第19話 理由・5
お婆ちゃんは、大きく深呼吸をすると優しい目で私を見つめながら話し始めた。
月城の家は昔から人の世と闇の世を橋渡しするのを生業としていたんだ。
表向きは東北の旧家だったけれどね。
まぁ、世界中に点在する連絡所みたいなものかね。
だから、そんな家に生まれた私と時雨は幼い頃から人では無い者を見てきた。
ハルもそのうちの1人だったんだよ。
とても優しくってね、幼い頃から大好きだった。
でも母の口癖は『ハルは鬼切りだからね』と言って一定の距離を置くように仕向けたんだよ。
「鬼切り?」
そう、ここ日本でハルの2つ名は『鬼切り』それはハルが持つている大太刀の呼び名だよ。
ハルはその太刀で人に仇なす者を裁いていた。
滅すると言った方が良いかね。
「もしかしてあの刀の事? それって殺してしまうと言う事?」
まぁ、早い話がそう言うことさ。
時には同族さえもね、だからハルには日本以外でも色々な2つ名が付いている『黒き悪魔』『地獄の執行人』『死神』本人は気にしてはいないようだけどね。
「でも、同族って吸血鬼さんは不死身じゃないの?」
言ったはずだよ不死身だけど死なない訳じゃないヴァンプだって血を全て失えば死んでしまう。
中には太陽の光を浴びれない体質の者も居る。
雫も見ただろう銀で傷つけば治りが遅い、それに一番簡単な方法はホワイトアッシュの杭を心臓に打ち込む事。
「それじゃ、あの刀も銀で出来ているの?」
銀の筈がないじゃないか、どう見てもあれは日本刀だよ。
どう言う経緯でハルが日本刀を手にしているのかは私にも判らないけれどね。
「それは、シュヴァリェにまだ2つ名が無かった頃のお話よ」
その声は、紅茶を飲みながら静かに話を聞いていた鳴海先生だった。
昔話くらい昔の話。
東の外れの島国で起きた哀しいお話。
もう数百年も前の話よ。
私はまだ駆け出しで周りの仲間の足ばかりを引っ張っていた。
ある時、罠に嵌り人に捕まってしまったの、人魚の肉が不老不死の薬だと信じられていた為に。
でも、私が幽閉された大きな屋敷の人はとても優しい人ばかりだった。
大きなお屋敷には大きな池があって、牢ではなくその池に私は入れられていたわ。
その屋敷には見た事も無い種族が沢山いたの。
恐らく屋敷の主人が保護していたのだと思う。妖あやかしと屋敷の人は呼んでいたわ。
そして、そんな屋敷の主人を疎ましく思っていた人間が居た。
それが私を捉えた人間よ。
しばらくすると屋敷の1人娘が行き倒れていた男を屋敷に連れて戻って来た。
その男は娘の手厚い看病のお陰で直ぐに動けるようになったわ。
すると娘は嬉しそうに私の所にその男を連れて来たの。
私は驚きのあまり声が出なかったわ、だってその男は島国の衣装を着けていたけれど紛れも無いヴァンパイアだったから。
それが私とシュヴァリェの最初の出会い。
そして彼はこう言った『やっと見つけた』と彼のその目はとても優しい目だった。
彼は何故か人とは一線を引いていたけれど屋敷に居る妖にはとても優しかった。
そんな男が娘は気に入ったようで、いつも一緒に居たわ。
でも、それは長続きしなかった。
娘に頼まれて男が連れの者と近くの山に妖を探しに行っている時に奴らが来たの。
私を捉えた男とシュヴァリェの同族が、これが仕組まれたものだとその時気付いたの。
私を捉えた男はこの屋敷の主人が邪魔だった、それを利用してシュヴァリェの同族がシュヴァリェを抹殺しようと画策したのだと。
私を罠に嵌め、そして私を餌にシュヴェリェをおびき出しそして半殺しにして屋敷の娘に見つけさせる。
そうすれば娘は必ず屋敷に連れ帰る。
屋敷には私が居る、そしてシュヴァリェの目的は私の奪還。それを匿うと言う事は……
「彼らは屋敷を取り潰しハルを殺す名目を取り付けたんだね」
お婆ちゃんが溜息をつきながら言った。
そう、あっという間だった。
屋敷の人間は皆殺し、そして娘は屋敷に戻って来た彼の目の前でヴァンプにされてしまった。
「そんな……」
娘も何かを感じたのでしょう、自分が人でない者になってしまうとだから彼に頼んだ。
屋敷の守り刀を持ち出し自分を殺してくれと。
あの時の事は忘れたくても忘れられない。
シュヴァリェは涙を流しながら娘を抱きしめて刀を娘の背中に突き刺した。
刀は娘の心臓と彼の体を貫いていた。
そして彼が娘の首筋に優しく口付けをすると娘は嬉しそうな顔をしながら消えて行った。
その時の刀が後の『鬼切り』よ。
本当の名は『紅雀』悪しき者から娘を守る為だけに作られた業物。
シュヴァリェはその場で『紅雀』をベースにヴァンプになる事を拒んだ娘の血と自分の血で『鬼切り』を作り上げたの。
彼女を忘れない為に卑劣な同族を滅する為に、そして優しさを捨てた所為で彼の力は飛躍的に上がった。
怪物や魔物に悪魔や死神と呼ばれるまでにね。
私は泣きながらハルトさんの過去の話を聞くのが精一杯だった。
「でも、久しぶりに会った時には笑顔で答えてくれたわね」
「時間が癒してくれたのだろう。それにハルは根っから冷血に徹するような事が出来ないんだろう。そうじゃなきゃ日本の妖があんなになつくもんかい」
「それにシュヴァリェは日本が好きだしね」
「でも、辛い思いも沢山してきているんだよ」
それは、お婆ちゃんと私の本当のお婆ちゃんの話だった。
姉の時雨しぐれとは年子だったけれどよく双子に間違われたね。
母親でさえ間違えるくらいだったからね。
でも、出会ったばかりのハルは決して間違わなかった。
あの頃は楽しかったね、人も人で無い者も分け隔てなくハルは可愛がってくれた。
毎年の様に遊びに来てくれていたのが私達が大きくなるに連れて長い時間屋敷に滞在しなくなってきていた。
それでも屋敷に来れば変らず可愛がってくれたんだよ。
それにハルが作ってくれるお菓子が楽しみでね。
そう言えば林檎を使ったお菓子が多かったね。
秋口に屋敷に来る事が多かったからなのかも知れないけれど。
西洋のお菓子でそりゃ美味しかった。
その時に紅茶の入れ方なんかも教わったんだ。
そしていつしか淡い恋心が芽生えて、そんな年頃になるとハルは一定の距離を取るようになった。
私達も母には言われていたけれど恋心には勝てなかった。
今、思えばハルには酷な事をしていたと思うよ。
時を同じくして人狼の青年も良く屋敷に立ち寄ってくれていたね。
それが大上だった。
私達もハルもそんな事は気にしなかった。
だってそうだろ幼い頃からそんな環境で育ったのだから。
でも、大上は時雨に憧れを抱いていたのは私には判った。
だけど、私も時雨もハルしか目に入っていなかったからね。
「恋は盲目ですね」
「ラブ イズ パワーと言ってくれないかい」
「うふふ、相変わらずですね」
でも、別れは突然訪れた。
冬が近づく季節だったね、時雨はあまり体が丈夫じゃなかった。
季節の変わり目と言う事もあって体調を崩していて、そんな時にハルが屋敷にやってきたんだ。
そして、母の頼みで時雨を家で寝かせたまま3人で出かけたんだ。
ほんの1時間くらいだったと思う。
屋敷に戻ってきて最初に異変に気付いたのはハルだった。
真っ直ぐに時雨の部屋に駆け出した。
部屋に入り襖を閉めると誰も入らないようにと言って母ですら部屋に入れなかった。
しばらくして母だけが呼ばれ、それからまたしばらくするとハルだけが部屋から出てきた。
だけど、何を聞いても喋らなかったよ。
ハルは虚ろな目をして左手首に包帯が巻かれて血が滲んでいた。
そして、私の頭を撫でて額に軽くキスをして屋敷を出て行った。
私は咄嗟の事で立ち尽くしてしまい、それが別れの挨拶だと気付きハルの後を追いかけたけれどハルの姿は何処にも見当たらなかった。
それ以来、ハルは私達の前から姿を消したんだ。
母からその後で何が起きたのか聞いたよ、物取りの仕業か判らないけれど時雨が襲われて大怪我をした。
それをハルが治してくれたって。
それから数年後、時雨は普通の人と結婚して雫の母親を産み。
亡くなってしまった、元々体は丈夫じゃなかったからね。
そして私は忘れる事が出来ずに結婚もしなかった。
恐らく、あんな事が起きなくてもハルはどちらも選ばなかっただろうけれどね。
「でも、それはシュバリェに聞いてみないと判らない事なのじゃ」
「判るんだよ、私と時雨には。ハルは独りで居る時は寂しそうな目で海を見ていた。あの目は何もかも諦めた目だ。生きる事さえもね」
「何でななんだろう、最後の一歩を踏み出さない。まさか女嫌いとか」
「そんなんじゃねえよ」
突然、ハルトさんの声が部屋に響いた。
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