第14話 cinque.1

 翌日からはいつもの1日が始まった、午前中にプールで泳いだり海の見える公園で野良猫と遊んだり。

 そして仕事の休憩時間には約束どおり凛の料理教室が開かれた。

 あっという間に1週間が過ぎていった。


「杏ちゃん、何だか嬉しそうだね」

「楓ちゃん、だって明日はお休みだもん。何して遊ぼうかなぁ」


 少し潤んだ瞳で日曜日を楽しみに待ち望む子どもの様な顔を杏がしている。


「そうだ、竹富島に行ってみない。柚葉と3人で」

「竹富島?」


 楓の突然の誘いに素っ頓狂な顔をした。


「そう、ほら。あそこに見える島だよ」

「でも、凛は?」

「杏、たまには俺抜きで遊んで来い」


 凛の声がキッチンからしてきた。


「うん、分かった」

「それじゃ、決まりね。明日の9時に迎えに行くから」

「準備して待ってるね」



 翌朝、時間どおりに楓と柚葉が迎えに来て杏は出かけて行った。

 凛はそれを確認して亜紗に電話をかけて出掛けた。

 杏達は凛の家から歩いて離島桟橋に向かいそこから船に乗る。


「楓ちゃん、船の切符は?」

「もう、買ってあるから直ぐに船に乗ろう」

「ええ、買ってあるって?」

「いいから、いいから。乗るよ」

「分かった」


 杏は首を傾げながら船に乗り込んだ。


「後ろのデッキの席が良いよ」


 3人で並んで座ると船がエメラルドグリーンの海の上を滑るように走り出した。

 しばらくすると海の色が変わる綺麗な水色や青になった。


「綺麗!」


 杏が叫ぶが船のエンジン音にかき消された。



 しばらくすると竹富島の港が見えて来る、港に着き船を下りるとレンタサイクルのお店の人が楓の名前が書いてあるカードを持って出迎えてくれた。


「雨宮 楓さんですね。こちらのワゴンに乗ってください」


 案内されるがままにワゴンに3人が乗り込むとワゴンが走り出した。

 緩やかな坂を登り集落の入り口でワゴンが止まり。

 3人が降りると既に3台の自転車が用意されていた。


「これが、竹富島の地図になります。困った事があったら気軽に電話してくださいね」


 さっき出迎えてくれた女の子から地図を受け取る。


「それじゃ、レッツ ゴー」


 柚葉が片手を挙げた。


「行くよ、杏ちゃん」

「うん、どこに行くの?」

「とりあえず、コンドイビーチだよ」


 自転車で集落を抜けると直ぐビーチに到着した。

 入り口に自転車を置いて歩いてビーチに向かうと真っ白な砂浜に遠浅の青い海が広がっていた。


「綺麗、石崎と違ってここもいい感じ」


 杏が海に見とれていると楓が声を上げた。


「あ、あった。バスの売店。柚葉、杏ちゃん、行くよ」


 楓がバスに向かって歩き出すと杏と柚葉は楓の後に続いて歩き出す。

 バスに着くと楓が中に居る男の人に声を掛けた。


「すいません、ARIAの凛さんの紹介で来たんですけど」

「おお、来たな。楓ちゃんに柚葉ちゃん、それに杏ちゃんだね。凛から聞いているよ、3人とも可愛いなぁ。凛の奴は相変わらずだなぁ。そうだ、これうちからのサービス食べてね」


 男がカキ氷を3つ楓に渡す。


「ありがとうございます」

「そうそう、俺、蓮(れん)って言うんだ。一日中ここに居るから何かあったら顔を出してね」

「はい、蓮さん。いただきます」


 3人で近くのベンチに座ってカキ氷を食べる。


「冷たくって美味しいね」

「そうだね、楓」

「ねぇねぇ、何だか変だよ」


 杏が不思議そうな顔をして2人に言った。


「実はね、凛さんに頼まれたの」

「柚葉ちゃん。それどういう事?」

「あのね、凛さんがお休みに急用が出来て出掛けないといけないから、明日の休みに杏を竹富島にでも連れて行って遊んでくれないかって」

「そうだったんだ。直接言えば良いのに」

「杏ちゃんをがっかりさせたくなかったんだよ」

「そうかな、楓ちゃん」

「そうに決まってるじゃん。凛さんも杏ちゃんの事好きなんだよ」

「それは、少し違うと思うLOVEじゃなくてLIKEだと思う」

「もう、杏ちゃんは今までの凛さんを知らないからなぁ」

「楓ちゃん、どうして?」


 杏が不思議そうな顔をして首を傾げた。


「凛さん、杏ちゃんが来てから変わったもんね。前なら絶対に女の子なんか家に入れなかったし、それに皆と海に遊びに行ってもあんな風に遊ばないで見ているだけだったもんね」

「柚葉ちゃん、本当に?」

「本当だよ、少しずつだけど私達との距離が近く感じるもん。オーナーが言ってたじゃん。凛さんのトラウマだって」

「でも、凛のトラウマが治るまで私ここには……」


 杏が寂しげな顔をした。


「ああ、もう湿っぽい話は終わり。次に行ってみよう!」


 楓が元気よく声を上げた。


「楓ちゃん、次って?」

「水牛車に乗って島内観光だよ」

「それじゃ、早く行こう」


 3人が立ち上がり走り出し、自転車に乗り水牛車の乗り場に向かう。


 水牛車乗り場には数頭の大きな水牛がいた。

 案内所に行き名前を告げると切符をくれた。


「なんだか、水牛って可愛い目をしてるよね。それに大きな角だね」

「う、うん。杏ちゃん怖くないの」

「え、怖くないよ。あ、楓ちゃん怖いんだ」

「だって、大きな動物が苦手なんだもん」


 水牛の後ろの車に乗り込むと、真っ黒に日焼けしたおじぃが出発の合図をしてしゃべり始めた。

 そして三線を引きながら安里屋ユンタを歌い出した。集落を一巡りする。


「沖縄民謡って何だか心が落ち着くね。始めて聞いた気がしないし」

「そうかな、杏ちゃんってなんだか不思議」

「何で?」

「だって、ミュージシャンみたいな事言うんだもん」

「ええ、そうかな。ただそう感じただけなんだけど」

「柚葉はどう思う?」

「私は、島の時間が好き。ゆっくりと流れて総てを包んでしまう様な」

「そうだね、時間に縛られることないもんね」

「そうか、だから自由で居られるんだ」


 3人でゆっくりとした時間を楽しんだ。

 星砂の浜に行ったり、八重山そばを食べたり。

 凛から借りたデジカメでたくさんの写真も撮った。


 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう、帰りの船の時間になっていた。


「楽しかった、誘ってくれてありがとうね」

「うん、私達も楽しかったよ。ね、柚葉」

「そうだね、離島にはあまり来る機会無いからね」

「ええ、そうなんだ」

「今度は違う島に行こうね」

「うん」


 船で石垣島に戻り、離島桟橋で楓と柚葉と別れマンションに向かった。


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