第3話 夕方
電車から降りたとたん直射日光と、セミの鳴き声に襲われる。
俺は無人駅から家に向かって歩き始めた。駅から家まで歩きだと約40分…。長い道のりだ。
もう昼か。帰ったら何しようかな。宿題でもやるかな。家にジュースあるかな。てか腹減ったな。昼飯なんだろ。そーめんはやだな。
数分歩くとすぐに田んぼに囲まれる。
歩くたびにバッタなどの虫が飛び跳ねる。気づかないところで何匹か踏み潰してしまっているだろう。虫たちからすれば俺は怪獣みたいなもんなんのかな。
そんなことを思いつつ歩いた。
10分程度歩いたところで道が分岐していた。片方は今通って来たようなのがさらに続いている。もう一方は、今通って来たのより草がお生い茂って通りずらそう。でも近道になる。
「んー、ダッシュで近道だ!」
俺はなるべく虫たちを踏まないよう、草叢の中を飛び跳ねながら走った。
その道を通り抜けた。これで一気に家が近づいた。でもダッシュしたせいで暑さはさらに増した。
その後はまた田んぼ道を歩き、道路を渡り、坂を登り、また田んぼ道を歩き、ようやく家に到着。
「ただいまぁ〜…。」
ガラガラッとドアを開け家に入る。
「あら、随分はやかったねぇ。」
母さんがそう言ったが視線はテレビだ。
「いや、登校日は明日だったんだ。マジ最悪だよ。」
「あーそー、ごくろうさまー。」
気持ちこもって無さすぎ。
「なんか飯ある?」
「そーめんそこにあるわよ。」
「やっぱそーめんか…。昨日も一昨日も昼飯そーめんだったのに…。」
「ブツブツ言わないの。食べれるだけありがたいと思いなさい。」
「はいはいー。」
俺は食卓でそーめんを食べた。テレビではちょうど天気予報が流れていた。
「えー、明日、8月10日は全国的に猛暑日になるでしょう。熱中症には十分お気をつけ下さい。」
「明日晴れるってね。花火大会、あんた行くの?」
「え?花火大会?」
「ほら、毎年カズ君とかと行ってるじゃない。」
あー、そういえばそんなのあったな。イッチー達とは毎年見に行ってたもんな。イッチーってのは一弘(かずひろ)のことで、小学生の頃、漢字の一だけ読めて、それであだ名がイッチーになった。懐かし(笑)
「行かね〜んじゃね。行く人いねーし。」
「そうなの?勿体無いわね〜。せっかくの『青春』イベントなのに。」
「は?なんだ、それ。」
「ま、あんたには女なんかいないものね(笑)」
「うっせーなー。」
俺は食器を片付けて二階の俺の部屋に逃げた。花火大会、青春、女…。なんだよそれ、世間の奴らは浮かれてんな。
外心では自分にそう言い聞かせた。だが、内心のどこかでは、誰かと、花火を見たいとか思ってたかもしれない。
ま、見るならどーせ、またイッチー達とだろうけどな。
その後は、部屋でダラダラしていた。漫画を読んだり、絵を描いたりし、やがて昼寝に入った。
…昼寝から目を覚ますと、部屋の窓から見える景色は一面赤とオレンジが混ざったような色に染まっていた。
ひぐらしの鳴き声が辺りに響き渡る。
セミの声は昼間より弱くなっている。
稲穂はざわざわとゆっくり波打つように揺れ、田んぼ道には軽トラが一台走っている。
空を見ると遠くで一番星が輝いている。
夕方。それは昼から夜に移り変わる一日の中で最も短い時間帯のこと。その短さからか、なんともいえない哀しさや切なさを感じさせる。
それから数分経つと、空は赤から紫、紺色へと変わり、星がいくつも出て来た。
部屋は電気をつけないと真っ暗だ。俺は電気をつけて椅子に座った。扇風機が音を鳴らし、首を振りながら風を作ってくれる。
夜は暑くなくていいな。目を瞑って外の虫の声を聞く。
「リューセー!ご飯よー!」
階段の下から雑音が聞こえて来た。
「はいよー。今行くー。」
はぁ、せっかくいい感じだったのに。
階段を下り、一階に行くといつの間にか親父が仕事を終え帰宅していたようで、食卓に座っていた。
「親父帰ってたんだ。おかえり。」
「おう。」
お、今日の晩飯はとんかつだ!よっしゃ!
母さんが人数分の飯を食卓に運ぶ。
「いただきまーす。」
俺はいちはやく飯に手をつける。あ、うっまいわ。
あまりに行儀が悪いらしく母さんが俺に突っかかってくる。
「こら、流星、もっと落ち着いて食べなさい。」
「だって冷めたら勿体無いじゃん。」
「いや、そーだけど…。」
俺は一番に飯を食べ終わった。
「ごちそーさまー!」
飯を食べ終わるとすぐに自分の部屋に戻る。今日はもう風呂入って寝るか。明日登校日だし。
風呂に入り、歯磨きをし、布団を敷き、寝る準備万端。さあ、寝るか。あ、結局宿題やらなかったわ。ま、いいか(笑)
眠りにつく前、意識が朦朧とする中、うっすら彼女の後ろ姿が脳裏に浮かんだような気がした。
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