第2話
九月十九日。
シルバーウィーク初日の今日、僕は地水駅の前に立っていた。とはいえ地水駅は地下鉄の駅なので目の前にあるのは地下へ降りる階段と雨除けの屋根のみとなっている。出入り口だけを見ればとても質素になっているけれどその周りにはビルや高層マンション、食べ物屋にオフィスビルが立ち並んでいるので、ここが一番の都会となっている。
「……遅いな、日向のヤツ」
僕は待ち合わせ時間の午前十一時の十分前、即ち十時五十分からここで待機していることになるのだが、現在時刻十一時二十七分になってもまだ日向の姿が現れないところを見ると、僕はここで三十分以上待たされているということになる。
「やあ、待たせてしまったね。遅くなってしまって失礼。……ところでもうすぐ昼時だし、食事をしながら今回のことについて話さないかい? もう一人のメンバーもそこで待機していることだし」
「もう一人? 探偵部は二人しかいないのか?」
「そうなのよね……。恥ずかしいことだけれど、探偵ってあんまり賛同してくれないのよ。……まあ、話は長くなるから、一先ず食事にしよう。美味いカレーうどん屋を知っているんだ。そこで食事と洒落込もうじゃないか」
確かに、言われてみればお腹が空いていた。ずっと待っていたから全然気づかなかったけれど、朝食を食べてからもう四時間から五時間は経過していることだし、そろそろ食事を食べてもいい塩梅だ。
「それじゃ、行こうじゃないか。すぐそばなんだ。歩いて五分くらいかな。そこで彼と落ち合うことになっている。クラスメイトの、冨坂クンとはね」
そう言って日向は歩き出す。
僕はそれを見て小さく溜息を吐いたが――、結局空腹には勝てず、彼女についていくのだった。
◇◇◇
そのカレーうどん屋は夜には焼肉屋をやっているらしい。ランチタイムだけカレーうどんを販売しており、ボリュームがあってなおかつリーズナブルなのだという。僕は聞いたことがなかったけれど、このあたりでは有名らしい。
中に入るとカウンター席があったがカウンター席は疎らに埋まっていた。気さくなおばさんが日向の前にやってきて、問いかける。
「いらっしゃい、今カウンターは埋まっているから、奥のテーブル席でいいかな?」
「奥に、人を待たせているはずなんです」
「ああ、そうかい! だったら、案内するよ。奥のテーブルにはまだ、一人しかいないからね」
「ああ、解りました。ありがとうございます」
そして僕と日向は奥のテーブル席へと向かった。
奥のテーブル席には、物悲しげに時計を見つめる男が座っていた。
「お待たせ、でいいかな? 冨坂クン」
日向の声を聴いて冨坂と呼ばれた男は時計をポケットに仕舞った。
「ああ、長かったね。だいぶ待ったよ。とはいえこのお店が開いたのは十一時半だから、実際は数分くらいしか待っていないことになるけれどね」
「まあ、待っていないのならばいいわ。食事にしましょう。すいません、注文いいですか」
早々に腰かけて、水と手ぬぐいを置いたおばさんに声をかける日向。おばさんは元気よく返事をして、紙を取り出した。
「ええと、メンチカツで、ごはんで、麺は冷たいやつで。あなたも同じでいいわよね?」
「え、あ、……ああ。いいよ」
「じゃあ、メンチ二つ。冨坂クンは?」
「僕は揚げ餅で。あとは一緒で構わないよ」
「じゃあ揚げ餅、冷たい麺、ごはんで」
「はい、了解です。少々お待ちくださいね」
注文を終えて、おばさんは厨房へ歩いて行った。
それを見送った日向は僕と冨坂のほうを向いて話を始めた。
「それじゃ、話を始めるね。今日の活動について。何をするか、ということを。今日は吸血鬼伝説を調べるために、図書館に向かうわ。市の図書館、あなたも知っているでしょう? そこに向かって情報を収集する。そして整理して……改めて私たちはあの吸血鬼の館へと向かう」
「改めて、ってことは……前も行ったことがあるということか?」
僕の言葉に日向は頷いた。
「前も吸血鬼の館に行ったのだけれどね、ただの廃屋に過ぎなかったよ。何もなかった。だが神秘的な力があるようにも見えた。さすがはかつて地水市に住んでいた力ある一族、というわけだ。まあ、何かはあるだろうと思っているのだが……噂によると、力の解放には夜を示す何かが必要らしい。それを調べるために今から図書館に向かうというわけだが」
「図書館にそんなことが記述されている本があるのか?」
「あるんだろう。あの図書館は古くからの本がたくさん置かれている。だからまずは確認してみるしかない。そうしか方法がないと言ってもいい」
日向のその言葉と同時に、おばさんがカレーうどんを持ってきた。お盆に置かれていたカレーうどんとごはん、それに皿にのせられていたキャベツとメンチカツ。
正直、最高の組み合わせ、だと思う。だってカレーうどんに揚げ物のメンチカツ、それにライスまでついてきているのだから。それだけを見て喜ばない人間がいるわけがない。
「美味しそうでしょう? このお店、このあたりの会社で働いている兄さんから教えてもらってね。まあ、その兄さんも先輩から聞いたらしいのだけれど。なんでもこのあたりのサラリーマンには有名らしいよ。まあ、これほど美味しいカレーうどんがリーズナブルに提供されるのならば、誰だって通うだろうけれど、ね」
そう言って日向は少し遅れてやってきた同じメニューと対面し、手を合わせ、頭を下げる。いわゆる『いただきます』の合図である。そういえば僕もしておかないといけないな。たとえ忙しくても感謝の気持ちは忘れてはならない。まあ、今は特に忙しいことはないけれど。
割り箸を奇麗に割り、カレーの海からうどんを数本救い出す。そしてそのまま息を吹きかけて口の中へと入れていく。日向のそれを見ていると、どうも美味そうに見えてきたので、僕もそれに従った。
口の中にいれた途端、すぐに口の中にスパイスの香りが広がった。次いで、辛さが広がり、最後には芳醇なうまみが広がった。何とも言えないコクと、香り。そして熱すぎない程度の麺……成る程、最初に日向が「冷たい麺」と言っていたのはこれが理由だったか。
「美味しいでしょう? ここのカレーうどん、けっこうオススメなのよ」
そう言って日向はメンチカツを頬張る。
僕もそれを見て、つられる形でメンチカツに箸を伸ばした。
メンチカツに箸を入れると、サクサクという衣の音が響き渡る。それが聞こえるということはこのメンチカツが揚げたてということを意味しており、即ちメンチカツの中でも一番おいしい時間を指している、ということになる。
一口大に切り分けたメンチカツを口の中に入れる。すぐに肉汁と肉本来の味――どうやら肉の中にスパイスを混ぜ込んでいるらしい――、さらには塩コショウの味が口の中で混ざり合った。僕としては、ソースをかけるかかけないか悩んだのだが、隣に座っている日向がかけていないところを見てかけるのをやめた。ほんとうはかけたかったんだ。ほんとうは。そう言い訳がましく言っておく。
カレーうどんを食べ終え、水を飲み干す日向。そのタイミングで僕もちょうど水を飲み干したところだった。
ちなみに日向が食べ終わる前よりもはやく、冨坂は完食していた。麺が冷たくなっているとはいえ、カレールー自体がそれなりに熱くなっているというのに。もしかして猫舌ではないのだろうか? まあ、そういわれてみれば僕だって猫舌の部類には、どちらかといえば入らないほうになるのだろうけれど。
「さて。それじゃ、向かうわよ。急いでこの遅刻した三十分を取り戻さないと!」
主に遅刻したのは、その原因を作ったのは日向なのだが、それは敢えて言わなかった。もちろん遅刻したから私が払う的なそんなペナルティめいたこともなく、僕はメンチカツカレーうどん八百二十円をちょうど支払って外に出た。
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