第15話 cinque.2

 凛は亜紗と東京から来た人と話を終えてマンションに戻り、着替えを済ませてソファーにへたり込んだ。


「疲れた。しかし、参ったなぁ。はぁ~」


 凛が溜息をつくとそこに杏が帰ってきた。


「ただいま」

「お帰り……」

「凛? 大丈夫?」


 凛が疲れきった顔をしていた。


「ああ、少し疲れただけだ。竹富島はどうだったんだ?」


 杏が凛の横に座る。


「凄く、楽しかったよ。コンドイビーチは凄く綺麗だし、それと水牛車にも乗って。星の砂の浜でしょ。おソバも美味しかった」

「楽しめたんだな」

「うん。凛、ありがとうね。全部手配してくれたんでしょ」

「まぁ、楓や柚葉もあまり離島に行った事が無いと言っていたしな。たまには良いんじゃないか」

「凛の用事は済んだの?」

「ああ、終わったよ」

「何の用事だったの?」

「仕事の話だよ。これからの事とか色々とな」

「そうなんだ。大変だね」

「仕方が無いさ、義姉さんとの約束だからな。コーヒーでも飲むか」

「うん、美味しいカフェオーレね」

「了解」


 凛が立ち上がりキッチンに向かいコーヒーメーカーをセットしミルクパンに牛乳を入れて火に掛ける。


「そうだ、今日ね安里屋ユンタって言う民謡を聴いたよ」

「さぁー君は野中の茨の花ぁか サーユイユイ ってやつか」


 凛が節を付けて歌った。


「えっ、凛も歌えるの?」

「少しだけ知っているだけだよ」

「その続きは?」

「暮れて帰れば ヤレホンニ 引き止める マタ ハーリヌ チンダラ カヌシャマヨだったかな原曲はよく知らないけどな」

「凄い、おじさんがもう1つの方も歌ってくれたけどよく分からなかったんだ、マタ何とかって意味があるの?」

「綺麗な可愛い娘さんよとか愛しい綺麗な人よって意味らしいぞ」

「それじゃ、凛は方言も判るの?」

「少しだけな。ほら、カフェオーレだ」

「ありがとう」


 凛が杏の横に座ると直ぐに杏が質問して来た。


「じゃ、犬と猫」

「イングヮ、マヤー」


「大きい、小さい」

「マガーかマギー、グナー」


「綺麗、汚い」

「チュラ、ハゴー」


「子ども、友達」

「ワラバー、ドゥシグヮ」


「太陽、星」

「ティーダ、フシ」


「凄い、凄い。それじゃ、心」

「チム」


「愛してる」

「カナサンかな?」

「カナサン?」

「そう言えばカナサンドーって言う民謡があったな」

「どんな歌なの?」

「確か、わしんなよーや わしんなよー わねうむとんどー かなさんどー かな」

「それって、忘れるなよ 忘れるなよ 私は思っているよ 愛してるって意味?」

「杏は凄いな」

「ねぇ、歌詞は歌詞」


 杏の目がキラキラと輝いていた。


「詳しい歌詞はわからないな。でも、結婚を約束した2人の幸せな歌のはずだぞ、最後は確か綺麗な花は散るけど2人で花を咲かせるものだ、嵐が吹いても愛して行こう2人でと言う意味だったと思うけど」


「どこに行けば、その歌聴けるかなぁ?」

「まぁ、沖縄民謡のCDでも買えば聴けるんじゃないか」

「直ぐに聴きたいの」

「なぁ、杏。腹が減ったんだが。今日は作るの面倒くさいから外で食べないか」

「どこで食べるの?」

「居酒屋にでも行くか」

「うん。行って見たい」



 杏と2人で繁華街の美崎町の中にある、凛の知り合いの居酒屋に向かう。

 外に出ると風が強くなってきていた。


「着いたぞ、ここだ」

「こみなみ? こなん?」

「瑚南で『こなみ』と読むんだ」


 凛が店の中には居る。


「ちわーす」

「あれ、凛さん。いらっしゃい」


 優しそうな女の人が対応してくれる。


「2人なんだけど行けるかな?」

「カウンターなら空いてるけど、いいかな」

「いいですよ。ほら杏座るぞ」

「う、うん」


 こじんまりとした店だがとても賑わっていた。カウンターに座り凛が店長と話をし始めた。


「直、久しぶりだな」

「最近、凛さん。全然顔見せないんだもんなぁ」

「悪いな、忙しくってな」

「生で良い?」

「そうだな、生とこいつにはサンピン茶をもらえるかな」

「凛さん、その子は?」

「ちょっと、訳ありでうちで預かってるんだ」

「訳ありね」

「直、そんな顔で見るな」

「まぁ、凛さんは独身だしね」

「違うって言ってるだろう」


 杏は、メニューとにらめっこをしていた。


「どうした、杏」

「チャンプルーって何?」

「炒め物」


「ヒラヤーチ」

「沖縄風お好み焼き」


「ミーバイ」

「ハタ科の魚」


「イリチー」

「炒め煮」


「ジーマミー豆腐」

「ピーナッツで作った豆腐」


「マース」

「お塩」


「はい、お待ちどうさま」

「ありがとう」


 生ビールとサンピン茶、それに突き出しが運ばれてきた。


「杏、とりあえず。お疲れ様」

「うん、乾杯。なんだか知らない言葉だらけ」

「気になる物を注文すればいいさ、一目瞭然だから」


 杏が何品か注文をする。凛は直と話をしていた。


「そう言えば、大きな低気圧が近づいて来てるって、海人が言ってたよ」

「この時期に、台風かよ」

「時期にそうなるだろうって。足が速いから直ぐ抜けるらしいけど、かなり大きいらしいよ」

「少し、調べてみないとな」

「ネットで調べるの?」

「そうだ」

「それじゃ、凛さん調べたら教えてよ」

「そうだな、後でな」


 注文した料理が出てきて杏が美味しそうに食べ始めた。


「美味しいよ、凛」

「そうだろ、ここは石垣島でも人気があるからな」


 凛も料理を摘みながらビールを飲んでいた。


「凛もいっぱい食べてね」

「そうだな」


 美味しい料理を満喫して店を後にする。

 杏はご機嫌だった。


「ここら辺が島の繁華街なの?」

「そうだ、美崎町って言う所だよ。飲み屋街だな」

「へぇ、そうなんだ。あっカラオケがある」

「カラオケには行かないからな」

「そうだ、凛に民謡を歌ってもらえば良いじゃん」

「杏、聞いているのか? 俺は行かないぞ」

「凛、早く早く」


 杏が凛の手を引っ張りカラオケ店に入っていく。


「杏! 俺は駄目だってば!」


 凛の叫びは杏には届かなかった。

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