第18話 理由・4
私がお湯を沸かして紅茶の準備をして2階に上がると、鳴海先生がハルトさんの体を暖めたタオルで拭いていた。
その体は痣だらけで痛々しいものだった。
「紅茶入れたよ」
「ありがとう」
ポットからカップに移しておばあちゃんと鳴海先生に渡す。
しばらく誰も喋らずに紅茶を飲んでいた。
ベッドに視線を移すとハルトさんのお腹が僅かに呼吸をしているのが見てとれた。
「さて、何から話せばいいかねぇ」
「その前に、ハルトさんは大丈夫なの? お婆ちゃん」
「かなり時間がかかるだろうね、今の状態じゃ」
「そんなに酷いの?」
「見ただろ体の痣。あんな物さえ消えないんだ。血が足りないんだよ、ヴァンプの血=力だからね。人も同じ様なものだけれど人は血液の30%を失うと生命の危機に瀕する。ハル達はアンデッドだから半分以上失っても死にはしないけれどね」
「アンデッドって何?」
「死にぞこないって意味さ」
「酷い言い方だね」
「それじゃ、雫に質問だ。どうすると人がヴァンプになるんだい?」
「えっ、それは吸血鬼に血を吸われた時じゃないの」
「正解だ、それじゃ人狼や人魚にはどうしたらなれるんだい?」
お婆ちゃんに言われて初めて気が付いた。
人でないものにも大きな隔たりがある事を、そしてこの後もっと大切な事を気付くべきだと思い知らされた。
「まぁ、メリットとデメリットは表裏一体だからね裏を返せば表なのさ」
「うぅ、難しい」
「簡単に言えばヴァンプは同族同士じゃなくても種族を増やせると言う事さ。他の種族は人間と交われば力が弱まる。しかしヴァンプは違う、人間を同族にする事が出来るから力は弱まらない。更に同族の血を吸うことで相手の力を手に入れることが出来る」
「それじゃ、もし他の吸血鬼さんがハルトさんの血を吸えばハルトさんみたいな力を得る事が出来るの?」
「そう言う事になるね。しかし、どうしたものか何か血に代わる物でもあれば」
「輸血パックとか?」
「そんな物は私等でさえも入手困難だ。ハルならともかく」
「それじゃ、他の吸血鬼さんはどうしているの?」
「基本的にそんなに沢山の血を吸わなくても生きてはいける。昔はどうだったか知らないけれど今は錠剤があるからね血液代わりの。でもハルの今の状態じゃ」
「それじゃ、ハルトさんが持っているカプセルは?」
私はハルトさんの上着のポケットからピルケースを探してお婆ちゃんに渡してみた。
「雫、お前なんでこれの存在を知っているんだ?」
「前にハルトさんが飲んでいたから、何で?」
私の言葉を聞いた瞬間、お婆ちゃんの顔が曇ってなんだか不安になった。
「雫、冷蔵庫に赤ワインがあるはずだ。グラスに入れて持ってきな」
「う、うん」
言われるままにコップに入れてお婆ちゃんに渡すとカプセルを2つグラスに入れて掻き回し、ハルトさんの上半身を起こしてグラスをハルトさんの口に当ててゆっくり流し込むと少しずつハルトさんが飲み込んでいた。
「雫、ハルがこのカプセルを使うのを見た事があるんだね」
「うん」
お婆ちゃんの顔は相変わらず曇ったままでなんだか怒られているみたいだった。
「雫が気にする事は無いんだよ、私のミスだ」
「判るように説明して」
「仕方が無いね、ここまできたら。心して聞きな。これはアンデッドであるが故の宿命なんだよ」
「宿命?」
「アンデッドではない種族は好き嫌いはあるが人と同じ様な物を食べて生活する事が出来る。ヴァンプもある程度なら普通の食事で生活できるが唯一違う所がある。吸血衝動だ、この衝動を押えるのには並大抵の精神力じゃ打ち勝てない物なんだよ。そしてこの衝動は血液を違う状態で摂取していても起こる欲求なのだよ。それ故にあまり人との接触をしないヴァンプが殆どだ。秩序を乱さないためにね」
お婆ちゃんの言葉に雷で全身を打ち抜かれた感じがした。
私はハルトさんに対して何をしてきたのだろう。
そう思っただけで何かが崩れ落ちていく感じがした。
あの日。私が拗ねてハルトさんに甘えたあの時、ハルトさんは衝動を抑える為に私を遠ざけてあんなに苦しそうにして居たんだ。
だから私と一定の距離を置いたんだ。
それなのに私はハルトさんに近づこうとした。
ハルトさんを苦しめているとも知らずに。
ハルトさんは最初からこうなる事を判ってた、だから家に入ろうともしなかった。
それに私がハルトさんの正体をしれば拒絶すると思っていたんだ。
それなのに私は受け入れてしまった考えも無しに、そのうえ一緒に居たいと泣きながら懇願してしまった。
涙が溢れてくる、胸が苦しい。
それでもどこかで私はなんとか感情をコントロールしていた。
「雫だけの責任じゃない。同じ過ちを繰り返してしまった私に責任があるのだから」
「同じ過ち?」
「そう、私と時雨も同じ過ちを犯した。若さゆえにね」
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