第5話 ゲーム開始・2

七海の姿を見送り、これからどうしたものかと考えていると後ろから声を掛けられた。

「用事は済んだ?」

「ああ、悪かったな」

振り返るとそこにはポーターだと言う猫の目が暗闇の中で金色に光っていた。

「行こう」

俺がそう言うと俺の数歩先で猫が七海の走り去ったのとは逆の方へ歩き出した。


しばらく歩き住宅街の中に差し掛かるとある事に気が付く。

前を歩いている猫もそれは感じたのだろう前を向いたまま小声で話しかけてきた。

「つけられているけどどうする?」

「次の角を曲がったら走るぞ」

「了解」

角を曲がった瞬間に走り出すと、後ろの気配も慌てて追いかけてくる。

見つからない様に直ぐ先の角を曲がるとそこは袋小路になって目の前にはコンクリートの塀になっていた。

猫は身軽に塀の上に飛び乗った。

「見つかるよ」

「大丈夫、俺は幽霊なのだろ」

手をコンクリートの塀に当てて壁であると言う認識を捨てて一歩ずつ踏み出すたびに手や腕がそして体がコンクリートの壁に吸い込まれていった。

「やっはり流石だね」

壁をすり抜けて壁を背にして立っていると、そんな声が頭の上から聞こえてくる。

不審に思い上目遣いで猫を見ると僅かだが笑ったように見えた。

直ぐに駆けて来る足音が聞こえて、袋小路の入り口でその足音が止まった。

「あれ? どこに行ったんだろう。確かこっちに……」

その声には聞き覚えがあった。

聞き覚えなんて言うまでも無く先ほどまでファミレスで俺の前で嬉しそうにシーフードドリアを食べていた七海の声だった。

「どうする?」

「仕方が無い、やり過ごそう」


小声で伝えた瞬間、生臭いと言うかなんとも言えぬ悪臭が漂ってきて思わず声を上げそうになり鼻と口に手を当てる。

咀嚼したハンバーグが喉元まで上がってきたが何とか堪えた。

すると今度はズルズルと何かを引きずる様な音と共に今まで感じたことのない様な悪寒が背中に走る。

それは嫌悪感なんて生易しいものじゃなく遥かに禍々しい気配だった。

その気配が近づくに連れて何かがガタガタと振るえ心臓の鼓動が跳ね上がるのを感じる。

「なんなんだ、この感覚は?」

「あの子だよ。君と一緒にいた子だ」

「七海なのか?」

俺が振り向こうとすると猫が制した。

「動かないで。今、動くのは拙い」

「しかし……七海が」

俺が動揺しまくっているのに気付き猫が俺の顔に尻尾を叩き付けた。

あまり大きな体ではない猫の尻尾を顔に叩きつけられてもこそばゆいだけだった。

「なんなんだ?」

「目を瞑って尻尾を掴んで」

訳も判らず言われたとおりにすると目を瞑っているのに視界が開けた。

夜なのにとても明るく七海が怯えている姿がはっきり見える。

その前を土気色で所々ありえない色をした人型の様な物が、ズルズルと溶けて落ちそうな皮膚を引きずりながら七海に近づいている。

「大丈夫なのか?」

「多分。あの悪霊には何も見えていないし、音も声も聞こえないはずだから」

「そんな曖昧な」

「僕はただのポーターだと言った筈だよ。あの子がどこまで感じているのかなんて見ただけじゃ判らない。恐らくあの子のバンドが少し広すぎて同調しやすいんだよ」

「同調したらどうなるんだ? まさか」

「君が考えているとおり取り憑かれる。無視をすればなんてことは無いよ。そんなに影響されているのかな?」

「影響って何だ?」

そう猫に言った瞬間、七海がトラックに飛び出した時と同じことが起きた。

コンクリートの壁を背にしていたはずなのに目の前には七海の後姿が見える、言葉をかけるより早く七海の肩を手で叩いていた。

背後から突然肩を叩かれた七海は驚いて振り返り様に「ひぃっ」と息を呑んで気を失って崩れ堕ちた。

七海の体が崩れ落ちないように抱きかかえて立っていると、土気色の人型をした悪霊はズルズルと音を立てながら反吐が出そうな悪臭を漂わせて闇に消えて行った。


悪霊の悪臭が夜の闇に消えた頃。辺りから閻魔コオロギの鳴き声が聞こえてくる。

「う、うんん……」

街灯の下に座り込み七海を抱きかかえて様子を見ていると、うめき声を上げながら七海が目を覚まし眩しそうに七海が目を細める。

街灯の光が目に入ったのだろう。

「大丈夫か? また会えたな」

「だ、誰? その声は、マコちゃん?」

逆光になっていて顔が見えないのだろう、七海が目を細めたまま顔を左右に動かしている。

仕方なく抱きなおすと七海が俺の顔をみるなりいきなり抱きついてきた。

「こ、怖かったよぉぉーー」

その後の言葉は声になってなかった。

泣く事も出来ず嗚咽を繰り返している。

とても苦しそうなので優しく抱きしめて耳元で囁いた。

「大丈夫だから、安心してゆっくり深呼吸をするんだ」

「う、うん」

七海は小さく頷くと安心したのか荒れていた波が納まる様に静かに深呼吸を始めた。

七海が落ち着いたのを確認して七海を立ち上がらせて、俺も立ち上がりジーンズの汚れを手で払いながら声を掛けた。

「何をしていたんだ?」

「あのう、マコちゃんを驚かそうとして……」

「それで後をつけて来たと」

「ゴメンなさい」

七海が深々と頭を下げる。

頭を下げる時に見た七海の瞳は揺れていた。

驚かそうとしたのは多分嘘だろうと気付いたが、今更どうこう言った所でしょうがない事だろう。

恐らく、俺の住んでいる場所を確認しておきたかったのだと思う。

もし俺が七海の立場なら同じ事をする、何故って初対面の人間に人に知られたく無い事を知られてしまい言わないと口約束してもそんな物は信用に値しないからだ。

それでも今は何事も起きなければそれでいい気がした。

「しょうがない奴だな。家まで送るから」

七海の頭を撫でて「ほら」と手を差し出すと嬉しそうに俺の手を掴んできた。

七海の案内で七海の家に向う。


袋小路の場所から少し歩くと5階建てのマンションが見えてきた入り口にある真鍮のボードには『メゾン藤ヶ崎』と書いてあった。

「マコちゃんありがとう。ここまで来れば大丈夫だから」

「ここが七海の住んでいるマンションなのか?」

「うん、ここの5階だよ」

「そうか、それじゃ今度こそまたな」

「うん。バイバイ」

七海が手を振って笑顔でマンションの自動ドアからエレベーターホールに向った。

足元を見ると七海が立っていた場所に猫が座って俺の顔を見上げていた。

「はぁ~疲れた。行くぞ」

「どこに?」

「俺達の家だよ」

「君の目の前だよ」

いい加減嫌気が差してきて財布に学生証があるのを思い出し財布から取り出して確認する。

そこには『藤ヶ崎市山の上1‐7‐33 メゾン藤ヶ崎502』と書いてあった。

「おい、クソ猫。出来すぎじゃねえか?」

「僕はただのポーターだから」

「ふざけるなよ。部屋に付いたらその皮剥がして三味線の皮にしてやるからな」

部屋に入り猫を問い詰めても自分はポーターの一点張りだった。

呆れかえって部屋から出て行こうとすると猫が重い口を開いた。

「バランスの問題だよ。君がどう思うかは判らないけれど、小・中学生程度の経験でクリアーできるものじゃないからね、これは人生の全てを賭けたゲームなんだ。条件を決めてその中で行われるのがゲームでしょ、条件の中では君の周りはある程度なんでもありだけどね」

「俺は降りるぞ。リセットだ」

「あの子がどうなっても構わないのなら降りれば良い」

「どう言う意味だ。勝手に七海を巻き込むな」

「人は人と出会う事で何らかの影響を受けて時には人生さえ変わってしまうんだよ。ゲームプレーヤーである君に係わったんだ、手遅れだよ。言っておくがこれは出来レースじゃないよ。結末は誰にも判らないゲームなんだよ」

猫はそれだけ言い放つと機嫌悪そうに窓際で横になり尻尾をパタパタと動かしていた。

猫に言われて熱くなっていたものがクールダウンした。

このゲームは俺が始めた物だ、それなら俺が終わらせてやる。

ピースを集めてゲームクリアーすればいい事だ。

翌日からの事に備えてシャワーを浴びてベッドに潜り込むと直ぐに夢の世界に堕ちた。

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