第3話 uno.3
入り口の方から女の人の声が聞えてきた。
「凛! 凛はどこにいるの! 出てきなさい!」
「ここだよ、亜紗(あさ)義姉さん」
その女性は軽くウェーブしたロングヘアーで紺のスーツを着ていた。
そして凛を見つけると、もの凄い勢いで近づいてきていきなり凛を殴り飛ばした。
「あんたは、何でそうなの全く!」
「痛いなぁ。店内で騒ぐなよ」
椅子から落ちて尻餅を着いた凛が立ち上がり椅子に座った。
「事情を一から説明しなさい」
亜紗が凛の前に座り凛を睨みつけた。
藤崎チーフから連絡があったのだろう。
凛が渋々亜紗に羽田からの事の顛末を総て話した。
「それで、その子をどうするつもりなの?」
「とりあえず、今夜はどこかのホテルに泊めて明日考えるよ」
「それなら、今夜は私の家に泊めなさい良いわね。それと凛! あなたは明日休んで。この子の面倒を見る事。分かったわね。チーフ、明日この馬鹿を休ませるけど大丈夫かしら?」
「葛城君、大丈夫ですよね」
藤崎が葛城に確認を取った。
「はい、任せてください。オーナーの為なら何でもしますよ」
「それじゃ、葛城君。宜しくね」
「はい!」
亜紗が立ち上がりレストランから出て行った。
「杏、行くぞ」
「う、うん」
杏は不安そうな顔をしながら凛の後をついて店を出た。
外に出るとすっかり暗くなっていた。
「それじゃ、義姉さん。こいつの事宜しく」
「さぁ、行くわよ。杏ちゃんだったかしら、こっちにいらっしゃい」
「え、私ですか?」
「そうよ、凛は一応男だし。一緒と言う訳にはいかないでしょ」
「凛が良い……凛と一緒が良い!」
杏が凛の後ろに隠れシャツの裾を握り締めていた。
「我侭を言わないの、こっちにいらっしゃい」
亜紗が杏の腕をつかもうと手をだすと、凛がその手をつかんで止めた。
「凛、どういうつもりなの?」
凛は何も言わず横に首を振った。
「まぁ、桃ちゃんと同い年だし。凛なら大丈夫かもね、責任を持って面倒を見なさい。明日中に東京に帰すのよ、いいわね」
「ああ」
凛はそれ以上何も言わなかった。
「それじゃ、明日ちゃんと結果を連絡しなさいよ。約束よ」
亜紗はそう言うと自分の車に乗って店を後にした。
「杏、車に乗ってくれ」
「うん、分かった」
杏が駐車場の隅に止めてあった凛の軽自動車に乗り込んだ。
凛が車を出す、杏が凛の顔を見ると哀しそうな表情をしていた。
「桜木さん、この車。パジェロミニって言うんでしょ」
「ああ、そうだ。それから俺の事は凛で構わないから」
「じゃあ、凛。桃ちゃんって? 娘さん?」
「そうだ、娘の名前だ」
「結婚していて娘さんまでいるんだ」
「独り暮らしだ。12年前に娘の桃香も妻の双樹も死んだよ」
「えっ、ごめんなさい」
「気にする事はない。もう昔の事だ」
これ以上、杏は話を続ける事が出来なかった。
しばらくすると街中の凛のマンションに到着する、凛の部屋は3階だった。
「ここだ、むさ苦しい部屋だが入って待っていてくれ。俺は少し買い物に行って来るから」
「うん、分かった」
杏が部屋にはいると凛が外から鍵を閉めた。
杏が部屋に上がり電気をつけて回る。
「あれ? あんまり汚くないなぁ」
お世辞にも綺麗な部屋とは言えないが、男の1人暮らしにしては散らかっているが綺麗な方じゃないかと杏は思った。
「世話になるんだから、少し片付けておくかな」
部屋の間取りは3DKだった。3DKでもキッチンがかなり広く取られていた。
流しに溜まっていたコップや皿を洗い、リビングの円卓に散らかっていた新聞を片付けて、少し掃除機をかけると直ぐに見違えるような部屋になった。
「なんだ、綺麗な部屋じゃん」
良く見るとセンスの良い間接照明などがあり部屋自体もとても落ち着いた雰囲気だった。
「こっちの部屋は、寝室か。うわぁ、凄い」
目の前の壁には本棚が備え付けられていて、そこにはライトノベルやマンガ本が綺麗に並べられていた。
その棚の下には大きなベッドがあり、その横の押入れは書斎の様に改造されていてパソコンが置かれていてその脇には料理の本やファッション雑誌が積み上げられていた。
杏が寝室に入りパソコンを見るとその上に女の人と女の子の写真があった。
「あれ? これってさっきのお姉さんじゃ」
その時、凛が買い物から帰ってきた。
「お帰りなさい」
「ああ、掃除と片付けをしてくれたのか悪いな汚い部屋で」
「そんな事、無いと思う。それにこれからお世話になるんだし」
「明日、杏は東京に帰るんだ」
「嫌! 絶対に帰らない。後の事は自分で考えろと言ったのは凛だ。だからここに居る」
「確かに自分で考えろとは言ったけどな。杏は未成年で俺は男の1人暮らしだぞ」
「じゃ、叔父さんに許可を貰うから電話貸して」
凛が杏に携帯を渡すとどこかにダイヤルし始めた。
「もしもし、叔父さん? 杏だけど心配しないで私は元気だから。何? 帰って来い? 絶対に帰らない2度とあんな生活は嫌だから。今は知り合いの所にいるから心配しないで。じゃあね」
「おい、杏。電話」
凛が携帯を取り上げるより早く杏が発信履歴を消去した。
「これで、文句は無いだろう。叔父さんにも連絡はしたし」
「抜け目の無い奴だな全く。何て義姉さんに説明するんだよ」
「お願いだから、ここにおいて下さい。料理以外なら何でもしますから」
「お前なぁ、男の家においてくれなんてよく平気で言えるな」
「凛となら別にいいよ。でも、凛はそんな事する様な人じゃないと思う。だから平気」
腕組みをしたまま凛が考え込んでいた。
「凛、お願い……」
「分かったから、そんな目で見るな。何とか義姉さんを説得するから」
「本当に? ありがとう」
杏が凛に飛びついても凛は腕を組んだまま微動だにしなかった。
「悪いが離れてくれないか」
「あっ、ごめん」
「先にシャワーでも浴びてくれ。沖縄じゃ風呂はあまり入らないんでな」
凛が買って来た物は、シャンプーにトリートメント、歯ブラシにクレンジングと化粧水だった。
「ありがとう」
「それと、これはとりあえず着替えだ」
凛が杏に渡した服はとてもシンプルな生成りのリネンのワンピースだった。
「これって、凛の趣味?」
杏が変な目で凛を見た。
「そんな訳無いだろう。前に義姉さんに土産に買ってきたら、こんなフェミニンなワンピ着られるかと付き返された物だよ。良かったら使ってくれ」
「分かった、先にシャワー借りるね」
杏がバスルームに入っるのを見届けて凛は寝室のパソコンに向かって作業をし始める。
「悪い子じゃなさそうなんだが……どうしたものか」
しばらくして杏がシャワーを浴びて出てくると凛がリビングでパソコンに向っていた。
「何をしているの?」
「仕事だ」
「凛はワーカーホリックなんだ」
「それは、違うかな」
「どう違うんだよ」
「杏には関係ないだろ」
寝室にあるライトノベルやマンガ本を見て杏が凛に聞いた。
「そうだね、それと凛は秋葉系なのか?」
「遠からずも近からずかな」
「ここにある本は読んで良いのか」
「好きにしろ」
杏が本棚のマンガやライトノベルを見ている。
「ああ!『彼はグランパ』の最新刊だ」
「好きなのか?」
「うん、大ファンなんだ」
「そうか、それは良かったな。向うで仕事をしているから何かあったら呼んでくれ」
「うん、分かった」
杏はベッドの上で本に夢中で殆ど聞いていなかった。
凛はリビングの円卓でノートパソコンを開き作業を開始した。
作業に没頭して切りが良い所で作業を止めてベッドの方を見るといつの間にか杏は寝てしまったようだった。
疲れていたのだろう、凛は杏に布団を掛けて電気を消した。
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