僕は吸血鬼になれない

巫夏希

第1話 プロローグ

 僕の一族は代々吸血鬼だった。

 吸血鬼、とは名前の通り血を吸って生きている。ニンニクが嫌いで十字架も嫌い。夜が好きで太陽が嫌い。それが吸血鬼の一般的な属性だと思う。

 けれど僕は普通に学校に行くことが出来る。朝起きて、普通に暮らすことが出来る。十字架やニンニクには時折嫌悪感を抱くこともあるけれど、乗り切れないことはない。しいて言うなら毎朝トマトジュースを飲む程度かな。

 だから、僕はどちらかといえば吸血鬼じゃない。先祖に吸血鬼を持つ、ただの人間。

 一応言っておくけれどどこかのハードカバー本のように無駄に生命力が高いわけでもない。むしろそんな特殊能力があるのならさっさと寄越してくれと僕は切に願う。

 この街には吸血鬼の伝説がある。

 地水市という街には高台がある。その高台には鬱蒼と生い茂った森が広がっており、その中には洋館がある。その洋館にはかつて吸血鬼が住み着いており、この街を救ったともいわれている。もともと地水市の『地水』は『血吸い』からきているらしいし。


「よう、おはよう!」


 そう言って僕の肩を叩いたのはクラスメイトの日向だった。明朗な性格の彼女は常に笑顔だ。僕に声をかけるときももちろん笑顔の彼女は男女問わず愛されている。彼女にとどくラブレターが男女問わず毎日下駄箱に詰まっていると聞くから、相当愛されているのだろう。まあ、僕にとっては別段気にすることではないのだけれど。


「どうした、そんな暗い顔をして。暗い月曜日でも聞いたかい?」

「それを言うなら暗い日曜日じゃないですか? そもそもそれを聞いていたらとっくに自殺していますよ、たぶん」

「ああ、そうだったか。日曜日だったか。……まあ、いい。そんなことより考え直してくれたかい?」

「考え直して……ああ、部活動のことだったか?」

「そう。吸血鬼を探す部活動。探偵部として、これは我々の責務だよ。君は頭がいいからね、ぜひともメンバーに入れておきたいわけだ!」


 日向はそう言って笑みを浮かべる。ここ数日日向は僕に対して探偵部に入ってほしいと言い続けてきている。僕は普通に考えれば入っても別に構わないと思っている。

 問題は、彼女の目的だ。



 ――今は地水市に居ない、絶滅してしまった、吸血鬼を探すこと。



 吸血鬼を探すこと。その目的が僕にとって探偵部に入る障害となっている。だって目の前に居る僕が吸血鬼の末裔なのだから。吸血鬼の力は残っていないから、ほんとうに吸血鬼かと言われると危ういところだけれど。


「吸血鬼ってほんとうにいるのかい? 僕は見たことがないけれど」


 吸血鬼の末裔たる僕が言うのは一番のブーメランになるけれど――まあそれは言わない約束だ。言ってしまったらこのやり取りがすべて無駄になる。


「見たことがないけれど伝承はある。だから私たちは探しに行くのよ。ほんとうにこの街に吸血鬼はいるのか、ということについて」

「吸血鬼を見つけて、どうするつもりなんだ? 吸血鬼ってやっぱり危険なんじゃないか?」

「何を言っているのよ。この街は地水市よ。かつて吸血鬼が住んでいたからそう呼ばれている。あの高台の洋館……吸血鬼の館には伝説が残っているといわれているからね。まずはそこを探索したいところだけれど。まずは体験入部からでもいいよ? 本入部はそのあと考えていても構わない」


 体験入部、そう来たか。

 けれど僕はやはり入ろうとは思わない。

 それは単純に、部活動に入りたくないから――と思う僕の心があるからかもしれない。

 そして最終的に結論が出ないまま校門をくぐる僕と日向。

 僕と日向は同じクラスだから、結局今日もその話題について逃げることはできないわけなのだが、授業中は少なくとも声をかけてこないので勧誘の頻度は下がる。一先ず解放された気分といえるだろう。まあ、もう二週間もそれが続けばもはや日常茶飯事と言えるので致し方ないことだ。無視することは良心の呵責を感じるので、無視だけはしない。話すことは話すが肝心の内容は流す。これが一番だと、二週間という時間をかけて編み出した方法だ。

 教室に辿り着き、ようやく僕と日向は分かれる。ここまで来てやっと僕の心が安らぐ時間がやってくるというわけだ。


「よう、シュウ。お前、今日も日向サンと一緒に来たのか?」


 席に座ると前に座っていた叶木が声をかけてきた。いつものことなので流すように僕は答える。


「いいや、そんなことはないよ。今日も部活に入れとしつこく説いていただけだ。まったく、キリスト教を布教しに来た戦国時代の宣教師みたいだ」

「はは、笑える。そうかもしれないな。……それにしても、どうして日向はお前のことをずっと入部させようとしているのだろうな? 理由だってあるんじゃないか?」

「理由……ねえ。いや、あまり聞いたことはないな。しいて言うなら、頭がいいから、としか言っていなかった気がする」

「頭がいい……か。確かにお前は頭がいいよな。別におべっかでも何でも無くてよ。ほんと、入部すればいいのに。別に勉強する時間が確保できないから、ってわけでもないのだろう?」

「まあ、そうだけれどさ……。でも、時間はないというのは事実かな。部活に入る意義が見つからない、と言ってもいいかもしれない」


 ほんとうはもっと理由があるのだけれど。

 叶木には、吸血鬼の末裔だから、って理由を言ってもいいかもしれない。けれど、いつどこから情報が漏れだすか解らない。僕が叶木に言ったことによって、日向に知れ渡ってしまえばどうして探偵部に入部したがらないか、その理由が判明するはずだ。

 それからどうなってしまうのか、できることならば考えたくない。考える必要もない。


「……ま、お前が入りたくないのなら、それも尊重すべきかと思うけれど。だって、入りたくないのだろ。だったら、入りたくないってはっきり言えばいいじゃないか。実際問題、そう言っているのか?」

「言っているよ、何度も、何度も」

「ならいいけどさ。……それにしても、ほんとうにしつこいよなあ。探偵部って、それほど部員に困っていたかな」

「部員は困っていないと思う。だって、仮入部からでもいいとは言っていたし」


 正確には体験入部と言う触れ込みだったが、別にどちらを言っても構わないだろう。意味的には間違っていないのだし。


「だったら仮入部すればいいじゃないか。そして、そこでそりが合わないならば、そこで改めて言えばいい。そして合うようだったら引き続き入部していけばいい。それでいいじゃないか。まずは一回、ってやつだ。お試しプランってのがあるのは、そういう自分が合うかどうかを試すためにあるわけだし」

「……うーん、確かにな……」


 そういわれてみればそうかもしれない。一度だけ、一回だけ、日向のワガママに付き合えば彼女も諦めてくれるかもしれない。彼女も納得してくれるかもしれない。

 そう思った僕は、叶木の言葉に頷いて、そのまま授業の準備をし始めた。時計の針がもうすぐ九時を指していたからだ。ええと、今日の一時間目は国語だったかな。



 ……そして、昼休み。僕は体験入部の件について了承した。それを聞いたとき日向はとても喜んでいたけれど僕にとってそれはどうでもよかった。彼女のワガママを一度だけ聞いてあげるために、面倒な約束を了承した。ただそうとしか思っていなかったからだ。

 もちろん、その時は僕と日向に襲い掛かるある出来事について、何も知らなかったのだけれど。

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