第36話 ゆりか駄菓子屋へ行く

 本を返却し終えると、ゆりかと宗一郎は図書館の外へ出た。


 「暑い…」

真夏のムッとした暑さがゆりかの身体に纏わりつき、太陽が肌をジリジリ焼くのがわかる。

空を見上げると、あまりの太陽の眩しさに目を細めてしまう。

実は夏はあまり好きじゃない。

暑いのは苦手だ。


 ゆりかの少し重そうな口調を察したのか、宗一郎が「じゃあさ、アイスでも食べる?」と提案してきた。

するとゆりかの目が打って変わって輝いた。

「アイス食べたい!」


 夏はアイスに限る!

アイスは大好きだ。

いつもはお取り寄せしたり、お気に入りのジェラート屋さんに食べに行ったりしている。

 前世ではスーパーやコンビニのアイスをよく食べた。

たまにハーゲンダットを買って食べて、リッチな気分になってみたり。

そうゆうのもいいな。


 「この辺りにコンビニってあったかしら?」

 実は高円寺ゆりかに生まれ変わってから、コンビニに行く機会がめっきり減った。

急に入り用になったものしか買わないから、滅多なことでは利用しない。

コンビニに行ったら、お菓子にデザートにお弁当、フライコーナーも良いわね。

唐揚げも好きだ。

雑誌も立ち読みしたい。


 色々ゆりかがコンビニに対する想いを馳せていると、宗一郎が「せっかくだからコンビニじゃなくてさ、面白い所に行かない?」と衝撃的な事を口にした。


 なんですって…?

コンビニは面白いわよ?!

こんな機会は滅多にないのよ?

せっかくだからコンビニなのよ!


 ゆりかは口をパクパクさせるが、宗一郎は全く気づいていない。

しかし次の瞬間、宗一郎は笑顔でゆりかが願ってもいない提案をした。


 「駄菓子屋さん行こうよ」


*****


 宗一郎が連れて行ってくれたのは、図書館のすぐ裏手に住宅街にある駄菓子屋さん。

おばあちゃんが営む昔ながらの店だった。


 「うわー!

こんなところに駄菓子屋さんがあったんだー!」

昭和の匂いがする店内に、ゆりかは懐かしさを感じる。

沢山の駄菓子が並び、壁には古そうなポスターやクジが貼られ、おもちゃ類も売られている。

店前にはベンチが置かれ、子供達が座って、みんな思い思いに駄菓子を食べたり、ゲームをしたりしていた。

ゆりかが目を輝かせ、興奮しながら店内をキョロキョロと見渡すと、その反応が意外だったのか、宗一郎は嬉しそうな顔を見せた。


 「俺もこのお店をこの前、塾の先生に教えてもらったんだ!」

ほお、宗一郎君は塾に通っているのか。

まあ、6年生で受験生だもんね。

当たり前か。


 「駄菓子屋のこのレトロな雰囲気いいよね。

日本の古き良き時代な感じで気に入ったんだ」

「そうそう、この昔ながらの雰囲気!

日本ならではの感じなのよね」

 なんだか妙に2人で意気投合してしまう。

海外生活が多かったせいか、ゆりかはこうゆう古き良き日本的なノスタルジックさは、魅惑的に感じていた。

宗一郎もそう感じていたようだった。


 「あ、宗一郎君、アイス買わなきゃ!」

「アイスはこっちだよ」

宗一郎はゆりかの手を引き、アイスのケースに向かう。

昔ながらのアイスが並べられていて、ゆりかは興奮してしまった。

「あ!メロンのアイス!もろこしアイスもある!

どっちにしようかな〜。悩むなぁ」

ゆりかはケースの前で腕組みをする。

「俺はもろこしアイスにしようかな」

宗一郎はあっさり決めてしまった。

「もろこしアイスも捨てがたいわね」

「じゃあさ、ゆりかちゃんはメロンにして、俺のも味見したら?」

おお!なんていい人!

ゆりかは宗一郎をキラキラした目で見つめ、メロンアイスを手にとった。


 しかしその時、ゆりかの背後を、聞き覚えのある声の主が通った。

「すみませーん、このプタメンとうまか棒をください」

駄菓子屋には似つかわしい大人の男性の声。

ゆりかはアイスを持ったまま硬直してしまう。


 …まさか…?


 恐る恐る振り返ると、この暑いのに場違いな黒スーツ姿の男がいる。

その男がおばあちゃんにお金を払いながら、なにか楽しげに会話をしているではないか。


 ひ! か、狩野!


 ゆりかの全身から汗が吹き出した。

やばい!内緒で駄菓子屋に来たのバレた?


 狩野はレジ横のポットでプタ麺にお湯を注ぎ終えると、ゆりかと目が合い、軽く会釈をして何事もなく颯爽と出て行った。

対照的にゆりかは呆然として狩野を見送っていた。


 ???

なんで?

自分は駄菓子屋にいるのを知ってますアピール?

それとも何か新手の嫌がらせ?

いや、狩野はそんな性格ではないから、後者はありえないはず。

だとしたら前者?


 ゆりかたちも会計をしようとおばあちゃんのところに向かう。

すると「さっきの人があんたたちのアイスを払ってくれたよ」と言われた。


 …まさか会計の為に出て来たのかしら?

宗一郎はなぜあの人が払ってくれたのか不思議がっていた。

そうだよね…。

見ず知らずの人が払ってくれるのは怖いよね。

「あの人、一応家で働いてくれてる人なの」と狩野が使用人であることを正直に話すと、宗一郎は最初驚きながらも「どおりで。頭をペコってしてたわけだ」と納得し、笑っていた。


 「ゆりかちゃんち、日本なのに使用人がいるなんて、すごいねー」

おや、メキシコでは居たような事を言ってなかったか?

「宗一郎君ちはいないの?」

「日本に帰ってきたら、普通の暮らしだよ。

普通のマンションに、親の運転する車、電車にもバスにも乗る。

掃除洗濯、家事は全部自分たち!」


確かに前世のゆりかも宗一郎と同じだった。

海外赴任中は会社が手当を出してくれるし、身の安全にと、高い生活水準で生活できる。

けれど、日本に帰ってくると、至って普通であった。

普通のサラリーマン。

普通の子供。

目の前にいる宗一郎は普通のサラリーマンの子供なのだ。

今のゆりかには貴重な友人だ。


 アイスを食べるため店前のベンチに座ると、宗一郎がゆりかの目の前にアイスを差し出した。

「ゆりかちゃん、先に食べていいよ」


ゆりかは一瞬躊躇した。

このままパクリといっていいものか。


 仮にゆりかが先に食べてしまったのを、宗一郎が食べたら……これってあれでしょ?

間接キス!

しかも下手したら歯型がつくかもしれない。

間接キスどころかもっとディープな気がする…。

おばちゃまの気にし過ぎでしょうか?


 「……本当にいいの?」

ゆりかが訊くと、宗一郎は「どうぞ」と笑う。


 そうか。宗一郎は間接キスとか気にするタイプじゃないのね。

悠希だったら、冷凍して永久保存するとか言いそうだ。


 「じゃ、遠慮なくいただきます」

ゆりかは宗一郎の手にあるトウモロコシの形のモナカアイスを遠慮なく一口パクリと食べる。

普通のモナカアイス。

ジワリと口の中に広がる甘味が懐かしさを感じさせる。

「美味しい」

ゆりかが満面の笑みを浮かべると、宗一郎は嬉しそうに「もう一口いる?」と勧めてきた。

しかしそれでは、宗一郎のがなくなってしまうので、これ以上は遠慮する。

これでも私、大人ですもの!


 「大人も駄菓子屋に来て買い物するんだね」

宗一郎がアイスを頬張りながら、無邪気に笑う。

あー…狩野のことね。

ゆりかは苦笑してしまった。

「そうね。案外、大人も駄菓子屋は楽しいのよ」

「ここは塾の先生が教えてくれたから、塾の先生も好きなのかな」

きっと好きだろう。

私もそうだ。

ふふふ。


 でも、狩野が突然現れたシュールな状況を思い出すとだんだん渇いた笑いに変わってしまう。

どうやってここにいるのを知ったのかしら?

つけられたのかしら?

それとも私どこかにGPS付けられてる?!

思わずポケットを探ったり、服をパタパタ払ったりしていると宗一郎が「なにか探し物?」とキョトンとしていた。

考えだしたらソワソワして落ち着かない。

正直アイスの味もなんだかよくわからなかくなってきた。


 「宗一郎君!私、この後予定があったの。

そろそろ失礼するわね」

ゆりかはアイスを食べ終わるやいなや、ベンチから立ち上がる。

「あ、じゃあさ、また今度」

宗一郎が何か言おうとしていたが、ゆりかが「うん!また今度!」と遮った。

そして急いで図書館の駐車場に戻ってしまった。


 それを後になってひどく後悔をした。

スマホを普段使わないせいで、連絡先の交換も思いつかなかった。

次に会いたいと思っても、それはあとの祭りで、宗一郎とはそれっきりとなってしまったのだった。

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