの時期じゃTシャツ1枚じゃ涼しいな。飯でも食いに行くか?」


小柄な雪菜を見下ろしながら言うと雪菜が何も言わず頷き、俺が七海に連れて行かれたファミレスで食事する事にした。



店に入り案内されて席に着き注文を済ませると雪菜がキョロキョロと店内を見渡していた。


「ファミレスは初めてなのか?」


「あまり来た事がない」


「そうなのか。俺の事は呼び捨てで構わないからな」


俺もファミレスは2回目なのだが……って話が続かない。

雪菜は七海と全く逆のタイプで人見知りが激しいのか自分から話をする方じゃないのだろう。

共通の話題をと思い、思い切って話を振ってみた。


「雪菜は徐霊が出来るって七海が言っていたが本当なのか?」


「本当。私はシャーマンの一族の末裔だから」


「そうなのか、俺に聞きたい事があれば聞いてくれ。答えられる範囲で答える事しか出来ないけどな」


俺は雪菜の目の前で人間では有り得ない事を見せてしまっている、それは雪菜が俺は人間ではないモノだと見抜いていると感じたからなのだが、雪菜との会話で裏付けが取れた訳だ。

正体を知られてしまったら何も隠し事をしても仕方が無い気がして、俺が見ていた長い夢の話やゲームの事を殆ど話してしまった。

何故だか判らないが雪菜なら他の人に話す心配は無い様な気がしたが、他言無用でと念を押してファミレスの外に出る。



外はすっかり夜になっていて、昨夜の七海の件が頭を過ぎり「送ろうか」と雪菜に確認すると「平気だ」と答えが返ってきた。

ファミレスの前で雪菜と別れ、Tシャツ1枚では流石に肌寒くなり急ぎ足でマンションに向う。



マンションの自動ドアの前まで来て鍵を七海に預けたジャケットのポケットに入れているのを思い出して、郵便受けで七海の部屋を確認して5階に上がった。

七海の部屋のインターホンを鳴らすと「どちら様?」と七海の声が聞こえてきた。


「ゴメン、真琴だけど」


いきなりドアが開いて七海が鞄とブレザーを突き出してきた。

鞄とブレザーを受け取り、鍵を取り出すと鼻がむず痒くなりくしゃみが出た。


「何でそんな格好なの?」


Tシャツ姿の俺を見て七海がドアから顔だけ出して聞いてきた。


「色々と事情があって、本当にゴメン。この穴埋めは必ずするから」


身震いする俺を見て呆れた顔をしている。


「早く帰ってお風呂にでも入って体を温めな」


「ああ、そうするよ」


そう言いながら隣のドアを開けていると七海の顔が見る見る怪訝そうな顔になった。


「マコちゃん、いったい何をしているの?」


「家に帰るんだよ。それじゃ、また明日」


ドアを開けて部屋に入りドアを閉めようとすると七海が裸足で飛び出してきた。


「くぉらぁ! マコト!」


「お・や・す・み」


近所迷惑になりそうな七海の叫び声を無視してドアを閉めて鍵を掛けるとドアをドンドンと叩く音がする。



疲れていたので説明は明日などと考えながら部屋の電気をつけて部屋を見渡すが猫はまだ帰ってないようだった。


「まぁ、そのうち戻ってくるだろ。あいつも猫であって猫じゃないのだから」


独り言を呟いて空気を入れ替えようと今朝までは無かった青いストライプのカーテンを開け。

心臓が止まりそうになった。

ベランダに肩で息をしながらもの凄い形相で俺の顔を見ながら、サッシの鍵を指差すパジャマ姿の七海の姿が飛び込んできたから。

七海の少し横に目をやると避難用の隔壁がものの見事に木っ端微塵に破壊されていて。

溜息をつきながら鍵を開けるとサッシが勢い良く開き、パジャマ姿の七海がもの凄い剣幕で機関銃の一斉掃射の様に捲し立てながら歩み寄って来た。


「あのね、マコちゃんは何で女の子1人を置いてきぼりにするの? それも鞄まで持たせて、大変だったんだから。お姉ちゃんに夕食の買い物頼まれて。2つも鞄を持ちながら買い物するんだよ! 2つだよ、2つ。鞄と買い物した荷物を持って帰ってきたんだよ! 一体、どこで、何をしていたの? それに何でお隣さんなの? 昨日は何も言わなかったのに、1から説明してもらうからね。私が納得するまで一歩も引かないから」


あまりの七海の勢いに気圧されて後ずさりしているとベッドの脇まで詰め寄られて足がベッドにぶつかり勢いあまってベッドに座ってしまう。

顔を上げるとそこには腰に手を当てて前かがみになり俺の顔を睨みつけている七海の顔が目の前にあった。

まだ、半乾きの長い髪からはフローラル系のシャンプーの残り香が鼻をくすぐり。

興奮している所為なのか風呂上りの為か、ほんのりとピンク色になった顔からは七海の温もりが感じられ。

何より気になるのは前かがみになっている七海の花柄のパジャマの胸元からはブラジャーをつけていないからなのか、普段着や制服の時よりは遥かに大きく感じる柔らかそうなモノが見えそうだった。


「い、一歩引いてくれ」


「絶対に引かない!」


そう言いながら更に俺の顔に近づいてきた。

俺の方が恥ずかしくなってきて顔が赤くなっていくのを感じる。


「その、なんだ……俺の理性が吹き飛びそうだから少しだけ引いてくれないか」


俺が七海の顔から視線を外して言うと意味が判ったのか七海の顔が見る見る真っ赤になり、胸元を両手で隠しながらその場にしゃがみ込んだ。


「ば、馬鹿!」


「それで、何から話せば良いんだ?」


この場を収める為に大きく深呼吸をして膝に両手を置いて七海に話しかけた。


「な、何で家が隣だって教えてくれなかったの?」


「昨日、七海と別れた後でここが自分のマンションだったと気付いたんだ。それに七海の部屋を知ったのは、ついさっきだよ」


「それじゃ、急に走り出してどこに行っていたの?」


「それは、その……緊急事態で……」


言葉が出てこない、どう説明しても信じてはもらえないのは確かだった。

それ以上に七海に俺の正体を知られるのが怖かった。

そして適当に誤魔化せばなんて無い事ないんだがファミレスで七海に記憶の事を聞かれた時と同じように、七海に嘘を付くことを躊躇っていた。


「緊急事態って何?」


「人助けと言うか……」


「誰も助けてなんて言ってなかったし聞こえなかったよ」


「…………」


「なーちゃん、どこに居るの? な、何これ!」


言葉が続かず困っていると、ベランダから女の人の声がした。

明らかに粉々になった隔壁に驚いている。

そして『なーちゃん』とは七海の事を探しているのだろう、『なーちゃん?』とても曖昧な俺の記憶の中で何かが引っかかる。

引っかかりはするがそこから先は何も思い浮かんでこなかった。


「いけない、お姉ちゃんお風呂から出てきちゃった。マコちゃん、また明日ね」


「ああ」


立ち上がり俺が七海に視線を向けると慌ててベランダに飛び出して自分達の部屋に入っていくのが見えた。


「何があったの?」


「何でもないよ」


「お隣に誰が居るの?」


「今日、転校してきた子だよ」


そんな会話が聞こえる、隔壁がなくなった所為かサッシを閉める音までも聞こえてきたが、俺の頭の中は『なーちゃん』と言う呼び名がグルグルと乱舞していた。


「楽しそうだね」


後ろから嫌味たらしい猫の声がして振り向くと、ベッドの上で頭を後ろ足で掻きながら俺の顔を見上げていた。


「絶対に皮剥いでやるからな!」

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