第10話 quattro.3

杏が目を覚ますと凛の姿が何処にも無かった。

ベッドから飛び起きて杏は部屋中を探し回った。


「凛、どこに?」


玄関を開けて外に飛び出すと眩しい太陽の光が目に飛び込んでくる。

目が慣れて下を見ると凛が大きなワゴンに荷物を詰め込んでいるのが見えた。


「凛……良かった」


力が抜けてその場にへたり込んだ。


「ん? なんだ?」


何か聞えたような気がして凛が3階に上がると杏が廊下で裸足のまましゃがみ込んでいた。


「杏? どうしたんだ。起きたら早く準備しろよ」

「……」

「杏?」

「目を覚ましたら凛が居ないから……」

「馬鹿だな、どこにも行かないよ。ここは俺の家だぞ」

「うん、そうだね。準備するね」

「ああ」


杏の顔に笑顔が戻り部屋に駆け込んでいく。

廊下の手摺に体を預け空を眺め凛は考えていた。

杏にとって少しずつ大きな存在になってしまっている自分がいる事を。

そして、今は考えてもしょうがない事も判り過ぎるほど判っていた。


「凛! 準備できたよ」


杏が部屋から飛び出してきた。

初めてこの部屋に泊めた時のリネンのワンピースを着て大きな麦藁帽子を被っていた。


「それじゃ、行くか」

「うん」


下に降りてワゴンに乗り込み車を出す。

後ろにはバーベキューの台などが積み込まれていた。


「凛、この車はどうしたの?」

「義姉さんが借りてきたんだよ」

「亜紗さんて、何者なの?」

「オーナーだろ」

「だって、あんな大きなお店を持っているんだよ」

「そうだな……まぁ、お金持ちはお金持ちかなぁ」

「凛、微妙過ぎる」




『ARIA』で材料の下ごしらえを済ませて、クーラーボックスに詰め込んで。

亜紗や楓と柚葉、葛城が店の前で凛達を待っていた。


「早く来ないかなぁ」

「もう、来る頃ね」

「いつも凛さんは時間厳守ですもんね」

「俺は眠くて敵わないよ」


店の駐車場にワゴンが滑り込んできた。


「お待たせ、葛城。荷物を運んでくれ」

「はい、分かりました」


葛城がクーラーボックスを運んで車に乗せる。

荷物を積み終えたのを亜紗が確認して声を掛けた。


「さぁ、出発よ」

「「「イェー! レッツ ラ ゴー」」」


楓・柚葉・杏が声を合わせ拳を突き上げた。



車はしばらく走ると海沿いの道に出る。

海がキラキラと輝いていた。


「うわぁ、綺麗な海」

「杏ちゃん、ここは名蔵湾って言う海で。これから行く海はもっと綺麗なんだよ」

「楓ちゃん、本当に?」

「うん、嘘じゃないよ。ねぇ柚葉」

「そうだね、あまり観光客は来ないしね」

「そうなんだ、楽しみだなぁ」


海沿いの道を抜けると峠道のようなカーブの連続する道にはいりしばらくすると集落が見えてくる。

その集落を抜けて未舗装の農道に車を入れる。


「うわージャングルみたい」

「もう少しで着くからな」

「うん」


すこし、進むと開けた場所に出て、その一番奥に車を止めた。


「葛城、義姉さん。着いたぞ起きてくれ」


後ろの席で出発と同時に寝ていた2人を凛が起こした。


「さぁ、荷物を運んで準備だ」


杏が助手席から飛び出して海に続く小道にはしりだして立ち止まっていた。


「杏、どうしたんだ?」

「七色の海だ……凄い」


杏の目の前には真っ白い砂浜があり、その向うには、エメラルドグリーンや青、コバルトブルーなどの色に輝く海が広がっていた。


「杏も荷物を運ぶのを手伝ってくれ」

「う、うん。分かった」


凛が雪遊びをする為のプラスチックのソリを持っていた。


「凛さん、それ何に使うんですか」

「これに荷物を載せて運ぶんだよ、その方が楽だろ。葛城」

「流石、パーフェクトマシーン。それじゃ早速」

「荷物をシッカリ押さえないと倒れるからな」

「はーい」


2人1組になって荷物を運ぶ。


「私も頭数に入っているのね」

「義姉さん、当然です。働かざる者」

「食うべからずよね、やっぱり」


亜紗が顔を引きつらせながら笑った。

何度か往復すると荷物は総て運び終わったようだった。


「荷物が残っていないか確認してくるから」


凛が車に向かうと杏が後を追いかけた。


「私も行く!」

「杏ちゃん、すっかり凛さんにべったりだね」


楓が溜息をついた。


「でも、あんなに楽しそうな凛さん初めて見るかも」

「そうだね、柚葉」




杏がビーチの入り口の坂の上で海を眺めていた。


「杏、帽子を押さえろ!」


後ろから凛の声がして杏が慌てて帽子を押さえる。

凛の声で皆が杏の方を見た。

その瞬間、杏の体がふわっと浮いて凛に抱きかかえられてまるでスノーボードでもしている様に凛がソリに立って滑り降りてきた。


「もう、凛の馬鹿。驚いたじゃん。でも、気持ち良かったょ」


杏が真っ赤になって俯いた。


「超クール! 俺も」


葛城がソリを持って坂の上に駆け上がり真似をしてソリに立った瞬間後ろに倒れて砂まみれになった。


「あはははは」


楓が大笑いした。


「クソ! 何で出来ないんだ」

「凛さん……」

「柚葉もか?」


柚葉が凛のTシャツの袖を引っ張り柚葉が頷く。


「Ok、行こう」


柚葉と凛が坂の上に上がり柚葉が杏と同じように立った。


「行くぞ」

「きゃっ!」


柚葉の体が持ち上がり大きな弧を書いて凛が滑り降りる。


「気持ち良い!」


柚葉が珍しく叫んだ。


「じゃ、楓も!」

「分かった、分かった」


楓を抱きかかえて滑り降りると亜紗の声がした。


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