第4話

 家に帰ると妹が僕に問いかけてきた。


「お兄ちゃん、あの人はまだ吸血鬼のことを調べているの?」


 僕の腰より少し高い位置くらいの妹は、小学二年生だ。もちろん彼女も吸血鬼の末裔であることには変わりないのだが、僕と同じように少々敏感すぎるのかもしれない。

 取り敢えず僕は妹の話に答えてやることにした。そうでないと妹の様子は不機嫌になる一方だからだ。実際問題、それで怒られてしまうのは長男であり長兄である僕だからだ。仮に妹が粗相を起こしたとしても、怒られてしまうのは兄弟の法則というとてもシンプルかつ合理的な方法に従って、僕が怒られる羽目になってしまうからだ。


「……そうだよ、残念ながら。まだ探しているようだ。このままだと結論に辿り着いてしまうかもしれない。そうなったらどうなるだろう? もし僕が吸血鬼の末裔だと知られたら……」

「嫌なの?」

「むしろ、マリ。お前はいいのか?」


 僕は妹――マリに訊ねる。


「私はいいよ、別に。まあ、特に話すこともないと思っているけれど。実際、話題に上がることは少ないし」


 スカートを翻しながら、マリは答えた。

 そうなのだろうか。

 そうなのかもしれない。

 吸血鬼なんて、今の時代必要とされていないのは確実だ。

 科学文明が発達してしまった今、『怪異』あるいは『悪魔』の一つと言われる吸血鬼が活躍するようなことなんてない。

 だから、僕もそれについて考える必要はないのかもしれない。

 しいて言うなら、ただのエゴ。

 しいて言うなら、まさにエゴ。

 僕の自己的考えが、この袋小路に自らを追い込んでいるのであれば、それはひどいエゴイズムだと思う。むしろこのままだと何も進歩しないし何も生み出せない。

 そう解っているのなら。

 そう知っているのなら。

 僕はどうして吸血鬼に拘っているのだろう。

 きっと、それは。

 僕が吸血鬼の末裔だからかもしれない。吸血鬼の末裔ということを周りは知らないから、周りは知る由もないから、だから、僕は、周りがその真実を知ってしまって状況が崩壊してしまうのを恐れているのかもしれない。

 まず、少なくとも日常は一変してしまうことだろう。僕は一気に興味の対象にさせられる。当然だ、今まで吸血鬼は姿を見せなかった。その末裔が姿を現したというのなら、興味を示さない人間がいないわけがない。

 そうして僕を見る目が変わっていく。

 それは避けたかった。それは嫌だった。

 もっと普通に、普通に接してほしかった。

 もっというなら、吸血鬼の末裔なんてステイタス、無くなってしまえばいいのに、と思った。

 きっとマリみたいに何も考えなければいいのかもしれない。何も考えなければ、きっと、苦しむ必要はないのだろう。

 けれど、僕は違う。

 僕と彼女は、違う。

 それはきっと永遠に変わらないことだろうし、僕と彼女を位置づける重要なポイントになると思うのだろうけれど、少なくともそれは彼女には理解できないことなのかもしれない。


「ご飯よー」


 階下から声が聞こえる。母さんの声だ。

 そういえばもうそんな時間だったか。僕が帰ったのが午後五時半を回ったあたりだったからそれから一時間あまり経過したことになる。妹は一目散に階段を降りていった。僕も急いで降りて行こうかな、そう思った。

 話は変わるが妹の部屋には姿見がある。なぜ妹の部屋の姿見の話をするのかと言えば、それは妹の部屋の扉が開放されていたから。本当なら僕は本人に言うところだけれど、本人が今居ないのだから致し方ない。


「まったく、マリは相変わらずそそっかしいんだから。まあ、小学二年生だしそれは仕方ないか……」


 そう独りごちり、僕は妹の部屋の扉を閉めようとして――ふと視界に姿見が入った。

 そこで僕は目の当たりにしてしまった。

 普通ならばありえない。普通であればありえないことに。


「……どういうことだよ?」


 思わず妹の部屋だということを忘れて姿見に近づいてしまう。それほどに、ありえないことだった。

 そこに映し出されていたのは妹の部屋。そして扉は開放してあるから、僕の部屋の扉まで映し出されている。

 でも、それならオカシイ。

 だって姿見の目の前には、僕が立っているのだから。

 僕の姿は、透けていた。

 姿見に映し出されていた僕の姿は、半透明になっていた。

 思わず僕は自分の手を見た。うん、普通に実体化されている。壁に触れてみてもそれは変わらない。

 ならばいったいどうして?

 吸血鬼は鏡には映らない。

 そんな伝承を聞いたことはあるだろうか。

 けれど、僕はそれの対象外だ。だって今まで普通に鏡に姿は映っていた。もちろん半透明とかぼやけた姿とかじゃなくて、きちんと普通の人間と同じように。

 ならば、どうして?

 僕は――吸血鬼になろうとしているのか?

 僕は再び階下から聞こえる母さんの声にも耳を貸さず、ただ鏡の前で現実を受け入れられずにいた。

 受け入れられるはずが、無かった。

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