第37話 ゆりか vs 狩野

 図書館の駐車場で車に乗り込み、出発してから数分。

それまでゆりかは、運転席でいつも通り澄ましている狩野をじっと黙って見つめていたが、ついに口を開いた。


 「なぜ、あの場にきたの?」


 「お嬢様を心配してです」

狩野が車を運転しながら答える。


 ゆりかが謎の男の子と2人仲睦まじく、内緒で駄菓子屋に行っていたのだ。

不思議にも思っているはずだろう。


 「質問を変えるわ。

なんで、あそこにいるってわかったの?」

狩野の表情が一瞬強張る。

「スマホのGPS機能です」

「…スマホ?」

「そう、最近は居場所を教えてくれるアプリがあるんですよ」


 ゆりかは目をスマホに向ける。

そういえば、最近のスマホはそんなことができるとテレビで観た。

しかしやり方はわからない。

まさか自分がその対象とされてるなんて!


 「スマホを車の外に放り投げてしまおうかしら」

ゆりかが真顔で窓の外を見つめながら呟くと、狩野が苦笑いした。

「せっかく買っていただいた文明の力なんですから、上手く共存すべきですよ」


 なんだそりゃ。

確かに自由に話せる電話が欲しかったが、GPSで自分の居場所がバレているというのは、見落としていた。

やられたかも。

「ちっ」

ゆりかは思わず舌打ちしてしまう。


 「あ、今舌打ちしませんでしたか?」

狩野がミラー越しにゆりかを見ている。

顔は驚きつつも、その声色はいつもより少し高い。


 「狩野、あなた楽しんでない?」

ゆりかが目を細めて狩野を見る。

「滅相もございません」

狩野が首を横に振った。

「狩野、あなたそんな性格だったかしら?」

「ははは。元々こんな性格なんですよ。仕事中はふざけないようにしてるだけです」

「それは私の前だとふざけてるということ?」

「ゆりかお嬢様と私との仲じゃないですか」

ゆりかの目がキラリと光り狩野を睨む。


 「という冗談話は置いといて…」

今まで楽しそうにしていた狩野が真顔になる。

「私はお嬢様の運転手ですが、護衛も任されているんです。

でも、お嬢様はずっと後ろをピタリと歩かれるのは嫌でしょう?

年頃の女の子だというのは理解しています。

だからこそ、近からず遠からずの場所からお守りしてるんです。

GPSのことはご了承ください」


 ゆりかは狩野の言葉に押し黙ってしまう。


 言い分は一理ある。

狩野は仕事を全うしているのだ。

それも父からの命と自分の希望に沿って。

狩野がゆりかの居場所を把握して、見守るっているのは、あくまでも仕事としてしなければならないことだ。


 ただ、一つだけ理解ができないことがあった。

そう、さっきのシーンについて。


 「理解はしてるわ。

ただ、駄菓子屋に現れた理由は?」


 再びされた質問に、平静を装っていた狩野の眉がピクリと動いた。

「…お嬢様と私の仲じゃないですか」

「答えになってないわよ」

ゆりかが身を乗り出し、運転席の狩野の顔に近づく。

「お金を払うため?

ううん、私だってお小遣いをもらってるから、払えるわ。

じゃあ、男の子といるのを監視するため?」

ミラー越しに見えるゆりかの顔が狩野には随分大人に見えた。

狩野の肩に手を置き、耳元で囁く。

狩野の身体が固まっていくのがわかった。

数秒の間をあけると、再び口を開く。


 「…それとも、私の反応を楽しむため?」


 その言葉と同時に車が急停止した。

狩野が急ブレーキをかけたのだ。

ゆりかの身体が大きく揺れた。

「ちょっと!危ないじゃない!」

「すみません、ちょっと驚いて…」

狩野の額に汗が滲んでいる。

少し驚かしすぎたかしら。


 狩野の様子を見たゆりかは「ふう」と息をつき、再び背もたれに背を付けて座った。

椅子に大人しく座る姿はいつも通りの愛らしい女の子としか言いようがないのに、その表情はいつもと違う。


 「ねえ、狩野」

ゆりかが落ち着いた声で狩野に話し掛けると、狩野が振り返った。

「おふざけもほどほどにね。

私を子供だと思ってるとそのうち痛い目に合うわよ」

いつも目にしている少女なのに、やけに大人びたゆりかに狩野は呆然としていた。


 そんな狩野を尻目に、ゆりかはしてやったりと思うのだった。


アラフォー改めアラフィフ女子を舐めるんじゃなくてよ!ふん。

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