第5話

 次の日。

 また僕は探偵部の面々とともに吸血鬼の伝承探しへと向かった。

 僕は昨日の出来事が気になってしょうがないのだけれど、一先ず胸に仕舞っておくこととした。一応親には話しておいたのだけれど、父さんいわく「なぜいまさら吸血鬼の力が開放されようとしているのかはわからない。私たちはもう人間そのものとなっているのだから」と言っていた。

 結局のところ、何も解らない。

 結局のところ、誰も解らない。

 だから、僕は一人で勝手に追加課題を自らに課した。

 それは、普通の人間に戻る方法。

 吸血鬼が力を取り戻す方法があるというのなら、吸血鬼の力を封じる方法もあるはずだ。

 もちろん、死なないで生きていく方法だが。


「やあ、頑張っているようだねえ」


 そう言ってやってきたのは日向だった。おい、お前がやろうと言い出したんだろうが。いったいどうしてお前はここに居るんだ? 休憩としても、わざわざ休憩している姿を見せつけに来たのか? まったく、性格の悪さだけはピカイチと言われても何も言い返せないぞ。


「いやいやそういうわけじゃないよ、進捗をちょっと確認しておきたくてね。うんうん……成る程、結構進んでいるようだね。まあ、私ほどじゃないけれど。冨坂クンが一番遅れているようだから、もし終わったら彼のほうも手伝っておくれよ。私はこの休憩が終わったら彼のほうを手伝うつもりだ。何かあったらレストスペースに居るからそこで話をしようじゃないか。それじゃ」


 言いたいことだけ言って立ち去っていく日向。まったく、あいつはいったい何がしたかったんだ?


「頑張っていますね、シュウさん」


 再び声をかけられたので今度は誰かと思っていたが――案の定、その相手は冨坂だった。というかこんなところで油を売っていていいのか? と僕は思ったが別に彼の判断によるものだから特に問題はないのだろう。そう判断しているのだから、僕が何か言う必要も無い。そういうものだ。


「まあ、そりゃあな。あいつから頼まれたことだし、一応はこなしていかないと」

「仲がいいのですね、二人とも」


 そう言って微笑む冨坂。


「茶化すためだけに来たのなら、さっさと戻れ。まだ自分のノルマも終わっていない、と日向から聞いたぞ。あいつの面倒くささは異常だからな。さっさと終わらせてしまったほうが吉だぞ」

「へえ、詳しいのですね?」

「……幼馴染に似たようなヤツがいたんだよ、まあ、そいつはもう地水市から離れてしまったけれど。あいつもあいつで面倒な相手だった。だから、そういう考えで臨んでいったわけだ」

「成る程……。そういう相手の扱いには馴れている、と」

「まあ、そういうことになるな。一応言っておくが、日向には内緒にしておけよ。怒られる人数が一人増えちまうからな。オーケイ?」

「まあ、そうでしょうね」


 何がそうでしょうね、だ。流すんじゃないぞ、話を。僕はあくまでもアドバイスをしているだけなのだ。まあ、そのアドバイスをどう生かすかは、冨坂自身だが。いずれにせよ最後はアドバイスではなく強制になるがね。これを実際に行動してもらわないと、僕が怒られかねない。面倒なことはなるべく避けていきたいし、冨坂にはこれだけは守ってもらわねばならない。

 そう思いつつ僕は再び蔵書とにらめっこする作業に戻る。冨坂は僕の隣に懐中時計をしきりに確認する作業へと……それは果たして作業なのか? まあ、きっと作業なのだろう。この状況を日向に見られたら、きっと日向は激昂することだろう。それは僕の知ったことではない。冨坂が自分でやっていることなのだから。日向は怒るだけ怒ればいいだけの話。僕は忠告したからな。これ以上何を言われようとも、僕は忠告したからと押し通していく。


「ところで、シュウさん。ほんとうに吸血鬼っているのでしょうかね?」


 唐突に。

 冨坂はそう言った。


「どうした、急に。まるでこのことを根幹から覆すような発言をして」

「いや、だってそうとは思えませんか? 実際問題、吸血鬼の伝承はありますが、ある時を最後に吸血鬼の話は消滅しています。これって普通に考えれば吸血鬼という存在なんてどこにもいない――そう考えるのが普通ではありませんか?」


 そう考えるのも道理だ。

 一応僕は吸血鬼の末裔ではあるけれど、その力はない。だから人間と同じように生きているし、人間と同じように活動できる。

 でも冨坂に言わせれば、それは間違っているということなのだろうか。

 まあ、間違っていると思うのも致し方ないことなのかもしれない。実際問題、吸血鬼という存在はこの街に実しやかに伝承として語られているだけに過ぎない。いずれ冨坂のような人間が増えていけば、この街の本来の由来を知っている人間も少なくなっていくだろうしこの街に吸血鬼の伝承があったことも記憶の中から薄れていくことだろう。

 別にそれについて気にしていないと言えば間違いになるが、とはいえ、現状吸血鬼でも何でも無い、ただの人間である僕がそれについて熱が入って言及すると怪しまれるので言わないでおいた。そういうものだ、人間というのは。自分の益になることしか語らない。他人の益になり自分の益にならないことを語るなんて、余程のお人よしじゃないと無理なことだ。


「吸血鬼、ねえ……。まあ、本当にいるかどうか解らないよな。やっぱり実際に目で見ないと、解らない。この目に吸血鬼という存在が見えてくれば、この視界に吸血鬼が入ってくれば、さすがに信じるしかないけれど」


 吸血鬼の末裔たる僕がその発言をするのは、とてもシニカルなことになるのだけれど、それについては何も言いようがない。きっととある戯言遣いだって戯言とは言えないだろう。そういうものだ。人生は面白きことを面白く、とは言ったものだけれどこれはちょっと面白いとは言えない。皮肉な笑い、とでも言えばいいのだろうか。

 まあ、僕が吸血鬼のことを言及することについては別に問題ない。僕という存在が、僕という存在の本当の意味に、誰も気づかなければいいだけの話。僕が永遠に欺き続ければいいだけの話。

 そこに良心の呵責はない。

 そこに詐欺の認識はない。

 そこに時宜の常識はない。


「……なに、二人で話をしているのよ」


 そこで登場したのは、おなじみ日向だった。

 改めて言おう。

 そこに情状酌量の余地は、無い。

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