第6話 リバース 青の世界




目を覚ますとロゼの姿はなく林檎のようなロゼの残り香に包まれていた。

起き上がり寝室を出てキッチンを覗いたがロゼの姿は見当たらず暖炉がある部屋に行くとドアの横にある窓からロゼが外を見ている。

木製の窓枠で両開きになっている訳ではなくどうやらハメ殺しの窓のようだ。

曖昧かもしれないがドアの横に窓があったかさえ記憶に無い。

「何か見えるのか?」

「雨……」

「もしかして初めてなのか?」

俺の問にロゼは小さく頷くだけだった。

この世界でロゼがどれだけの時を過ごしたのかは俺には分からないがロゼの不安そうな表情から今まで一度も雨の世界が現れたことがないことが伺える。

ドアを開けるとロゼが驚いたような顔をしていが仕方がないことなのかもしれない。


青みが強いブルーグレーと言えばいいのだろうか。

そんな朧気な世界にシトシトと春雨の様な雨が降り続いている。

するとラオウが部屋を飛び出すようにして雨の中に消えてしまう。

ロゼが初めてだと言う事はロゼに関する世界では無く誰かの深層心理の世界なのだろうか。

もし誰かの世界なら何故ロゼと俺がいる屋敷の外に現れたのだろう。

そんな事を考えているとドアに吸い込まれるように外に出ていた。


空からは絶えず雨が舞い降りてきて俺が足を踏み入れてもこの世界は変化しない。

戻るも進むも俺自信が決めることなのだが戻ると言う選択肢が浮かんでこないまま歩き出していた。

しばらく歩くと朧気なブルーグレーの世界に建物があることに気付いた。

どの建物も輪郭が曖昧というか小さな子どもが描いた絵のような建物で歪んだ立方体にしか見えない。

ロゼすら知らない世界に入り込み帰れるか不安になり振り返るとロゼが覗いていた窓の灯が見えて少しだけ安心できた。

時間の経過が曖昧でどれだけ歩き続けていたのかさえ不確かで。

それでも唯一の救いはロゼが窓から見ているだろう場所だけが明るくなっていることだろう。


目を凝らしてブルーグレーの雨の先を見ると幽かにラオウらしきシルエットが。ゆっくりと近づくとラオウが1軒の家の前でドアを見上げている。

家と表現したが五角形のホームベースの様なかたちに正方形の窓と縦長の長方形のドアらしきがあるだけで。

まぁ、この世界の建物らしきものは全て子どもが描いたような感じなのだから仕方がないのかもしれない。

「ラオウ、この中に誰か居るのか?」

取り敢えずラオウに聞いてみるが応える筈もなくドアに手を当てると音も無く開いた。

家の中は仄暗く物音一つしない。

そんな家の中には小さな女の子が膝を抱えるようにしてそぼ降る雨のように泣いているようだった。

声を掛けかけて飲み込んだ。いきなり『どうしたの?』なんて聞けば小さな女の子は警戒してしまうだろう。

俺に今できるのは彼女が気付くまで傍にいることだと思い、少しだけ距離をおいて胡座をかくように座り込む。

子どもの扱いに長けている訳ではなく旅をしていた時の経験の賜物でしばらくすると横から声がした。


「お兄ちゃん、だれ?」

「ん、頼だよ」

「どうしてここにいるの? お兄ちゃんもかなしいの?」

「かなしい? どうして?」

聞かれたことに対して質問で返してしまい拙かったかなと思ったが女の子は話を続けた。

「ママがね、かなしいの。いつも疲れた顔をしていてどうしたら笑ってくれるか分からないの。だからかなしいの」

「そうなんだ。パパは居ないのかな?」

「パパは知らない。ママが死んじゃったって言ってた」

女の子の話から彼女の母親はシングルマザーで仕事と育児を両立して疲れ果ててしまっている事が推測できるが異世界のような世界に居てはどうこうできる問題じゃない。

それならば違う方向から話を進めるべきだろう。

「お爺ちゃんとかお婆ちゃんはいないのかな?」

「お爺ちゃんがいるってママが言ってたけど会ったことないし」

シングルマザーで両親とも疎遠になれば頼れる所が無いので尚更だろう。

「お兄ちゃんはひとりぼっちなの?」

「独りじゃないよ」

「それじゃ、赤いおっぱいのお姉ちゃんと一緒なの?」

「どうしてそう思うのかな」

理由は分からないが女の子はロゼの事を知っている様子だった。

しかしロゼはこのブルーグレーの雨の世界は初めてだと言っていたことから考えられるのはこちらの世界からロゼの屋敷が時々見えていたと言うことだろう。

何かがシンクロした時にだけ世界同士が繋がるのかもしれない。

「あのね、頼。おっぱいのお姉ちゃんもすごくかなしい顔をしてたの。だけど今は楽しそうに見えるのは頼といっしょだからでしょ」

「そうだね。今はロゼと一緒だよ」

「いいな」

「ママがいるじゃないか。君が笑っているとママも嬉しいと思うんだけどな」

「ほんとう?」

笑顔で同意を示すために頷く。我が子の笑顔は何者にも代えがたいモノだと思う。

そんな幼い我が子を残してこの世を突然去ることになってしまったら俺の両親はどれだけ無念で心が張り裂けそうな思いをしたのだろうと感じただけで胸が締め付けられ苦しくなる。

でも俺には姉が居て手を差し伸べてくれる沢山の人がいたから。

意見の食い違いや些細な喧嘩から疎遠になったのなら何かのキッカケで一歩を踏み出すことが出来るかもしれない。

「ママにお爺ちゃんに会ってみたいと言ってごらん」

「おじいちゃんに?」

「うん、きっとお爺ちゃんも君に会ってみたいと思ってるよ」

「うん!」

女の子が笑顔になった瞬間に淋しげな雨音が優しく聞こえ出しやがて小さくなっていく。

ラオウの鳴き声が聞こえて女の子が部屋を飛び出して行き、後を追うように家からでるとそこは違う世界になっていた。


子どもが描いたような建物は変わってないがブルーグレーの雨が止んでいる。

そして、空を見上げると。

「きれいな、虹だよ。頼!」

真っ白い空にはアーチ型の水彩絵の具で描いたような綺麗な虹が架かっている。

ブルーグレーの雨は彼女の涙だったのかもしれない。

雨が止んであんなに綺麗な虹が現れたのなら彼女はもう大丈夫だろう。

『No rain. No rainbow.』確かハワイの諺だったと思う。

未来は誰にも分からない、でも君が笑顔でいればきっと大丈夫。

「ネコちゃん、バイバイ」

「元気でね」

「うん、頼。ありがとう!」

女の子が振り返りながら手を振って駆け出していく。

「ラオウ、帰ろう」

「ナァ~」

「おかえり」

「ただいま、ロゼ。なんだかとても眠たいよ」

そこで俺の意識が途絶えた。

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