La promessa 約束

仲村 歩

第1話 uno

「アンコール!」「アンコール!」

「アンコール!」「アンコール!」「アンコール!」「アンコール!」

「アンコール!」「アンコール!」「アンコール!」「アンコール!」「アンコール!」「アンコール!」

「本日、ご来場ありがとうございました。当コンサートは、これにて終了とさせて頂きます」


人気アイドル夏海 杏(なつみあん)のコンサートが終わったばかりで東京ドームには大勢のファンの熱気が立ち込めていた。

「お疲れ様、杏(あん)」

「お疲れ様です」

「大丈夫なの?元気無いわね」

「少し、疲れただけだから……」

「そうなんだ、それならいいけれど。早く着替えてね、直ぐ移動するからね」

「分かりました。西川マネージャー」

杏は浮かない顔で控え室に向かい着替えを済ませ、西川と車で空港に向かった。

「マネージャー、ちょっとトイレに……」

「分かったわ、急ぎなさい」

「はい」

杏は空港のトイレに入り考えをめぐらせている。

「もうこんな生活は嫌! どうにかして自由に……」

杏がトイレから出ると西川は携帯で打ち合わせをしているようで、杏には気付いていないようだった。

取り巻きのボディーガード達の姿も見えなかった。

「今のうちに」

杏は気付かれないように長い髪を3つ編みにして伊達メガネを掛けて西川の後ろをすり抜けた。

「遅いわね。杏は、何をしているのかしら?」

西川がトイレを覗くとトイレには誰も居なかった。

「やられたわ」

西川は直ぐに携帯でボディーガードに連絡をする。

「杏が逃げ出したわ。直ぐに確保しなさい」


その頃、杏は第1ターミナルの南ウイングに居た。

辺りを見回しながら追っ手を気にしている。

西川とボディーガード達は手分けして杏を探し回っていた。

「やっぱり、暖かい南だよね。ヤバイ、来たよ。どうしよう」

杏が隠れている観葉植物の近くでスーツ姿の営業マン風の男と話している、ジーパンに黒いパーカーを着て紺のキャップを被っている背の高い30代くらいの男が目に入った。

そしてその男の腕にいきなりしがみ付いた。

「なんだ?」

男は冷めた目で杏に言い放った。

「あの、ごめんなさい」

不審に思い男が辺りを見渡すと厳つい男達が誰かを探していた。

「これでも着て、帽子でも被っておけ」

男が着ていたパーカーを杏に掛けて帽子を被らせた。

「なか……凛(りん)さん。その子を如何するんですか?」

「さぁ、どうするか? あいつ等に突き出せば根岸は満足か?」

杏がしがみ付いている手に力が入った。

「あれ? 君は、確かあの……」

根岸と言う男が杏の顔を覗きこんだ。

「根岸、チケット買ってきてくれないか」

「ええ! その子の分ですか?」

「そうだ。何か問題でも?」

「大有りです。連れて行く気ですか?」

「穴を開けられるのとどっちが問題だ?」

「判りました。買って来れば良いんですね」

「出発まで時間が無いから急いで頼むぞ」

「はいはい」

根岸が走り出しカウンターに向かうと凛が近くのベンチに腰を下ろした。

そして横の席を見つめて杏に座れと合図をする。

杏は渋々凛の横に座った。

「あのう、チケットってどこまで行くんですか?」

「天国かな」

「本気で言っているんですか?」

「冗談に決まっているだろう」

その時、杏を探している男の1人が近づいて来た。

杏は凛と言う男の腕にしがみ付いた。

「おい、人の娘をジロジロと見るなよ」

凛が相変わらずの冷たい目で男に言い放つと男は気まずそうに立ち去った。

その時、凛の携帯が鳴った。

「根岸か? どうした」

「搭乗者の名前? 桜木桃香(さくらぎももか)で良いだろう。急いでくれよ」

しばらくすると根岸が息を切らしながら走って戻ってきた。

「お待たせしました。チケットです」

「悪いな、いつも我が儘ばかり言って」

「何を言っているんですか。凛さんあっての私ですから」

「それじゃ、行こうか?」

凛が杏の目を見て言った。

「私も?」

「追われているのだろ。ここからは逃がしてやる、その後の事は自分で考えろ。いいな」

「判りました」

杏が凛の目を見て答えた。

不思議と怖くは無かった、冷たそうな目をしているがその中に優しさが感じられたからだった。

搭乗手続きを済ませてあまり大きくない飛行機に乗り込む。

杏はいつもの癖でシートに座ると直ぐに眠り込んだ。


どれだけ眠っていたのだろう体が前のめりになり、飛行機が空港に着陸したのを感じて目を覚ました。

「起きたか? 着いたぞ」

シートベルトを外し凛の後についてタラップを降りる。

そこは、まだ4月だというのに南国特有のムワッとした空気が流れていた。

「ここは、何処?」

「東京から2000キロ南西にある石垣島だ」

「石垣島?」

到着ロビーを抜け凛は手荷物だけを持ってスタスタと歩き出した。

「おっさん! 待ってよ! ちょっと、待てたら!」

杏が凛の腕を掴むと凛は相変わらず冷たい眼で杏を見下ろした。

「なんなんだ。いったい?」

「石垣島ってこんな所で独りにするのかょ!」

「言ったはずだぞ、逃がしてやるが後の事は自分で考えろと」

「そうだけど……」

「それじゃな。これ以上、面倒な事に巻き込むなよ」

杏の事など気にしていないかの様に凛が歩き出した。

「騒ぐぞ良いのか?」

「ご自由にどうぞ」

「この、人攫い! ロクデナシ! 鬼畜!」

杏が大声で騒ぎ始めるが、我、関せずと凛はタクシーに乗り込もうとしていた。

「お願いだから。独りにしないで」

杏が慌てて凛の腕をつかんだ。

目には涙がこぼれそうになっていた。

とても不安だったのだ、こんな筈ではなかった。

少しだけ自由になりたかっただけだった。

「仕方が無い。乗れ」

凛がぶっきらぼうに言った。

杏は頷いてタクシーに乗り込んだ。

「お客さん、どちらまで?」

「リストランテ アリアまで」

運転手にそう告げると凛はそれ以上何もしゃべらなかった。

タクシーは市街を抜けて海沿いの高台にあるレストランの駐車所で止まった。

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