第2話 uno.2

「ARIA?」

杏が見るとそう看板には書いてあった。

駐車場から中庭の様な所を抜けると入り口があり、真っ白い壁に赤瓦がアクセントに使われていてとても可愛らしいレストランだった。

「いらっしゃい……凛さん! お帰りなさい」

白いシャツに綺麗な青いネクタイで深緑のサロンをして、黒いパンツ姿のショートカットの可愛らしい女の子が出迎えた。

「ただいま、楓かえで。奥の席開いているかな?」

「はい、空いていますよ。チーフ呼んできますね」

「ああ、頼むよ」

凛は、奥の席に向かい歩き出した。

杏はキョロキョロしながら後について行くしかなかった。

店内は白と青を基調としたとても落ち着いた感じの雰囲気で。

大きな窓の外には青々とした芝生のガーデンがありその向うには綺麗な海が広がっていた。

オープンキッチンの前のテーブルに凛が座るとそれにつられて杏も座る。


するとスタンドカラーの白いシャツを着て長めの黒いサロンをした、少し年配の男がテーブルにやって来た。

「藤崎チーフ。今、戻りました」

「お帰りなさい、どうでした? 十三回忌は?」

「内々でやったので無事に終わりました。義姉さんはまだ?」

「一緒だったんじゃ無いんですか?」

「ええ、他の用事があったんで」

「そうですか、まだ戻ってないなぁ……ところでその娘は?」

藤崎が不思議そうな顔をして杏の事を見ていた。

「さぁ?」

「さぁ?って。凛が連れて来たんでしょ」

「連れてきたと言うか、着いて来たと言うか」

「本当に凛はしょうがない人だな。いい歳なんだからもっとシッカリしない、亜紗さんが知ったら唯じゃ済まされないですよ」

「だから、確認したんじゃないですか」

「で、誰なんです?」

「名前も何も知らないですよ。羽田で厳つい男達に追われている様だったんで逃がしたと言うか……なんと言うか」

「凛! 犬や猫と違うんですよ」

藤崎が怒りに体を震わせていた。

「それは、判っていますよ。俺だって子どもじゃないんですから」

「凛が責任を取るんですよ。いいですね!」

そう言い残して藤崎はキッチンに戻って行った。

「は~ぁ」

凛はテーブルに頬杖をついて窓の外の海を眺めた。

するとキッチンの中から笑い声が聞えてきた。

「葛城、何が可笑しいんだ」

「凛さんが見ず知らずの女の子なんか連れて来たからですよ。あの堅物の凛さんがですよ」

キッチンから茶髪の人当たりの良さそうな20代くらいの若い男が顔を出した。

「笑いすぎだ、好きで連れて来たんじゃない」

「これから、その子どうするんですか?」

「今から考えるよ」

「今からって、俺が預かりましょうか?」

「猛獣の檻にウサギを放り込むような真似出来るか。そんな事してみろ、チーフに殺されるだろうが」

「凛さんは草食獣ですからね」

「そんなんじゃねえよ」

杏は始終うつむいていたが凛がとても哀しそうな目をしたのを見逃さなかった。

葛城はオーダーが入りキッチンで仕事を始めていた。

「とりあえず、名前と年齢を教えてくれないか?」

凛が頬杖をしたまま聞いてきた。

「あ、秋川 杏あきかわあんずです。歳は19です」

「未成年か……はぁ~」

杏の歳を聞いて凛の表情が沈み込んだ。

「両親の連絡先を教えなさい」

「父も母も事故で死にました。今は叔父の家に住んでいます」

「それじゃ、叔父さんの連絡先で良いから」

杏は口を噤んで何もしゃべらなかった。

「叔父さんと何かあって逃げていたのか。しかし、あれだけの人間を使っている叔父さんって……君は何者なんだ、いったい」

何を言われようが杏は俯いたまま喋ろうとしなかった。

「だんまりか、しょうがない。今日はもう帰りの飛行機も無いから明日どうするか決めよう。それと俺の名前は桜木 凛さくらぎりん、歳はまぁ良いか。君の親くらいの歳だ」


凛がホールに目をやるとシーズンオフのせいもあってお客は疎らだった。

そしてこちらを伺っている2つの顔が見え隠れしていた。

「柚葉ゆずは、楓。何を覗き見しているんだ」

2人の女の子が近づいて来た。

1人は出迎えてくれた女の子でもう1人は長い髪をポニーテールにしたおとなしそうな女の子だった。

「凛さん、その女の子は誰なんですか?」

2人とも興味津々で目がキラキラと輝いていた。

「家出少女らしい……名前は秋川 杏だ」

いきなり2人が杏の顔を覗きこんだ。

「おいおい、いくらなんでも失礼じゃないか?」

「でも、夏海 杏によく似ているよね。柚葉」

「そうだね、そっくりだよね」

「誰だ、その夏みかんって?」

「もう、凛さんは。夏みかんじゃなくて、な・つ・み・あん」

「なつみ あん?」

「そうですよ、超人気のアイドルですよ。知らない人居ないですよ」

「ここに、1人居るだろうが」

「凛さんぐらいですよ、知らないの」

「楓、凛さんテレビ見ないから」

「パソコンばかりじゃなくてテレビ見ましょうね。凛さん」

「一緒にしないで!」

突然、杏が声を荒げた。

「そんなに、怒らなくても良いだろう。人気のアイドルに似ているって言われたくらいで、普通は喜ぶだろう?」

「名前も同じ漢字であいつはアン、私はアンズ。よく似ているって言われるのがたまらなく嫌なんだ。夏海 杏なんて大嫌い!」

杏の目からはポロポロと大粒の涙が溢れていた。

柚葉と楓が急に泣き出した杏を見て戸惑っている。

「ごめんね、杏ちゃん。夏海 杏は過労で入院してツアーは中止ってテレビでやっていたから、こんな島に来るはず無いもんね」

「お前達が謝る事は無い。悪いのはこいつだ」

「こいつじゃない、私は杏だ!」

柚葉が済まなそうな顔をしてしょんぼりすると杏が凛の顔を睨みつけた。

「悪かった。もう、泣くな。楓と柚葉が気にするだろう」

「はぁ~、これからどうするかな」

凛が杏の頭を撫でるとそっぽを向いた。

凛の浮かない表情を見て楓が気にして凛に声を掛けた。

「凛さん?」

「そうそう、ほらお土産だ。東京の有名なスィーツを色々買って来たから皆で食べなさい」

「えっ! やった! 凛さん。ありがとう」

楓と柚葉が喜んで飛び跳ねた。

「こらこら、静かにしないとあそこで怖いチーフがこっちを見ているから」

「はーい。仕事に戻ります」

2人が嬉しそうに紙袋を抱えて裏に下がった。

杏は相変わらず怖い顔をして外を見ていた。

「全く、どうしたものか……」

「へぇ~、パーフェクトマシーンの凛さんでもそんな顔するんですね」

キッチンから葛城が話しかけてきた。

「葛城、俺は普通の人間だぞ。悪いが手が空いたら適当に何か作ってくれないか、昼から何も食べてないんだよ」

「判りました。ガッツリでいいですか?」

「とりあえず、サラダとパスタで良いから。頼む」

「了解」


しばらくすると料理を柚葉が運んできた。

「島野菜のサラダとトマトとモッツアレラのサラダです」

「ありがとう、柚葉」

「杏、食べないか?」

凛が聞くが杏は相変わらず、そっぽを向いたままだった。

「しょうがないなぁ」

凛は1人でつまみはじめた。

少しすると楓がパスタを持ってきた。

「こちら、パスタです。ポモドーロとカルボナーラになります。あれ? 杏ちゃん食べないの? 美味しいよ」

杏は返事をしなかった。

「楓、放っておけ。腹が減っていたら食べるだろう、サンキューな。杏、いい加減にしろよ。両方喰っちまうぞ」

パスタの良い香りが立ち込めている。

「カルボナーラ食べる」

そう言い杏が食べ始めると顔つきが変わった。

「こ、これ、美味しい!」

「まぁ、ここは石垣島でも名の知れたイタリアンだからな」

「こんなに美味しいパスタ食べた事無い、そのトマトのパスタも……」

凛が食べているポモドーロを杏がもの欲しそうに見つめていた。

「ほら、好きなだけ食べなさい」

凛が杏に皿を渡した。

「凛さん、良いんですか?」

葛城がキッチンから声を掛ける。

「葛城、悪いがパンと何か追加で作ってくれ」

「了解です。杏ちゃん幸せそうな顔してますね」

「そうだな」

杏は美味しそうにパスタやサラダをバクバクと食べていた。

凛はそんな杏を眺めていた。

「私の顔に何か付いているのか?」

杏が凛の視線に気が付いた。

「別に、美味そうに食べるなと思ってな」

「腹が減っているんだ、しょうがないだろう」

「お待たせしました。ミラノ風カツレツと胡桃のパンです」

柚葉が料理を運んできた。

「ありがとう」

「なんだ、杏」

杏が凛の前にある料理を見つめていた。

「これも食べるのか? ほら、分けてやるから」

凛は取皿に自分の分を少しだけ小皿に取り分けてパンと料理を杏の前に置いた。

「良いのか? こんなに」

「好きなだけ食べろと言った筈だが」

「遠慮なんかしないぞ」

「お前に遠慮なんかして欲しくないよ」

食事が終わり、凛はエスプレッソを飲んでいる。

杏は葛城が持ってきたデザートのアイスを食べていた。

「なぁ、このアイスは何だ?」

「この店オリジナルのイタリアンカラーのアイスクリームだよ。赤いのがドライトマトのアイスで白いのが島豆腐のアイス、それに緑のアイスはピパーツと言う島の胡椒のアイスだ」

「どれも、美味いな」

「そうか、満足か?」

「うん」

杏が笑顔で凛に答えた。

「お前も、そんな顔するんだな」

「うるさい!」

杏が頬を膨らませた。

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