第14話 初登校の夜

学校から帰り、考え事をする為にキッチンに立ち夕食の準備をしていた。

昔から、何かを考える時は料理をしていたり車を流したりするのが癖になっていた。


しかし、大上は仕方がないと思ったが水蘭まで居るとは思わなかった。

いらないトラブルにならなければいいが、水蘭の事だそんな事は起こさないだろうが大上は少し厄介だな。

そんな事を考えていると姫が声を掛けてきた。


「今晩は何を作るんですか?」

「カレーとサラダかな」

「カレーですか?」

「何か不満でも?」

「これは何ですか?」


キッチンカウンターに置いてある軟骨ソーキを指差して姫が聞いてきた。


「豚のスペアリブだが、見た事無いのか? ここでは普通に食べるだろう」

「あっ、聞いた事はあるけど。あまり島の料理はお婆ちゃんも作らないから。知らない物の方が多いかも」

「そうなのか、霙は何でも知っていると思うがな」

「そんな筈無いじゃないですか、紅茶の入れ方だってハルトさんに教わったって言ってたし」


そんな事を言いながら姫は俺の横に立っていた。


「お手伝いと言うか、見てて良いですか?」

「構わないが俺の料理は我流だぞ」

「それでも良いんです」


嬉しそうな顔をして俺が料理するのを見ていた。


最初に軟骨のスペアリブを軽く焦げ目をつけて圧力鍋に入れて適量の水を入れ火にかける。

あくを取りながら煮立たったら蓋を閉め圧力をかけて50分くらい炊き圧を抜く。

軟骨を煮ている間に別の鍋で野菜ベースを作る。

玉ねぎや人参、セロリなどの香味野菜でベースのスープを作る。

ベースと言っても冷蔵庫にある野菜の端材などを適当にぶち込んでただ煮込むだけだ。

そして軟骨が柔らかくなったら野菜ベースとあわせてホールトマトを入れて煮込む。

しばらくしたらそこに林檎を2~3個皮を剥いて入れる。

林檎が柔らかくなったら人参を加えて煮込み人参が柔らかくなってきたらジャガイモを加える。

ジャガイモは早めに入れると煮崩れを起こして形が無くなってしまう。

そしてカレーのルーを入れる。

好みでオリジナルのルーを作ってもいいが面倒なので数種類の市販のルーを混ぜて入れて出来上がりだ。

俺がカレーを煮込んでいる間に姫がゆで卵を作りサラダを作ってくれた。


「えへへ、私の得意な千切るだけ切るだけのグリーンサラダだけどね」


そんな事を言ってはいたが手際がいいのでかなり料理は好きなのだろう。

カレーを盛り付けてテーブルに運び2人の夕食が始まった。


「うわぁ、このカレー。林檎の良い香りと甘みがある。それで……辛い!!」

「子ども向けのカレーじゃないからな」

「でも、凄く美味しい。こんなカレー始めてかも。ハルトさん、聞いても良いですか?」

「家ではハルトさんなんだな」

「もう、茶化さないで下さい。学校では恥ずかしくってファーストネームでは呼べません」

「まぁ、良い。ミドルでも真名でも構わないさ」

「大上先生と鳴海先生は知り合いなのですか?」

「知り合いか、大きく括ればそうだな」

「曖昧だな」


姫がスプーンを持ったまま口を尖らして抗議している。


「何が知りたいのだ?」

「ハルトさんの事かなぁ?」

「それならあいつ等は関係ないだろ」

「もう、何で直ぐに会話を終わらせようとするんですか?」

「姫の質問に答えているだけだ」

「もう、いいです。何も話す事はありません」


姫の瞳から輝きが薄れていき、哀しいとも寂しいとも言えない様な表情になっていく。

いつの間にか時雨と雫を重ねてしまっていたのかも知れない。

彼女にそんな顔をさせてしまっている自分に腹が立つがもう1人の俺が彼女に近づく事を拒んでいた。

しばらく、沈黙が続き雫がスプーンを置いた。


「もう、食べないのか?」

「美味しいけれど楽しくない、これじゃ独りで食べているのと変らない。ハルトさんは雪乃ちゃんにはあんな優しく笑うのに私には笑ってくれない。一緒に居るのは私が頼んだからなの? それとも盟約の為なの?」


姫の瞳からは大粒の涙が溢れていた。

手で隠すでもなく椅子に座ったまま泣いている。

顔がクシャクシャになり雫が泣き崩れそうになる。

体が勝手に動いていた。


「優しくしないで!」


姫が泣き叫ぶが構わずに姫の体を抱きしめて床に座り込んでいた。

姫の小さな体が俺の腕の中で震えている優しく抱きしめる以外出来なかった。

これ以上でもなくこれ以下でもなく、それでも踏み込み過ぎたのかもしれない。

隠し続けてきた一番柔らかい場所の古傷から血が滲む。


「温かい」


無意識に取ってしまった行動にどうしていいものか考え込んでいると、不意に腕の中で声がした。


「鼓動が聞こえる」

「どう答えていいか判らないが生きている訳ではないが生きているからな」

「曖昧だな」

「人とは違うからな、人ではないもの。穢れた存在、忌むべき存在」

「でも、私は嫌いじゃないよ。同じ人間でも嫌いな人も居るし、会いたくない人だって居るもん」

「そうか、それは姫の月の血筋の所為かな」

「それはどう言う意味なの? そう言えば大上先生が月の者って」

「これ以上は霙に拷問の刑に処されてしまうから、霙本人に聞いてくれ。時期が来れば教えてくれるはずだ。落ち着いたらどいてくれ」


俺が姫に回していた腕を解くと姫が俺のシャツにしがみ付いた。


「嫌、まだ落ち着かない」


返事を返さずに後ろにあったソファーに寄りかかった。


「大上と鳴海は同族ではないが他の種族だ」

「えっ? それって人ではないと言う事?」

「そう言う事になるな」

「他の種族ってもしかして吸血鬼さん以外にも居るの?」


姫が顔を上げて幼く見える目をまん丸にして俺の顔を見上げている。

興味津々のその顔は高校生の顔にはどう見ても見えなかった。

この子は鋭いのか鈍いのかつかみ所が無くて困る。


「吸血鬼がいるのなら狼男や鬼が居てもおかしくは無いだろう」

「そ、そうだね。そうだよねハルトさんだけって事はないものね。それじゃお婆ちゃんも」

「霙は人間だ。俺でも頭が上がらないのだからある意味、最強だがな」

「それじゃ先生2人はなんなの?」

「大上は人狼、鳴海はセイレーンだ」


しばらく姫が何も言わず頭を傾げていたが、急に震え出したので驚くと声を上げて笑い出した。


「うふふ、ああ面白い。狼男さんに人魚さんかなんだかぴったりだなイメージに。そう言えば土曜日に学校を出るときなんか言ってたよね。たしか和洋なんとかとカオスとか」

「和洋折衷でカオスだなと言ったんだ」

「それじゃ、あの時に他のって……あれ? 雪乃ちゃんしかあの時は居なかったよね。それじゃ雪乃ちゃんも?」

「俺は任務柄、気配や匂いを感じるのに長けているんだ」

「任務?」

「懲罰部隊、粛清部隊と言えばいいかな。人に危害を加える人では無い者を排除する任務だ」

「排除ってどうやってするの?」

「姫は知らない方が良い、それにもうその任務も必要ないだろう平和な世になったのだから」


わざわざ話題を変えたのに姫はどうしても人では無い者の事を聞きたいらしい。


「先生以外にも生徒の中にも居るって事なの?」

「もしもだ、姫の人には知られたくない事を他の人に知られてばらされたらどう思う?」

「絶対に嫌だ」

「そうだろう、誰にでも人に言えない秘密なんて物は持っている。それは本人がカミングアウトするれば良い事で他人が公にする事じゃないのではないのかな? 今、言えることは日本にも古来からアヤカシが人と共に住んでいると言う事かな」

「う、うん。そうだね」


姫が俺の胸に頭を預けた。

意識から遠ざけていたのに瞬時に蘇ってきた。

懐かしいような香り、雫の白い柔らかそうな首筋。

そして押えきれない衝動が体の底から湧き上がって来る。


咄嗟に姫の体を退かして立ち上がり冷蔵庫に向う。

調理用に買ってあった赤ワインを取り出しグラスに注ぎ、ポケットからピルケースを取り出してカプセルを一錠グラスに入れてかき回し煽るように飲み干した。


「は、ハルトさん?」


鼓動の高鳴りが抑えられず呼吸も荒くなっている、振り返ると姫が不安そうな顔で俺の顔を見ていた。


「大丈夫だ、問題ない」

「でも、凄く苦しそう」

「すまないが独りにしてくれ」

「それじゃ、片付けは私がしますから。お部屋で」

「悪いな」


そう告げて部屋に戻りベッドに体を投げた。

やはり踏み込み過ぎた。

そして人と人では無い者の関係を改めて認識させられたのだ。


その夜は、久しぶりに力を解放してしまった。

瞳は金色になり背中の蝙蝠の様な大きな羽で闇夜を彷徨っている。

人目に付かないように大きな赤と白に塗り分けられた大きな電波塔の一番上で夜を明かす事にする。

冷たい北風が頭を冷やすのに丁度良い。

火照った体をクールダウンさせるには震えるくらい寒い方が都合が良い。

無機質な鉄骨が今は心地よかった。

所詮、人では無い闇を支配する者。

空を見上げると剣の様な月が出ていた。


「月か……」


そして眼下にはそれ程煌びやかではないが街の明かりが夜景となり広がっていた。





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