本論② みんなの嫌われ者

 試験会場であるダンジョンの入り口には、銅像が2体と、人間が2人。

 1人は試験官の先生。もう1人は、黒い髪に白い肌にオッドアイ、何から何まで持ちまくりでモテまくりの、美人な女生徒だ。

 見下すような目つきと、生徒会会長の腕章。オレは内心で舌打ちした。


「いつもあなたたちのナビを担当するベルさんに代わって、本日は私、高等部生徒会長のカトリーが、あなたたちを手伝って差し上げます」

「…………」

「不満そうな顔ですね、こっちがそんな顔したいくらいですけど。今回の試験にあたって、風邪で調子の悪いベルさんを除いて、放送部の誰もがあなたたちのナビをやりたがらなかったから、私が仕方なく引き受けてあげたというのに」

「そりゃどうも、ありがとうだわ」

「…………チッ」

「どこ行っても、みんなの嫌われ者なんですね。オレら」


 オレらの言葉を聞いて、カトリーは少し胸を痛めたように見えたが、どうせそれも人気取りのための演技だ。皆から好かれるテクニックだ。

 オレたちのこと、見下してるくせに。

 優等生は反吐が出る。


 学園の地下3階、ダンジョンの入り口で見送るカトリーと先生の前を、会釈もせずに横切り、オレたち3人はランプの明かりを点けると、階段を下って【フール】の第一階層へと降りて行く。

 この石造りの階段が直接ダンジョンに繋がっているというわけではなく、これはあくまでも入口に過ぎない。ダンジョンはこちらの世界と向こう側の世界の狭間にあるのだ。詳しい仕組みは授業聞いてないから知らねぇ。

 本校舎全面に使われている大理石の壁が徐々に薄くなっていき、3秒ほどの暗闇が過ぎ去れば、そこはすでに異世界。次元を越えているため、振り向いても今まで歩いてきた道はどこにもない。ただ、薄暗い茶色の壁面が延々と延びているだけ。

 転移魔法を使うか、10階層の床に描かれている魔法陣を利用するかしか、元の世界に戻る方法はないのだ。


≪こちらナビ。通信チェックです、応答お願いします≫

「はいはい、聞こえてますよ」

「違うでしょ、サン」

「こちらアザレア。通信良好。サンもシフトも一緒、問題なくダンジョン入りできたわ」

≪……よくできました。田丸くんもアースキンさんを見習って、ちゃんと手順に沿った応答を行うように≫

「うっせぇな! お前は先公ですか!? 成績優秀の生徒会長はさぞかし学校生活が楽しいんでしょうね!」

「サン!」

「いちいち噛みつくなよ。とっとと進もう?」

≪…………≫


 アザレアとシフトに促され、歩き始める。観測係の先生によると、今日のダンジョンはシケていて、魔物との遭遇率は低いらしい。

 文芸部なのに魔導書を使うなと言われ、水泳部なのに水魔法を使うなと言われ。科学部であるシフトは特に何も言われなかったみたいだが。

 オレは非常にクサクサした気分だった。

 普段なら、どんなにムカつくとはいえ、女子である生徒会長に対してあんな言葉を吐いたりしないのに。どんなにバカなオレでも、いちおうそれくらいは弁えていたはずなのに。

 ……こんなんじゃ、いつまで経っても。


「女の子にあんな酷いこと言ってちゃ、いつまで経ってもユニバーみたいにはなれないわよ?」


 アザレアに、先を言われてしまった。

 人生で一番惨めな気持ちになって、オレは下を向いた。


≪前方の小さい岩の陰に、魔物2体の反応があります。種族はゴブリンと餓鬼、いずれも通常種です≫

「よし! それじゃ、世界に愛されているこの私が……」

≪言っておきますが! 今回の試験では、戦闘手段の少ないブランヴィルさん以外、ジョブ能力や魔法を使用することは禁止されていますからね!≫

「うぐぐ」

「よし、昨日調合したばかりの毒を試す時っ……」


「剣で倒しゃいいんでしょう」


≪え?≫


 腰につけた鞘から片手剣を引き抜き、目標が隠れている岩に向かって走る。

 片手で馬飛びする要領で岩を飛び越えると、上からの奇襲に気付いていない餓鬼に向けて、剣を振り下ろす。

 剣とはいえ、生徒用の模擬的な武器だから、使い方としてはほとんど鈍器だ。上手く頭の天辺を殴ってやると、棒人間のようにやせ細った子供の鬼は、すぐにその場に倒れ伏せた。

 餓鬼が倒されたことに驚き、襲い掛かってくるゴブリンの鋭いツメを、剣で受け流してまた叩く。体勢を崩したゴブリンを、鬱憤を晴らすように何度も殴りつけると、やがて動かなくなった。


「これでいいんでしょう、会長さん」

≪……なんだ、十分に戦えるんじゃないですか。なんで今まで通常攻撃を使わなかったんですか?≫

「別に。私たちの勝手でしょ」

「今回は言われた通りするんだから、余計な詮索しないでくれよな」


 オレも、アザレアもシフトも、派手な技を使おうとしなければ、そこそこ戦える。もちろんそれでも、才能ギフト持ちのみんなには劣るけど。

 アカデミーで冒険者を目指す生徒のほとんどは、最初にダンジョンに入った時、それぞれ1つの才能ギフトを与えられる。主にジョブへの適性だったり、体を常に強化してくれるものだったり。

 だけどオレたち3人にはそれがなかった。

 毎年、8%くらいはいるらしい。優秀でもなければ、そこまで特別でもなく、ただただ、劣っている。

 無才ギフトレスであるということ。大英雄に憧れているということ。そんな2つの共通項を持つオレたちは、すぐに仲良くなって、パーティを組んだ。てか、他の奴は才能持ち同士で固まってて、オレたちを受け入れてくれないし。


 階段で2階層に降りる。

 ダンジョンの構造は日替わりだ。今日は2階層に降りてすぐの場所に3階層への階段があったから、そのまま3階層へと降りた。

 全く魔物の気配を感じない。会長さんのナビによるとこの階層に魔物はおらず、4階層への階段はかなり遠い場所にあるらしい。


「なぁ、アザレア、シフト。お前らって何がキッカケで大英雄に憧れたんです?」

「キッカケ?」


 というわけで、ちょっと雑談しながら歩くことにした。

 アザレアが高飛車に笑って答える。


「決まっているじゃない! 私もコスモも、世界に愛されているからよ!」

「また始まった」

「もういいですよソレ」

「む……。まぁでも。コスモに出会うまでの私は、今みたいに、自分に自信を持ててなかったの」

「へぇ?」


 それは意外だ。ガキの頃からずっとこんな感じなんだと思ってた。

 人形で遊ぶ子供みたいに、アザレアはサーフボードを持ってくるくる操る。どうやら、子供の頃に見たコスモの姿を表現しているらしかった。


「10歳の夏。家族でホーリィアークの海辺に遊びに行って、そこで出会ったばかりの知らない子と遊んでた」

「待ったアザレア。6年前の夏、ホーリィアークってことは、もしかして?」

「そうよ。ダンジョンではない場所に突如として魔物が出現した、4件目の事件」


 本来、魔物は異界にしか住めない。人間は現世にしか住めない。

 だから人間と魔物は、2つの世界のハザマであるダンジョンでのみ、魔物と接触することができる。ダンジョン史の教科書の、最初のページに書いてあることだ。

 だが魔物は、観測されているだけで、これまでに6回現世に姿を現し、その猛威を振るっている。


≪『ミュンヒハウゼン・クリーチャー』。

 現世に現れた魔物はみな、苦しそうに暴れ狂うような挙動をしていた。この様子が、人間で言うところのミュンヒハウゼン症候群に似ていることから、魔物が現世に現れることを総称して、そう呼びます≫

「……解説どーも」

「急に入ってくんなっての」

「それでね、みんな知っての通り……イカ型の特級魔物・クラーケンが、海を割って出てきた。海水浴客はみんな避難したんだけど、私と遊んでいたその子は泳ぐのが苦手で、私が浜辺まで逃げて後ろを振り返ったら、クラーケンの脚に捕まっていたの」


 有名な事件だから、オレもクラーケンについて少しは知っている。

 巨大なイカの頭部が本体で、そこから脚が、27本生えているのだという。必死の思いで1本を切断したとしても、驚異的な自己再生力で新しい脚を生やしてしまうのだ。


「私は怖かったけれど、意を決して、クラーケンの方に戻った。その子を助けようと手を伸ばしていたら、今度は私も一緒に捕まってしまった」

≪……そこに、コスモは助けに来た≫


 そう。

 4度目のミュンセハウゼン・クリーチャーにおいて、死者は0名だったのだ。


≪当時、偶然ホーリィアークでバカンスを過ごしていたコスモは、異変を察知するとすぐに魔法で空を飛びながら駆け付けた≫

「クラーケンに捕まって食べられそうになってる私たちに向かって、コスモ、空飛びながら何て言ったと思う? 

 『大丈夫よ! みんなも私と同じように、世界に愛されてるんだから!』って。一瞬前まで死ぬのが怖くて泣いてたのに、それ聞いた途端、私、めちゃくちゃ笑っちゃって!」

≪コスモはそのあと、人々が混乱に陥らないよう、まるでヒーローショーでも演じるようにクラーケンを倒したんですよね! ……私も見たかったな、コスモの大魔法≫

「あれ、会長さん?」

「もしかして会長もコスモのファンなの!?」

≪あっ……いや……≫


 今まで凛として、どこか冷たい印象だった会長サマの声が、急になんか子供みたいに可愛らしいものになった。

 5秒ほど無線が途切れて、復旧する。


≪……えふん。雑談は許可しますが、余計な詮索は慎むように≫

「…………」

「何よ、照れなくてもいいのに! カトリーも世界に愛されてるってことでしょ?」


 アザレアが生徒会長サマを名前で呼び始めた。

 正直イラつくけど、オレはユニバーのような紳士を目指しているので、嫌な顔はしない。内心で舌打ちする。


 4階層へ降りる。

 階段を下りてすぐの場所に、鉱石が取れそうなキラキラ光る岩があったので、学校から配布されてる採取セットでちょっと叩いてみる。


「じゃあ次は僕の番だね。僕がなんでスペースちゃんに憧れてるのか!」


 岩から取り出せた、綺麗な緑のスライムを瓶に入れたところで、シフトがびしっと手を挙げた。


「萌え萌えキューンなところがカワイイからー、とかだろ」

「違うし! ていうかスペースちゃんはそんなことしない!」

「友達の憧れの人を茶化さないの」

「へいへい」


 まったく、とムッスリ怒って腕を組むシフトだったが、愛しのスペースの姿を思い浮かべたのか、その表情は徐々に和らいでいった。


「スペースちゃんは、喘息持ちというハンディキャップを抱えながらも、自分のやりたいことを、生き方を貫き通してるんだよ!」

≪ユニバーたち『大英雄』とパーティを組みながらにして、大人気アイドルとして芸能活動も行い、さらには、自分を育ててくれた孤児院への支援も欠かさないんですよね。多忙極まりないはずなのに、スペースはいつも笑顔を浮かべています≫

「お前スペースのファンもやってるんですか?」


 また無線が切れた。

 復旧。


≪変な言いがかりつけないでください。シフトさん、続きを≫

「う、うん。……まぁ、僕も喘息持ちだからさ。冒険者を目指して魔物と戦う練習をする同級生たちにずっと憧れてたけど、体が弱い僕には、一生なれないと思ってたんだ」

「シフト……」


 シフトは、10歳のときに父親の研究を手伝った際、魔物に対してのみ絶大な毒性を発揮する物質・ブランヴィル塩を偶然発明してしまい、神童と持て囃された。テレビでインタビューを受けてるのを、オレも何度か見た。

 その後ブレアカにスカウトされたシフトは、父親から習った様々な知識に加え、ブレアカの整った研究設備で科学知識を広く蓄え、14歳にして高等部への飛び級を果たした。だから年上のオレたちと同じクラスで勉強できているんだ。


「といっても、ファンになったのはつい去年のことだよ。テレビに出てたスペースちゃんは、孤児だとかひどい喘息だとか、自分の身の上を赤裸々に語った上でこう言ったんだ。

 『こんな私が、3つも夢を叶えてるんです! そんな私の4つめの夢は、世界中のみんなに、私以上の大きな夢を見せてあげることです!』ってね」

「去年って、お前まさか」


 シフトは、ちょっと恥ずかしそうに頬をかいた。


「そう。単純すぎると思うけど、僕、その言葉と歌に感動して、高等部に飛び級したら冒険者コースを受けようって決めたんだ! そして同時に、スペースちゃんのファンになったんだ!」

「そ、即断即決ですね……」

「すごい思い切りね」


≪……~~≫

「あっ! いま会長、鼻歌歌った!」

≪はっ!?≫

「しかも『スカラー・シンドローム』! スペースちゃんの最近リリースされたばっかの曲ー! やっぱファンなんじゃんカトリーさんも!」

「………………チッ」


 アザレアに続いてシフトまでも。

 死ぬほどつまらない。オレは少し仲間から距離を取って先行する。

 ダンジョンがシケているときは、階段から階段までが1本道になりがちだ。魔物の勢力に比例して、ダンジョンは複雑さ、難易度を増す。

 そういや、会長から聞き忘れたけれど、この階層にも魔物は出ないんだろうか。岩と岩の間から染み出す湧き水を、手ですくって飲む。喉は冷えても、頭は冷えてはくれなかった。

 ……こんなことでモヤモヤしてて、ユニバーみたいになれるか。

 オレはふっと溜め息を吐き、歩くペースを遅くした。


「ギギッ」

「え?」


 弓をひいた音なのか、何か魔物の泣き声なのか……。そう思考を巡らせ始める前に、俺は肩に矢を受け、地面に膝をついていた。


「サン!?」


 アザレアの声が、脳で何十回も反復される。増幅して響いて、脳を揺らす。

 視界が回転し始めた。狭くて回っている景色は赤みを帯びている。自分が受けた矢が毒矢であるということに気付いて、オレは焦って矢を引き抜いた。

 矢と共に少量の血が吐き出され、激しい痛みがまた、脳内に響く。何度も増幅して体のあちこちを刺す。吐き気を催す。オレはすぐに、膝立ちですらいられなくなって、四つん這いの体勢になった。


≪あっ……! 前方30メートル、ダンジョンの天井に身を隠しています! 敵の種族はアラクネ!≫

「私が仕留めてくる! 治療したげて!」

「うん! ……サン、今朝調合したばかりの万能薬だ」


 シフトはオレの口を開けさせて、瓶の中身をゆっくり含ませた。

 ケミカルな味が体全体に広がると、吐き気だけは、少しマシになった感じがした。


「ごめん、解毒効果はちょっと薄いんだ。アラクネ程度の毒なら3分もしないうちに引くと思うから、しばらく耐えてね」

「う……あぁ、悪ぃ……っす」

「にしても、アラクネって弓矢を扱うような魔物だったかな……?」


 シフトの疑問符に、少しばかりの悪寒を感じながら苦痛が過ぎ去るのを待っていると、何本か矢の刺さったサーフボードを抱えて、アザレアが帰ってきた。


「ふふん、武器を盾として使うなんて天才的な戦闘センスよね! やっぱり私、世界から愛されてるんだわ!」

≪……水泳部としては、けっこう一般的な戦い方だと思いますけれど≫

「うっそぉ!? でも授業で習ってないし!」

「先輩たちの実習風景見てたら、普通気付くよね」

「気付いてたんなら言ってよ!」

≪…………ふふふっ≫


 やっと、毒が消え去った。

 ……いや、毒は、常にオレの中にあったのかもしれない。


「何笑ってんだよ」

≪あっ……ご、ごめんなさい。私が索敵を疎かにしていたせいで、田丸くんに不要なダメージを負わせてしまって……≫

「お前の才能ギフト……『損傷軽微』だっけ? 弱い攻撃をほとんど無力化するんだよな。いいよな、こんな痛みも味わったことねーんだろうな」

「サン!」


 上だけ服を脱いで、矢を受けた部分を、バッグから出した包帯で縛る。


「あざとすぎるんだよ、人から気に入られよう気に入られようとばっかりしやがって。……マジでうぜぇ!!」

≪……私、そんなこと≫

「お前には才能も人望も期待もあるじゃねぇか! 友達だっていっぱいいるんだろ、仲間だってさ!」


 オレにはアザレアとシフトしかいないんだよ。とは、2人の前ではさすがに言えなかった。変な部分で冷静になってしまう自分が嫌だった。

 包帯に血が滲んだ。


「…………オレからどこまで奪ったら気が済むんだよ。お前」

「…………」

≪……ごめんなさい≫

「もういい。ナビだけしとけよ」


 そこから9階層まで、オレのせいで、ずっと無言だった。

 魔物が出て来てくれたら、と願う日が来るなんて、思ってもみなかった。

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