第4話 ゲーム開始・1
公園を後にする頃にはすっかり夜の帳が下りて暗くなっていた。しかし、ここは片田舎じゃないそれなりの街で。
大都会のように昼間の様にとまでは行かないがネオンや店舗の照明でかなり明るい街だった。
猫に連れられて住宅街を抜け繁華街の近くまで来ると人通りが増えてきた。
大きな通りを歩いていると交差点の歩道に女の子が立って信号を待っているのが見える。
その向こうからトラックが青信号で交差点に進入したとたん女の子がフラフラとトラックの前に飛び出した。
「危ない!」
俺が叫んだ瞬間、周りに居た人の悲鳴とトラックの耳を劈くようなブレーキ音がとクラクションが交差点に響き渡る。
気が付くと俺の真横にはもの凄い勢いで迫ってくるトラックのヘッドライトが見え、心臓の鼓動が跳ね上がる。
目の前で棒立ちになっている女の子を抱きかかえ力の限り足を蹴り出した。
一瞬、静寂が訪れる。
俺の頭の中でフラッシュが瞬くように画像が浮かんで消えた。
何かに驚く幼い少女の顔、その少女を突き飛ばす小さな手。
「馬鹿野郎! 死にたいのか!」
トラックの運転手の怒鳴り声で我に帰る。
後ろの車からクラクションを鳴らされてトラックは何事も無かったかの様に走り去った。
俺自身何が起きたのか全く判らなかったが、俺は女の子を抱きかかえてアスファルトの上に倒れていた。
トラックと同じように乗用車にクラクションを鳴らされ、起き上がり女の子を歩道まで連れて行く。
周りに居た人も怪我人が居ない事が判ると、止まっていた秒針が動き出すように歩き始めた。
まだ、俺の体は小刻みに震えていた。
それでも女の子に怪我が無いか心配で声を掛けた。
「大丈夫か? 怪我は」
「何で助けたんですか!」
女の子の顔を覗き込み話しかけると、思いもよらぬ言葉が返ってきた。
人を助けるのに理由など無い、それに俺自身あんなに離れていたのにどうやって助けたのかも判らない。
判るのは彼女を庇うように背中からアスファルトに落ちた時の痛みがまだ残っていることだけだった。
俺が突然彼女に言われた言葉に戸惑っていると、俺の顔を見た彼女の顔が強張った。
「あ、なたは……」
そう言われて彼女の顔を見ると見覚えのある顔だった。
見覚えがあると言っても俺が覚えているのは俺の目の前を歩いていた猫と、海沿いの防波堤で目が合った少女の顔だけだった。
「君は確か……」
俺がそう言いかけると彼女が辺りを見渡して俺の手をおもむろに掴み走り出した。
突然の出来事に彼女に引っ張られるまま走り出す。
しばらく走ると繁華街から少し外れた裏通りにある人目のつかない駐車場で彼女が止まった。
彼女を見ると俺の手を掴んだまま息を整え、いきなり俺の肩を掴むと俺の体を駐車場に面しているビルの壁に押し付けた。
俺より小柄な女の子の力など高が知れているがあまりにもいきなりだったので俺は抵抗する事が出来なかった。
「今の事は誰にも喋らないで、喋らないで居てくれるのなら何でもするから」
「何を言っているんだ?」
「私が自殺しようとした事よ。黙っていてくれるなら私の体を自由にしていいから」
一瞬、頭の中が真っ白になるが直ぐに理解が出来た。
俺は彼女の制服姿を見ているのだ。
どこの学校なのかなんて直ぐに知られると思ったのだろう。
高校生くらいの彼女が何を言っているのだと思ったが、彼女の揺るぎの無い瞳を見てその言葉に偽りが無い事を悟った。
その瞳は初めて見た時と同じように哀しく吸い込まれそうな闇を宿していた。
「誰にも言わないし、君の体をどうこうしようなんて思わない」
そう言うのが精一杯だった。
しかしそれは上辺だけの言葉じゃなく俺の本心だ。
彼女は未だ信じられないのか俺を壁に力一杯押し付けたまま俺を睨みつけている。
彼女を振り払う事は容易いだろう、それでも今の俺にはこれ以上どうする事も出来ないと思い溜息混じりに力を抜くと『グゥ~』と俺の腹が鳴った。
幽霊でも腹は空くものなんだな、などと考えていると彼女の手から力が抜けた。
「良いわ、お腹が空いているのなら私がご馳走してあげる」
そう言いながら俺の手を握り繁華街の方へ歩き出した。
その時初めて彼女が私服なのに気が付いた。
黒いタートルネックのトレーナーを着て黒いブーツを履き黒いフレアースカートが揺れていた。
「おい、どこに行くんだ?」
「ファミレスだよ」
「ファミレス?」
「同い年ぐらいなのだから知らない訳ないでしょ、ファミリーレストラン」
今の彼女の瞳からは哀しさや闇は微塵も感じられず。
そこには普通の女の子の笑顔があった。
彼女に連れられて繁華街を通り抜け10分程歩くと海沿いにあるファミリーレストランに着いた。
「何でも好きな物頼んで良いから」
目の前に座っている彼女がそう言いながらメニューを見始める。
仕方なく俺も彼女に従う事にする。
しばらくするとウエイトレスがやって来た。
「ご注文はお決まりですか?」
「私はシーフードドリアのセット」
「それじゃ、俺はハンバーグのセットで」
ウエイトレスの女の子がセットのドリンクを聞いて注文を繰り返していたが、俺は上の空で返事をしていた。
自殺しようとしたり、自分の体を自由にして良いなんて普通の高校生にしか見えない彼女からは想像もつかない。
彼女は一体……
「月ノ宮七海(つきのみやななみ)、16歳。藤ヶ崎高校1年生」
俺の考えを見透かしたように彼女が自己紹介をしてきた。
藤ヶ崎高校ってどこかで聞いた事が、そうか明日から俺が通う高校の名前じゃないか。
「あなたの名前はなんて言うの?」
「日向真琴(ひゅうがまこと)、16歳だ」
「やっぱり、同い年なんだ。でもこの辺の人じゃないよね」
「ああ、今日引っ越して来たばかりだから」
「前はどこに住んでいたの?」
何も判らない筈の自分の歳を即答した自分自身に驚いていたが、彼女の2つ目の質問で声を詰まらせた。
この街に来る前の記憶など俺には無く、それに日向真琴と言う名前でさえあの猫から聞いただけで本当に自分の名前なのかすら判らない。
「マコちゃん聞いているの?」
「マコちゃん?」
「そうマコト君だからマコちゃん」
俺が戸惑っていると彼女が首を傾げていた。
「嫌かな、やっぱり嫌だよね。いきなりそんな呼ばれ方するの。ゴメンね」
「そうじゃない、別に構わない」
「それじゃ、マコちゃん。私の事は下の名前で呼んでね、七海って呼び捨てで良いから」
「ああ、判った」
そこにウエイトレスが料理を運んできた。
「お待たせいたしました。シーフードドリアのセットとハンバーグセットになります」
「いただきまーす」
彼女が胸の前で両手を合わせてシーフードドリアを食べ始めた。
俺も彼女に釣られてハンバーグを食べ始める。
なんとも言えない感覚がこみ上げてくるそれは懐かしいといえば良いのだろうか。
普通なら初対面であんな呼び方されれば多少引くなり気に障るなりするはずだが、彼女に呼ばれた時には全くそんな感情は起きなかった。
しばらく会話もせずに食事をしてお腹が満たされてくるのを感じる、視線を感じて彼女の方を見ると彼女が俺の事を見て微笑んでいた。
「何か俺の顔に付いているのか?」
「うんん、そうじゃ無い。なんだか初めて会った気がしなくて」
「そうかもしれないな。さっきの七海の質問の答えだけど、俺にはここに来る前の記憶が殆ど無いんだ」
「記憶喪失って事なの?」
「俺にも良く判らないがどうもそうらしい。だから前にどこかで出会っていたかもしれないけれど俺には判らない」
不思議と彼女にはありのままを話す事が出来た。
嘘を付けばいくらでも話を合わす事は出来たのに彼女に嘘を付く事を躊躇い素直にあるがまま話してしまった。
「そうなんだ。それじゃ親と一緒なの?」
「いや、1人暮らしだよ」
「ええ! 記憶が無いのに大変じゃないの?」
「問題ないよ、この街には俺の事を知っている人は居ないだろうし。引っ越して来たばかりだから何も判らないからな。記憶が無くてもそんなに問題じゃないだろ」
「まぁ、マコちゃんがそう言うなら私が何か言える立場じゃないから」
「仕方が無いさ、親の一方的な都合だからな」
その場はそうでも言わないと収まらない様な気がしたのだ。
だいたい未成年である者の引越しや1人暮らしなんてものは親の都合以外には考えられないからだ。
食事を終えて会計をする為にレジに向う、何の気なしにジーンズの後ろポケットを触ると何かが入っている。
取り出すと茶色い二つ折りの財布で中を見ると学生証とそれなりのお金が入っていた。
本当に何でもありのゲームなんだな、そんな考えていると七海が声を掛けてきた。
「マコちゃん、お金はいいよ。私が誘ったんだからこれで払っておいて。ちょっとトイレに行ってくるから」
俺に可愛らしい財布を渡すとレジの横のトイレに小走りで入っていってしまう。
仕方なく七海の財布を開けると1万円札が数枚入っていた。
今時の高校生は皆こんなものなのかそれとも七海がお嬢様なのかなどと考えても判るわけもなく。
俺に駐車場で言い放った七海の言葉が少し引っかかったが、1万円を取り出し支払いを済ませると七海がトイレから出てきた。
「ご馳走様」
「うん」
七海が財布を受け取り満面の笑顔で答えた。
「なんだか随分嬉しそうだな」
「だって、こんなに楽しく食事したの久しぶりだから」
俺が助けなければ死んでいたかもしれない女の子があまりにも楽しそうにしているので、不思議に思い聞いてみるとそんな答えが直ぐに返ってきた。
「まぁ、七海が楽しいのならそれで良いか。こんな俺でよければまた付き合うよ」
「えっ? 本当に?」
俺の言葉に驚いて七海が目をまん丸にしていた。
誰も知らないず何も判らない街で色々あったが最初に出来た知り合いだ。
この街に住んでいればまたどこかで出会えるだろうと言う軽い気持ちだった。
ファミレスを出る頃にはそれなりの時間になっていた。
「送らなくて大丈夫か?」
「大丈夫、私は地元じゃないけれど子どもの頃から住んでいるから」
「そうじゃなくって家族が心配するだろ」
「それも平気、お姉ちゃんと2人暮しだし、さっきトイレで連絡入れておいたから」
「そうか、それじゃまたな」
俺が片手を上げて挨拶をすると七海の顔に影が射したような気がした。
「また、会えるよね」
「ああ、俺もこの街に住んでいるから会えるさ。気をつけて帰れよ」
「うん」
七海は直ぐに笑顔になり手を振りながらクルッと踵を返して走り出すとファミレスの直ぐ脇の路地に賭け込んで行った。
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