第21話 理由・7
雫と水蘭が部屋から出て行く気配を感じる。
しばらくして霙が声をかけてきた。
「いつまで寝た振りしてるんだい。ハル?」
「そんな振りしているつもりは無いが」
「お前の気持ちを聞かせな、ふざけた事を言ったら承知しないからね」
本当にこの婆さんは俺以上に腹黒い。
そもそも、この部屋で長々とあんな話する必要ないだろう。
態々、俺の過去を雫に聞かせて。
散々、雫の気持ちを煽って雫の本当を俺に聞かせて。
つくづく、霙には敵わないと思った。
「俺にどうしろと」
「本当に張り倒すよ、ハル!」
俺が口に出すまでも無く判っているはずだ、そう思い霙を見ると背中に真っ黒なオーラーを背負っていた。
「大切にしたい、これが本音だ」
「それなら、どうして距離を置く?」
「俺は、本来この時間にいるはずが無い者なんだぞ、いつか必ず元の時間に戻る時が来る。俺の10年なんてほんの数日みたいなものだ。でも人の10年は違うだろう」
「それじゃ、ちゃんと契約して」
「俺と同じ思いを雫にしろと? 霙が判らない訳が無いだろ。雫はまだ高校生だぞ」
「…………」
霙は何も答えなかった。
月の者である以上、闇の者がどう生きてきたか知らない訳が無いのだから。
そして俺の意識が途切れた。
「ハル! ハル! 目を覚ましな」
どれだけ気を失っていたのだろう、微かにあの香りが鼻腔を掠める。
霙の声で目を覚ますと心配そうに霙が俺の顔を覗き込んでいた。
「元の時間に飛ぶ前に、危うく違う所に飛びそうになったよ」
「ハル、お前。本当に大丈夫なのか?」
「ギリギリ大丈夫かな。俺の血がどんなに死にたがっても、雀の血がそれを許してくれないからな」
「雀? ハルを初めて受け入れてくれた雀はどんな娘だったんだい?」
「小柄な優しい娘だった。そして雀からはいつも良い香りがしていた」
「いい香り? どんな香りなんだい?」
「不思議な香りさ、そして次に同じ様な香りに出会ったのも日本だった」
「日本?」
俺が遠い目をすると霙は怪訝そうな顔で俺を見ていた。
「驚いたよ、双子みたいな姉妹に出会った時に感じたんだ。雀と同じ香りがすると。そして何度と無くその屋敷に通う内に気付いたんだ。林檎の香りと良く似た香りだって、甘いようなそれでいてどこか爽やかな香り」
「ハルはそれで必ず秋口に来てたんだね」
「大好きな香りだからね。そして雫と出逢うきっかけもあの香りだった、不思議な話だろ」
「もしかしたら」
「そうかも知れないが、それは誰にも判らないよ」
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