第22話 レアチーズケーキ・1

翌日、私はお婆ちゃんに学校を休むように言われてしまった。

ハルトさんも元気になったみたいで普段と変らなく見えた。


「ハルト、お前も今日は大人しくしているんだよ」

「大人しくも何も、今は人と同じレベルだ。何も出来やしないさ」

「雫、いいかい。この馬鹿が無茶しないように監視しておきな。いいね、無茶したら必ず教えるんだよ」

「はーい」

「くそ婆が、朝飯まで作らせて、大人しくしていろなんてよく言うよ」

「ハル? 何か言ったか?」

「別に」


3人で朝食を済ませるとお婆ちゃんは自分の家に戻った。

鳴海先生は昨夜の内に家に帰ってしまった。

泊まってもらってもっと沢山お喋りしたかったのに『レディーが前の日と同じ服装で仕事には行けないの』って言いながら帰ってしまった。


「暇だな……」


片づけを済ませてテーブルに突っ伏しているとハルトさんが声をかけてきた。


「雫、出かけるぞ」


へぇ? ハルトさん? 

今、何て呼んだの? 

頭の中は真っ白になり顔は真っ赤になってしまった。


「置いて行くぞ」

「で、でも、お婆ちゃんに大人しくしていろって」


何とか平静を保って返事をするけれど、心臓がドキドキいって今にも飛び出しそうだった。


「外出禁止とは言われていない、無茶をするなと言われただけだ」


ハルトさんはそう言うともう立ち上がっていた。


「ま、待って。着替えてくるから」

「そのままで良いだろう、買い物に行くだけだ」

「嫌!」


そう言い放って2階の自分の部屋に駆け込んで気持ちを落ち着かせる。

ハルトさん私の事を『雫』って呼んだよね。

聞き間違いじゃないよね。

そしてお婆ちゃんと一緒に寝ている時に言われた言葉を思い出した。

『時間は巻き戻せないんだよ、それとハルとの別れはそう遠くないうちに必ず訪れる。突然にね』

私は深呼吸して着替えを済ませて階段を駆け下りた。




私とハルトさんは初めてデート? した時と同じ様に街中をぶらついていた。


「なぁ、雫。本当に着替えたのか?」

「ハルトさん。女の子に対して凄く失礼な事言っている自覚はあるんですか?」

「もちろん。雫はとても可愛らしいのに地味な服しか着ないからな」

「可愛くなんかありません!」


ただでさえ名前を呼ばれることに慣れなくて恥ずかしいのに、可愛いなんて言うもんだから真っ赤になって俯いてしまう。

そう言えば初めて出掛けた時にも言われたけれど、私は自分が可愛いなんて思った事は一度も無かった。


「小さいから子どもぽいって事ですか?」

「可愛いは可愛いだよ、俺は雫を子どもぽいなんて思った事は一度も無いよ」


そう言ってハルトさんが私の手を取って1軒のお店の中に入って行った。


「は、ハルトさん? ここで何を?」

「雫は美容院を知らないのか?」

「そ、そうじゃなくって……」


問答無用で座らされて、ハルトさんは美容師のお姉さんと何かを話していた。

そしてあっという間に髪の毛をばっさりと切られてしまった。

髪の毛は女の子の命なのに、首筋がスースーするしそれになんだか恥ずかしい。


「彼氏さんの言ってた通り、軽くショートにして癖毛を生かしたら凄くいい感じ。キュート&クールね。前髪は長さを残しているから大人っぽく仕上がってるからね。お似合いよ」


「うぅ……恥ずかしい」


今まで美容院なんか殆ど来た事が無かった、自分で適当に切ってたから。

だからお似合いと言われても自分じゃ判らなかった。


「雫、行くぞ」

「う、うん」


次に連れて行かれたのはセレクトショップだった。

店内を回りながらハルトさんが次々に私に洋服を手渡してきた。


「ど、どうするんですか?」

「試着してみろ」

「嫌だって言ったら怒ります?」

「怒られたいか?」

「嫌です……」


渋々とフィッティングルームに入って試着をする。

そんなに私の格好って変なのかな連れて歩きたくないくらい。

考えれば考えるほど凹んでくる、そりゃ確かにハルトさんと一緒にいるとチンチクリンかもしれないけどさ。

ハルトさんがチョイスしたのはダブルガーゼのパープルチェックのワンピースとベージュのパーカー付きのショート丈の軽いコートだった。

あれ? 普段着ているものと色は違うけどあまり変らない気がする。


「これで、良いですか? レギンス穿いたままだけど」

「それじゃ、これ履いて」


ハルトさんが今度もって来たのはポンポンが付いた柔らかそうなキャメル色のブーツだった。


「ん~良い感じだな」


ハルトさんはそう言って店員さんに何か一言告げてレジカウンターに行ってしまった。


「ハルトさん?」

「それじゃ、失礼します」


女性スタッフがタグを全部取って私が着ていた服を紙袋に綺麗に畳んで入れて渡してくれた。


「あ、ありがとうございます」


狐につままれた様にポカンとしているとハルトさんはとっとと店を出て行ってしまった。


「もう、待ってください」

「さぁ、メインの買い物に行こうか」

「へぇ? 私はオードブル?」

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赤ワインと林檎のレアチーズケーキ 仲村 歩 @ayumu-nakamura

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