第3話 リメンバー 卒業
約束通りあいつをベスパの後ろに乗せて紫陽花を見に行ったり、買い物に行ったりして楽しい時間を過ごすことが出来た。
夏場に海に行きたいと言われたが流石にあいつの両親からOKが出なかったし俺自身も海なんかに連れ出す自信なんて皆無だ。
そして俺は藍染の作務衣を愛用するようになっていた。そして就職するつもりだったのに姉ちゃんにゴリ押しされ。
あいつと同じ大学を受験することになり何とか滑り込んで高校を卒業する日が訪れたが卒業式にはあいつの姿はなかった。
相変わらず寒くなると体調が悪くなり学校も休みがちで単位は大丈夫だったけれど出席日数が危うく足りなくなるところだったが補習と言うことで卒業にはこぎ着けたらしい。
「頼、彼女と一緒に卒業式に出れなくて寂しい?」
「寂しくなんか無いよ。手術をすれば元気になれるって言っていたし。それに」
「それに?」
「なんでもねえよ」
あいつと付き合っていたかと言えば微妙な関係だったのかもしれない。
周りから見れば2人で遊びに行ったり買い物に行ったりしていたのだから恋人同士に見えたのだろう。
だけど手を繋いだ事もそれ以上のことも一切なく楽しかったから一緒に居たんだと思う。
卒業式は滞り無く終わり担任が感極まって泣いていた。
教室に戻りメールをチェックする。
『ごめんね』あいつからだったけれど意味が分からず返信をしても返事はなく。
教室のドアが開き沈痛な面持ちで担任が現れ騒いでいたクラスメイトが席についた。
「人生の門出にこんなにも悲しい…… 報告をしなくてはならないことに…… 先生は心が痛みます。今日、一緒に卒業するはずだった。……さんが先程亡くなりました」
「あいつが…… 死んだ?」
クラスメイトの視線が俺に集中し何かを口々に言っているような感じはするのだが音が消えていた。
音というよりも五感全てが麻痺して何も感じない。その後のことは俺の記憶の断片にすら残っていない。
もぬけの殻になった俺は大学に進学することもなく家に引き篭もり時間だけを浪費し続けた。
思えば俺は彼女のことを知らなすぎた。
家も家族のことも。そして病気の事すら身体が弱いとしか知らなかった。知っていることといえば意外に好奇心旺盛なこと。
ケーキより和菓子が好きで紅茶好きくらいだ。
これじゃクラスメイトと一緒じゃないか。
姉ちゃんに気分転換に出掛けてこいと言われ初めて彼女と行った喫茶店でコーヒーを飲んだけれどただの苦い黒いお湯だった。
「また、この季節になったんだね」
マスターに言われて喫茶店の外を見ると花束や卒業証書が入った筒を持っている高校生が嬉しそうに未来に向かい歩いている。
「何年になるのかな。あれから」
「七回忌だから6年」
「そうか6年か。頼君もそろそろ歩き出さないと」
「少しずつですけど歩いていますよ」
俺の目の前から彼女が突然消えてしまった日から俺は生きる気力さえも失いかけていた。
そんな俺のことを救い上げてくれたのはやっぱり姉ちゃんだった。
「頼、ここに300万ある。バイクでも買って旅にでろ」
「旅? 江戸時代かよ」
「自由気ままに日本中を走り回って来い。資格は生きるために必要だがもっと大切なモノがある。それは経験だ。経験だけは決して裏切らないから」
何も手につかず何もする気になれなかったので姉ちゃんの話に乗ることにした。
バイクはKTMのRC200に一目惚れして購入し宛のない旅に出た。
北は北海道の礼文島から南は沖縄の波照間島まで。流石に小笠原までは行けなかったけれど。
半年程度の予定だったのに気が付くと数年が過ぎていた。
「ただいま」
「ただいまだ? 確かに旅に出ろとは言ったけどな。あれから3年だぞ。この馬鹿が! 今までどこをほっつき歩いていたんだ」
「北海道で牧場の仕事を手伝ったり沖縄のホテルでバイトしたり。いろんな土地で住み込みをして働いてたよ。居酒屋に……まぁ、いろいろだ。そうだ姉ちゃんに金を返しとく」
「金なんてどうでも良いんだ。お前が無事なら」
俺が差し出した封筒を払い落として姉ちゃん俺の腰にしがみついて泣いている。
毎月連絡をしていたはずなのに。
「それでさ。旅先で知り合った人が一緒に仕事をしないかと言われたから決めてきた」
「頼が決めたのなら私は何も言わない。男の顔になってきているし、経験を積むことは良い事だよ」
そうして今の仕事をするようになった。
「もう、彼女には会ってきたのかい?」
「会ってきました」
「頼君が2度目にここに来た時は驚いたよ。全く別人にしか見えなかった。同じ珈琲を出したのに口をつけた途端に苦しそうな顔をしていきなり泣きだしたからね」
そうだった。突然泣きだした俺にマスターは何も言わずにセイロンティーを出してくれた。
『今の僕にはこんな事しか出来ないけれど』と言いながら。
その時にマスターは何となくあいつの事を知っていたんじゃないかと思ったけれど聞いてはいけないような気がして未だに口にしたことはない。
「これからどうするんだい?」
「姉ちゃんにシュークリームを買って来いと言われたので買いに行ってきます。何でも俺の職場の近くに変わったシュー皮のシュークリームが売っているらしくって」
「そうかい。年に1回じゃ寂しいじゃないか。時々でいいから遊びにおいで」
「ええ、そうさせてもらいます」
支払いをしてドアを開けるとマスターが何かを言おうとして止めた。
「決めるのは自分自信か」
そう呟いて柔らかい青空を見上げてドアを締めた。
何かを言おうとして止めたマスターに言った訳でもなくただの独り言だ。
歩みを止めるのも踏み出すのも自分自身が決めること。
周りの誰かの言葉なんてキッカケにすぎない。
俺に対するマスターの優しさのようなもので何回も聞かされた言葉だ。
電車に乗って家の最寄り駅を通り過ぎて職場の方に向かう。
毎年、帰り際にマスターは決まって彼女の事は思い出の中に仕舞いなさいと言うがそれがなく今年のマスターは何かを口ごもるようにしていた。
今年は何と言おうとしたのだろうか、それも今はマスターの心の中だ。
2人でローマの休日を見よう。
一緒に鎌倉に遊びに行こう。
他愛無い約束が今でも心に突き刺さり恋愛に臆病になっていると言うか避けている。
そして何処かで他人と壁を作り自分を守り続けているのかもしれない。歩き出したように見えて何処に向かっているのだろう。
『今を大切に』
『今を一生懸命に』
『今を生きなさい』
卒業してしばらくしてから担任に言われた言葉でクラスメイト全員に送った言葉らしい。
「今を生きろか」
俺が呟くと同時に電車がトンネルに入った。
通勤の時に毎日の様に通る場所だが今日は何かが違う。
電車が大きく揺れた瞬間に車内の明かりが数回点滅したかと思うと身体が宙に浮いたような気がした途端に激しい衝撃が全身を襲った。
真っ暗で何も見えず何処かに強打したのか体中が痛む。何とかスマホを取り出して起動させると薄っすらと状況が浮かび上がって……
電車が大きく左側に傾いていて先頭車両の方を見ると連結部分が外れてしまい前の車両の一部と遠くに光が見えた。
恐らくトンネルの出口だろう。
周りからはうめき声が聞こえるが今はどうしようもなく取り敢えずトンネルから出るしかなさそうだと判断して何とか車両からでて出口に向かう。
痛みを堪えながら歩いていると切れた電線がスパークして火花を散らし足元の窓ガラスの破片が光る。
いつも乗っている電車なのでスピードの出し過ぎなんて考えられないしそんな感じは全くしなかった。
誰かがトンネル内に障害物をなんて事は確率的に低いだろし障害物だとしたらトラックの様な大型車両でも無ければこんな脱線事故にはならないだろう。
他に考えられるとすれば大地震などの天災だ。
「首都直下型でも起きたのか?」
一瞬、外の光に目が眩み再び目を開くとそこには有り得ない世界が広がっていた。
「嘘だろ……」
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