第3話 元気な国の三月ウサギ
「やっぱりこの夢に入るんだ…。」
夜。伏木さんの言ったことに間違いは無く、俺は再びワンダーランドの地面を踏んでいる。夢は昨晩の続きのようで、気付いたら俺は湖のほとりに立っていた。
「遅い。良い子は11時に寝る、常識でしょう?」
伏木さんは既に湖に脚を入れて、ちゃぷちゃぷ水しぶきを上げている。
「俺は良い子じゃないんです。」
エアコンが壊れているせいで、暑くてなかなか眠れなかったんだ。それでも、まだ1時前。高校生男子にしては、けっこう健康な生活だろう。
「というか、その格好は何ですか?」
「見ればわかるでしょう?水着よ。気付いた時にはこの格好だった。」
俺も昨日と違って、水着姿だ。まるでこの湖に入れ、とでも言うように。
この世界の神様には、俺の心の声が聞こえているのかもしれない。というのも、昨晩出会ったマウスに比べて、伏木さんの水着は露出が多い。誰のおかげか分からんが…グッジョブ!
「もしかして、2時間近くの間水遊びして待ってたんですか?」
伏木さんが11時に眠ったとすると、俺がこの世界へ入るまでの約2時間、一人で過ごしたことになる。
「そんなわけ無いでしょう。ウサギを探しに行っていた。」
「え、一人にさせてスイマセン…。見つかりましたか?」
伏木さんは深くため息を吐いてから、身の陰に隠していたウサギの首を掴んで掲げた。
「いた。目的のウサギではなかったけれど。」
黄色っぽい色の体に、星空みたいな瞳。フワフワな毛に覆われた、一般的な大きさのウサギだ。
「ふぁぁぁぁ。新しいご主人様でいらっしゃいますか?!ワタクシ三月ウサギの…」
俺の姿を見て、ウサギは暴れ始める。これを狂っている、というのではないだろうか。
「伏木さん、こいつは狂ってないんですか?」
「いえいえ~。狂ってなんかいませんよ!新しいご主人様は初代様ほどの優しさがないのですね?!こんな人間よりも、ワタクシはずっとマトモなのですよ!」
うるせぇ…。伏木さんよりもマトモって嘘だろ…。
「本人がそう言ってるから、まだ狂人とは断言しない。間違っていたら無駄手間だしね。」
「はぁ?狂人の特定を‘手間’って言うのやめていただけますか?!」
「はいはい、悪かった。ごめんごめん。」
伏木さんが面倒くさそうに相手をする。
俺がいない間に何があったんだろう?妙に仲が悪いな…。
「まぁいいか。俺はハッター。」
考えても仕方がない。自己紹介をしよう。ウサギについて、何か知れるかもしれないし。
「存じております!!ワタクシは三月ウサギ。エイプリルとお呼びください!!」
「エイプリル…?」
「はい、エイプリルでございます!」
「三月ってマーチなんじゃ…。」
「エイプリルとお呼びください!」
「エイプリルは四月…。」
「エイプリルです!!」
「え、でも・・・」
「ストップ。永遠に終わる気がしないからストップ。」
伏木さんが口を出す。まったく、その通りです。
納得いかないが、こんなところで時間を無駄にしたくないのでバカみたいな自己紹介は終わりにしよう。
「で、エイプリルも一緒に行動するの?」
「もちろんです!!こんな正気じゃない小娘と一緒に行動するのは嫌ですが、マッド・ハッターのお供をするのが三月ウサギの役目なので!!」
とことん伏木さんを嫌うよなぁ…。
「じゃぁ、よろしく。…伏木さんと仲良くしてね?」
「「絶対に嫌ですっ!!」」
エイプリルと伏木さんの声が、キレイに重なった。
「超仲良しじゃん。」
「「違いますっ」」
なんでだよ…。
「ところで、今は何時?」
伏木さんが無言で懐中時計を掲げる。短針が指すのは、4と5の間。あと1時間半くらいで夢から覚めるのか…。
「エイプリルって、この世界の住人なのか?」
「はい!!ジャパンに住んでいます!」
「あ、そうなんだ…。」
意外にも、驚いたのは伏木さんだった。
「ペット?食用?」
その質問は聞いてはいけないのでは…?俺も気になるけど。
「バカにしているのですか!?現実では普通の人間でございます!」
「「え?」」
マジか。てっきりペットだと思ってた。
「ご主人様も一緒になって驚かないでくださいませ!」
星空みたいな瞳が潤んで、輝きが増した。
「あ、もしかして年上だった…ですか?」
「敬語になるのもお止めくださいっ。ワタクシは中学生でございます!!」
良かった。こんな狂った年上に絡まれたら、もしもカワイイ見た目だったとしてもツライ。
「ところで、これからドコを目指すんですか?」
「目的地なら決まっている。この三月ウサギがいた場所の、さらに向こうに数人分の人影が見えた。」
伏木さんが湖の先を指さす。
「話の流れ的に、ドードー鳥などの水鳥だと思われますね!!」
「話の流れ?」
「はい!原作の不思議の国のアリスですと、ネズミに出会ったあとに登場するのは水鳥なのです!!と言っても、ここで三月ウサギが登場するのはイレギュラーなので断言はできませんが…!」
いい情報を聞いた。
とにかく、湖の先に行かないといけないんだな。
…ということは、泳ぐのか。そのための水着だったのか。なんだか、何かに未来を読まれているようで気持ち悪い。
「今日中に進めるだけ進みたい。どうせ、明日は今日の続きから進むことになるから。」
「小娘の言うことを聞くのは嫌だけど…その意見には賛成です!!」
起きる時間まで、あと1時間くらい余裕がある。異論はない。
「待ってください!」
ふいに、後ろから声がした。
「えっと…私も、一緒に行ってもいいですか…?」
昨晩のマウスだ。
「…情けないですけど、ずっとここに一人なんて怖いんです…。だれかに出会えるまで、一緒に行動させてください…。」
マウスは下唇を噛んで、浮き輪を抱える腕に力を込めた。
「うん。一緒に行こう。伏木さん、良いですよね?」
「足手まといにならないならね。」
マウスの顔が明るくなる。
「ありがとうございますっ。こんな私ですが…しばらくの間、よろしくおねがいします…。」
ぜんぜん情けなくなんかないと思うけど。
「さぁ!ご主人様!!行きましょう、新たな出会いを求めて!」
エイプリルの小さな体に引っ張られて、湖に飛び込む。
うむ。この水、すごく冷たいし、少ししょっぱい。
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