第11話 quattro.4

「凛! いつまで遊んでいるの! 凄く暑いんですけど」


見ると木の下で恨めしそうに見ている亜紗の姿があった。


「やばい、葛城。準備だ」

「は、はい」


凛と葛城が駆け出す。

凛の指示に従って葛城が走り回り木陰の前にあっという間に日除けのタープが張られ、その下にシートが引かれた。


「お嬢様、こちらへどうぞ」


凛が深々と頭を下げると亜紗がタープの下に入った。


「本当に、凛は子どもなんだから」


亜紗は不機嫌だった。

凛と葛城が直ぐにバーべキュウー台を組み上げてテーブルをセットして炭を熾した。


「これで準備OKですね。凛さん」

「そうだな、泳いできて良いぞ」

「よっしゃー。おーい、泳いでいいってよ」


波打ち際で遊んでいる杏達に声を掛ける。

3人がタープの下で着替え始める着替えと言ってもTシャツやワンピースの下に水着を着て来ているので脱ぐだけなのだが。

そして楓と柚葉は日焼け止めを塗りあって、葛城は我先にと海に飛び込んだ。

杏は1人で日焼け止めを塗っていた。


「ちゃんと、日焼け止め塗らないと後が大変だからな」

「うん、でも背中が塗れないよう」

「しょうがないな、こっいに来い」

「うん、ありがとう」


凛が杏の背中に日焼け止めを塗る。


「凛の手、温かい」

「生きているからな」

「もう。また、はぐらかす」


その時、楓が声を掛けてきた。


「杏ちゃん、行こう」

「ほら、呼んでいるぞ」

「うん、行ってくるね」

「ああ」


杏が立ち上がり楓達の方に歩き出した。


「杏ちゃんのビキニ可愛いね」


杏は凛に買ってもらったオレンジのビキニを着ていた。


「楓ちゃんも柚葉ちゃんもよく似合っているよ」


楓は青いセパレートのスポーティーな水着を、柚葉は花柄の可愛らしいワンピースの水着を着ていた。

3人が海に駆けだし飛び込んだ。





凛が優しい目で見ていると後ろから亜紗が凛に話しかけてきた。


「凛、あなたこのままで良いの?」

「何がだよ」

「杏ちゃんの中であなたの存在がとても大きくなっている気がするけどけど」

「そんな事は言われなくっても判っているよ。でも突き放す訳にも行かないだろう」

「そうだけど、このままじゃ」

「別れが辛いか? 別れなんていつでも辛いもんだよ。そうだろ」

「凛の中でも杏ちゃんの存在が大きくなっているんじゃないの?」

「昨日、私の事が好きかって聞かれたよ」

「あなた、何て答えたの?」

「嫌いじゃないと。ずるいと言われた、でも俺にはそれしか答えようが無かった」

「あの子、本当は」

「夏海 杏だろ、知っているよ。俺だって馬鹿じゃない、調べたさ」

「知っていて深入りしたら……」

「深入りしたら何なんだ? 俺は義姉さんとの約束を破るような事はしないさ。それにあいつはハードな生活が嫌で逃げだしたんだろう、ここに居る杏がたぶん本当のあいつなんだ。それなら俺に出来る事は今の時間を精一杯楽しませてやる事しか出来ないだろう。時期にここも見つかるさ、時間の問題だ。その時が別れの時だ」

「1つだけ聞いていい」

「ああ」

「いつから夏海 杏だと判っていたの?」

「最初からだよ、俺のもう1つの顔は……」

「凛! 一緒に遊ぼう!」


杏が波打ち際から凛を呼んだ。


「仕方が無い。行ってくるわ」


凛が立ち上がり海に向かい走り出した。


「知っていたのならあんな約束させなかったのに……凛の馬鹿……双樹ごめんなさい、また凛を苦しめることになりそう」


亜紗が膝小僧を抱え、亜紗の目から一滴の涙がこぼれた。





皆、楽しそうに海で遊んでいると葛城が凛に勝負を挑んできた。


「凛さん、毎朝泳いでいるらしいじゃないですか。あのオレンジの浮玉まで泳いで行って帰って来る競争しましょう」


凛が見ると沖にオレンジ色の浮玉が浮かんでいた。


「面倒くさい」

「面倒くさいって、子どもじゃないんだから。俺が負けたら凛さんの言う事何でも聞きますよ」

「何でもだって、凛さんの下僕のくせに」

「楓は黙ってろ」


楓がちゃちゃを入れると葛城が真剣な眼差しで楓を睨みつけた。


「一応聞いてみるが。もし、葛城が勝たら何がしたいんだ?」

「杏ちゃんとデートさせてください」


葛城に凛が聞くと満面の笑顔で葛城が答えた。


「……杏、どうする?」

「知らない」


杏がそっけなく答えた。


「それじゃ、杏。俺のバックからゴーグル持ってきてくれ」

「わ、分かった」


杏の声はぶっきら棒で不機嫌そのものだった。


「り、凛さん。勝つ自信あるんですか?」

「柚葉、自信なんてないよ。あいつは俺よりひと回り以上若いんだぞ、それにトライアスロン経験者だしな」

「ええ、トライアスロンって……」


凛のゴーグルを持ってきた杏が柚葉と凛の会話を聞いて固まっていた。


「そうなんだ、葛城ってああ見えてもスポーツ万能なの」

「楓ちゃん、それ本当なの?」


杏が不安そうな声をした。


「よっしゃー。始めますか」


葛城が俄然はりきりだした。


「楓、スタートの合図頼む」

「はい」


楓を挟んで2人が立つと楓が両手を上に上げる。


「よーい。スタート!」


楓が手を振り下げると葛城が猛ダッシュした。

凛は軽く泳ぎ出し直ぐに差が開き始めた。




亜紗は海で遊んでいる凛達を見ていた。


「しょうがないわね。凛の口から約束を取り付けたのは私。私も覚悟を決めなきゃ凛に悪いわね。トコトンいく所まで私も付き合うわよ」


亜紗が立ち上がり海に向かって歩き出した。


「り、凛の馬鹿! 負けたら私、許さないんだから!」


杏が凛に向かって叫んだ。

その時、後ろから優しい声がした。


「大丈夫よ、杏ちゃん。凛は売られた喧嘩に負けたことが無いの。見てなさい」


杏が振り返ると亜紗だった、そして亜紗が凛に向かって叫んだ。


「凛! GO!」


すると凛のピッチが上がり始め、見る見るうちに葛城に追い付き折り返しでは殆ど並んで居るように見えた。


「凄い、凛さんの泳ぎ綺麗だね。楓」

「そうだね、あんな綺麗な泳ぎ見た事無いよ。まるで魚が泳いでいるみたい」


葛城は水しぶきを上げて泳いでいるのに対して凛は殆ど水しぶきを上げていなかった。

そしてゴールの手前で凛が海に潜った。


「あれ? 凛?」


杏が凛の姿を探すと杏の目の前に海の中から凛が現れた。


「きゃっ!」


杏が後ろによろけると杏の体を亜紗が支えた。


「勝ったかな?」

「うん!」


杏が笑顔で答えた。

その時、杏の後ろから亜紗が凛の頭を水の中に押し込んだ。


「あんたって子は、どうしたら女の子を賭けの対象なんかにするかな。少し頭を冷やしなさい」


凛が手をバタつかせ、亜紗が手を離した。


「ゲホゲホ! あー死ぬかと思った。義姉さんの鬼!」

「もう一度、沈んでみる」

「いや、もう結構です」

「勝てねぇー、ちくしょう!」


葛城が息を上げながら海から上がってくると叫んでビーチに倒れこんだ。


「疲れた……」

「お疲れさん」


凛が葛城に声を掛けると葛城が悔しそうな顔をしながら凛を見上げるが涼しそうな顔をしている。

全力で泳いだ直後には見えなかった。


「なんで、息一つ乱れてないんですか?」

「鍛え方が違うんだよ。バーベキューを始めるぞ」

「はい」


葛城が砂を払い立ち上がった。


「おーい、飯にするぞ」


凛が声を掛けると皆海から上がってきた。


「やったー、バーベキューだ」


凛が手際よく肉や野菜を焼き始める。

ジュウジュウと音をたて香ばしい良い匂いが立ち込めていた。


「さぁ、ドンドン焼くからいっぱい食べてくれ」

「「「いただきまーす」」」


焼いた端から無くなっていく。

凛も摘まみながら焼いては居るがそれ程食べて居るようには見えなかった。


「凛、食べてる?」


杏が申し訳なさそうに聞いた。


「食べてるぞ、杏もいっぱい食べろよ」

「杏ちゃんは凛の事よく見ているのね」

「えっ、亜紗さん。そんな事は無いですよ」


杏がモジモジして答える。


「凛さん! ラブ! ああっ葛城それ私の肉だぞ」

「楓、早い者勝ちだ」

「柚葉もたくさん食べろよ。ほら焼けてるぞ」

「はーい」

「杏もそんな事を気にしていたらなくなるぞ」

「うん、分かった」


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