第20話 理由・6
突然、ハルトさんの今まで聞いたことのない様な声がして私の心臓が飛び跳ねた。
お婆ちゃんも鳴海先生も驚いてベッドに寝ているハルトさんを見ていた。
「そんなんじゃねえよ、400年以上生きてきてこんな事言えば笑われるかも知れないが。俺は人間の女が怖いんだ」
「ハル、お前。それを本気で言っているのかい?」
「俺が、今まで嘘を付いた事があるか? 霙」
「そうだね、ハルは決して私には嘘は付かない。だが原因は判っているんだろう」
「子どもの頃に顔見知りの女の子に面と向って言われた事があるんだ。ただ仲良くなりたくて話しに加わっただけなのに『気持ち悪いと』拒絶された。俺自身を否定された気持ちになったよ。あの時のあの女の子の顔は今でも頭から離れない。子どもが故に真っ直ぐな感情が現れていた憎悪に似た嫌悪感に満ちた顔だった」
「そんな事で?」
「そんな事? それで十分だろヴァンプとして嫌われるなら仕方が無いが、俺はただの人間の子どもだったのだ。まぁその反動であまり人には言えない様な付き合いを繰り返した事もあるけどな」
「1つ聞いて良いか? シュヴァリェは何故眷属を作らない?」
鳴海先生が確信をつくと、ベッドで横になったままで話していたハルトさんが押し黙ってしまった。
そして何かを考えるようにして話し始めた。
「俺と居れば必ず不幸になる。俺は独りで居るべきなんだ」
「それじゃ、何故。私や時雨に優しくした?」
お婆ちゃんが少しだけ声を荒げた。
「月の者だからだよ」
「月の者だから?」
「人でない俺を始めて受け入れてくれた女の子は月夜見 雀と名乗ったんだ。その女の子の血は俺の体の中にある。そして、彼女と同じ……が……」
「ハル? 何が同じなんだい? 寝たのかい? しょうがない奴だ」
再びハルトさんが眠りに付いて沈黙が流れた。
そして私はハルトさんの辛い過去に押し潰されそうになり体から力が抜けてしまっていた。
「雫は、どうしたいんだい」
どの位時間が経ったのだろう、お婆ちゃんの声に私の体がビクンと反応して心が締め付けられる。
「私は……」
言葉が続かなかった。
ハルトさんの辛く哀しい過去そして心の傷は想像を遥かに超えていた。
哀しい別れを繰り返して。
それでも私の中には揺るぎない物がある、だけど……
その時、私を温かいものが包み込んだ。
鳴滝先生だった、私を優しく抱きしめてくれた。
まるで母親が子どもを抱くように。
「雫、自分の思った通りに生きなさい。自分の心に正直にね、後悔しないように」
涙が溢れ出して心が温かくなる。
「雫が決める事だよ。私は雫もハルも助けてやる事が出来なかったからね」
「お婆ちゃん……」
お婆ちゃんは知っていた。
私が苛められている事を、そして私が願っていた事も知っているんだろうと思うと胸が締め付けられた。
どんな思いで私を育て見守ってきたのだろう。
「雫、お前の名前は私達の希望なんだよ」
「私の名前?」
「そう、雨垂れ石を穿つ。一雫(ひとしずく)の水でも岩を砕き。そしてどんな大河でも始めは一雫ひとしずくから始まりそしてやがて海になる」
「わ、私はどんな事があってもハルトと一緒に居たい、どうしようもないくらい大好きなの! 私をどん底から救い上げてくれた。私に生きる勇気を教えてくれた」
感情のコントロールを失い、私は祖母に泣きついた。
幼い子どもが泣きじゃくるように。
「初めて、本当の気持ちを言ってくれたね。辛かったね、ごめんよ」
お婆ちゃんが優しく頭を撫でてくれる。
私は返事も出来ずに首を横に振る事しか出来なかった。
窓の外、冬の夜空にオリオン座や昴が輝いている。
私が一頻り泣いて落ち着いた頃、お婆ちゃんに夕食の準備をする様に言われたの。
それで、私は鳴海先生と1階のキッチンで夕食を作っていた。
「でも、雫ちゃんは強いのね」
「そんな事ないですよ」
「そんな事あるのよ、だってシュヴァリェが言ってたもの」
「は、ハルトさんが?」
「そ、私。焼きもち焼いちゃった。あの馬鹿は気付いていないかもしれないけれど、私と話している時にいつも雫ちゃんの話してたもの」
ハルトさんが私の話を、そう思っただけで顔が赤くってしまって思わず話題を変えた。
「吸血衝動ってどんな感じなんだろう」
「人で言う眠気みたいな物だと聞いたことがあるわ」
それを聴いた瞬間。どれだけ耐えることが困難なのかを実感して、クールダウンする。
「眷属ってなんですか?」
「従者、下僕? 違うわね。お嫁さんかな」
「お嫁さんですか?」
「そう、ヴァンプが血を吸うのには2つの意味があるの1つは食欲の為、そしてもう1つは契約の証。少しでも血を吸われればヴァンプになってしまう。ヴァンプにしないためには全ての血を吸い尽くせば良い。そして眷属つまり同族として契約してからは、そうね愛する人と結ばれるって事かしら」
「愛する人と結ばれる?」
「そう、雫ちゃんも子どもじゃないんだから判るでしょ」
鳴海先生が悪戯っ子みたいな笑顔で私の顔を見ていた。
そ、それって……
頭から湯気が立ち上り顔が真っ赤になって体から力が抜けてお玉を持ったまましゃがみ込んでしまった。
「うふふ、雫ちゃんはやっぱり可愛い。シュヴァリェが大切にしたい気持ちが良く判るわ」
追い討ちをかける様な鳴海先生の言葉に更に赤くなって俯いてしまった。
「雫ちゃん、まるで真っ赤な林檎みたいよ」
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