第12話 水乃瀬高校・1
お婆ちゃんの家から帰ってきた後は何となく気まずい雰囲気になってしまった。
「同じ匂い」ってどう言う意味なんだろう。
……怖くて聞けなかった。
それに、盟約の話とかをハルトさんに聞こうと思ったのに、ハルトさんは日曜日の遅い時間まで眠っていて夕方から出かけたままだった。
「もう、こんな時間だ寝なきゃ」
そんな独り言を言いながら2階の自分の部屋に行く。
向かいの両親の部屋を見るけれど、部屋の主はまだ帰って来なかった。
どうしたんだろう、このまま帰ってこないなんて無いよね。
それに聞きたい事やお話をしたかったのに。
色々な事が頭の中を駆け巡り眠れない。
ベッドの上でゴロゴロしていたがいつの間にか眠ってしまったようだ。
翌朝、目覚まし時計を見て飛び起きた。
「遅刻する!!」
目覚まし時計はいつもより30分進んでいた。
慌てて制服に着替えてキッチンに向った。
「ハルトさん?」
キッチンにはシャツにネクタイ姿、つまりスーツの上着を脱いだ状態でハルトさんが立っていた。
「朝食は出来ているから、早く食べなさい」
相も変わらず抑揚の無い声で言われた。
私に対してはこれがスタンダードなのだろう。気にしないでテーブルの上を見ると、トーストにサニーサイドアップにサラダ、そしてコーンスープが並べられている。
「うわぁ、美味しそう」
思わず声を上げてしまった。
「ターンオーバーの方が良かったかな?」
「ターンオーバー? あっ目玉焼きですか? こっちがいいです。半熟の方が好きだから」
美味しそうな朝食を堪能する、特にコーンスープが美味しかった。
「ハルトさんこのスープは既製品じゃないですよね」
「簡単に出来るスープだが」
「それじゃ、後で教えてください」
「構わないが早くしないと時間が無いのじゃないのか?」
「もう、間に合わないです。だから……」
「だから、諦めるのか?」
ハルトさんが寂しそうな目で私を見つめていた。
「でも、どう足掻いても無理なものは無理だし……そう言えばハルトさんはどこかにお出掛けですか?」
私は溜まらずに話題を変えた。
「仕事だ」
「お仕事? 吸血鬼さんがですか?」
「人でも人でなくても今の世の中は仕事をしないと生活できないのだ」
でも、何の仕事をするのだろう。
そんな事を考えていたけれど私の最優先事項は登校する事だった。
ハルトさんが先に食事を終えて食器をシンクのボールに入れる。
そしてその後を私が続き食器の入ったボールに水を張って、家を飛び出すとハルトさんがあの可愛らしいミニ クーパで待っていてくれた。
「学校まで送るから乗りなさい。これなら間に合うだろ」
「は、はい!」
学校に近づくに連れて制服姿の生徒が目に付くようになってきた。
水乃瀬は男女とも冬服は紺のブレザーで女子は紺のチェックのスカート。
シャツには男子はネクタイ、女子はリボン。
それぞれ学年で色が違う1年は赤、2年はオレンジ、3年は紫になっている。
歩くと30分くらいかかるのに車だと10分もかからないで学校に着いた。
浮かれ過ぎていて周りの視線に気付いたのは車を降りた瞬間だった。
それでも私は精一杯の笑顔でハルトさんに挨拶をした。
「ハルトさん、行ってきまーす!」
なんだか凄く嬉しい、『行ってきます』が言えて『ただいま』が言える。
ただそれだけが嬉しかった。
昇降口に向うと後ろから声を掛けられた。
「雫! おはよー」
「ひゃう!!」
驚いて変な声を上げてしまった。
恐る恐る振り返ると雪乃ちゃんが満面の笑顔で立っていた。
「彼に送ってもらったんだ。ラブラブ」
「そ、そんなんじゃ無いよ。ハルトさんは」
「でも、大人って感じで素敵だよね。ハルトさんって言うんだ彼」
「う、うん」
確かに素敵だった。
グレーのスーツに明るいブルーのシャツを着て落ち着いたゴールドのネクタイを締めていて、それよりもハルトさんのスタイルだからかもしれない。
そんな事を考えながら下駄箱の前に行く、そして覚悟を決めて下駄箱を開けるとそこにはちゃんと上履きが入っていた。
「どうしたの?」
「今日は何もされてない」
「そんな日もあるんじゃない、ラッキーだね」
「う、うん」
でも、この時にはっきり違和感を覚えた。
今まで一度も悪戯されていなかった事など無かったのだから、登校して一番初めにする事は上履きを探すか汚れを落とすかのどちらだったから。
そして、2階の教室に行く。
教室に入っても違和感が取れなかった。
雪乃ちゃんが私の後ろの自分の席に座り話しかけてくれた。
「本当に、今日はいつもと違うね。なんだかピリピリしている気がするね」
「そ、そうだね。でも、私はこれはこれで怖いんだけれど」
クラスメイトでイジメや嫌がらせをしているリーダー格の天目華保(あまめかほ)、理事長の一人娘で傲慢かつ我儘なのだけれど取り巻きが沢山いる。
その彼女が異様に殺気だっているのだ。
触らぬ神に祟りなしを決め込んで気にしないことにする。
こちらが気にしなくても気にしてくるのはいつも彼女達なのだけど。
「彼なら守ってくれるよ」
ボソッと何か後ろから聞こえてきて、振り返ると雪乃ちゃんが不思議そうに首を傾げて微笑んでいた。
何か言った?
そう聞こうとしたところでチャイムがなり虚弱体質で名前に見合わず気弱そうな担任が……
ドアが開いて教室に入ってきたのは担任ではなくて小さな花柄のワンピース姿の副担任の堤先生だった。
クラスの中がざわついた。
おっとりした感じの堤先生の顔がなんだか少し赤く感じる。
そしていつも以上に落ち着きが無かった。
「堤ちゃーん、どうしたの?」
「今日は一段と可愛いよ」
男子の声が上がるとますます、堤先生の顔が赤くなった。
「先生をからかうものじゃ有りません、静かにして!」
そしてこの堤先生はからかわれたりするが、それなりに人気があり生徒に慕われていて生徒は大抵言う事を聞いていた。
「実は担任の鬼頭先生が体調を崩されまして急遽、換わりに新しい先生が来られました」
「えっ! ありえねー」
「鬼の霍乱かぁ?」
「バーカ、あれのどこが鬼なんだよ」
主に男子生徒から再び声が上がった。
「月城先生、お願いします」
月城? そう思った瞬間、私の体は瞬間冷凍された。
初めてお婆ちゃんがハルトさんのフルネームを言った時は緊張していて気付かなかったけれど月城はお婆ちゃんの苗字と同じだった。
そして今、教壇に立って居るのは紛れも無くグレーのスーツを着たハルトさんだった。
それも優しそうなオーラーを振りまいて爽やかな笑顔でクラスメイトを見渡していた。
クラスが一瞬にして静かになった。
そして黒板に向かいチョークで名前を書き始めた。
『月城陽斗(つきしろはると)』とそして自己紹介を始めた。
「後々で判ると思うので先に言っておきます。私は姫宮 雫の従兄弟になります。判らない事ばかりなので彼女と親しく話す事があると思いますが公私の区別はきちんとします、誤解の無いように」
私の後ろで雪乃ちゃんが手を振っているような気配がして冷や汗が流れ、それと同時に堤先生が口を開いた。
「あら、もうご存知の生徒さんがいらっしゃるみたいですね」
「ええ、氷室雪乃さんとは土曜日にお会いしました。それに他にも数人、雫、おっと失礼。姫宮と仲良く金曜日の放課後遊んでいた生徒さんの顔があるので安心しました」
その瞬間、私はハルトさんのあの優しそうなオーラーの後ろにどす黒い禍々しいオーラーを感じた。
私の感覚は間違いないだろう。
だって華保の取り巻きが明らかに怯えていた。
そして華保は尋常じゃないくらい見るからに狼狽していたのだから。
「へぇ、雫。陽斗の中なんだ」
「えっ?」
後ろから聞こえた雪乃の声で我に返った。
「だ、だって。ハルトって呼んで良いって言われたから」
「まぁ、雫ならそんな事だろうと思った」
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