第35話 宗一郎との約束の日
宗一郎と出会ってちょうど2週間目の約束の日になった。
もう夏休みも後半にさしせまってきている。
宿題は余裕で終えているし、あとは夏休みの思い出の絵を描くだけ!
思う存分遊べる。
ゆりかはお気に入りの白いチュニックブラウスに、デニムのショートパンツを選び、髪は久々にポニーテールにする。
また水遊びすることになってもいいように、タオルと日焼け止めと水筒と麦わら帽子と…あ!着替も必要?
宗一郎君の分も?
あれこれ詰め込んでいると、まるで前世で赤ん坊とお出かけしていた頃を思い出す。
あらやだ、マザーズバッグみたい。
これじゃ、子持ち主婦さながらだ。
玄関先ではちあわせた兄にパンパンになった鞄を見られると、「今日は図書館に泊まるの?」と怪訝な顔をされた。
いえ、お子様とお出掛けです…。
言えないけど。
*****
図書館の前でいつも通り狩野に降ろしてもらい、帰りに迎えに来てもらう約束をした。
ただ図書館の中に向かうゆりかの足取りはいつもより軽く、浮き足立っているのが、はたから見ても見てとれた。
そんなゆりかの後姿を見る狩野の目が、いつもより鋭かったことにゆりかは気づいていない。
「ゆりかちゃん!」
ゆりかが休憩室に行くと、すぐに宗一郎が手を振ってくれた。
「宗一郎君」
ゆりかはなんだかこそばゆい気持ちになり、顔の横で小さく手を振る。
宗一郎の近くまで行くと、今日もテキストとノートを広げているのが見えた。
「いつから来てたの?宿題?」
「ちょっと前からきて試験勉強してたんだ」
「試験勉強?」
ゆりかが首を傾げる。
ゆりかの行く学校はお坊っちゃんお嬢様学校で、ほぼエスカレーター式だ。
余程酷い成績をとらない限りは大学までは行けてしまう。
中・高・大の偏差値は70近くとかなり高く、優秀な外部生たちが入ってくることで、バランスがとられていた。
「国立ってエスカレーター式じゃないの?」
「付属の中高大はあるけど、進学試験があるよ。
簡単には入れてくれないんだ」
宗一郎が苦笑する。
「そうなんだね。
うちはそういうのないから、のんびりな感じよ」
ゆりかは今のところ、小学生の勉強なら問題なくついていけた。
さすがに中学生になったらキチンと勉強しないと上位に食い込めないと思っている。
前世でそこそこ勉強ができたといえど、もうだいぶ忘れてしまっている。
何せ中学生だったのはうん10年前…さすがに厳しい。
ちょっと勉強の仕方を考えないといけないかもしれないなぁ。
「俺ずっとサッカーばっかりやってたから、このままだとやばくてさ」
宗一郎が頬をぽりぽり掻く。
「日焼けしてると思ったら、サッカーやってたんだ!」
おお!なんだか納得。
日焼けした肌と短髪からスポーツ少年に見えたんだ。
「もう今はやってないけどね。
このままいくと外部受験になるかもしれない。
帰国子女枠も使える学校があるみたいだし」
そうそう、帰国子女枠ね。
前世の自分も帰国子女だったから、その手を利用したわ。
それで進学先が選べるなら、それを使わない手はないわよ。
ゆりかが昔のこと思い出していると、宗一郎が質問をしてきた。
「ゆりかちゃんは、
「そうよ」
「お金持ちのご令嬢とご子息が多いんだよね?」
ふと悠希と貴也の顔が頭に浮かぶ。
「…ええ、そうね」
「じゃあ、ゆりかちゃんもお嬢様なんだ!」
あえてそう言われると抵抗がある。
高円寺家は聖麗学院の中でも上位に入る家柄であるが、ゆりかはそれをひけらかしたいと思わなかった。
「まあ、それなりに」
ゆりかが苦笑いをして答えた。
「学校は楽しい?」
宗一郎からの質問に、再び悠希と貴也の顔が浮かぶ。
ゆりかと愉快な仲間たちである。
「ちょっと癖のあるお坊ちゃまお嬢様が多いけど、それなりに楽しいと思うわ」
「ははは。
じゃあ、ゆりかちゃんもその1人なの?」
宗一郎に笑われ、ゆりかは微妙そうな顔をした。
癖のあるお嬢様ですって…?
確かに年不相応の中身なのは否定しないが、そんな癖は強くないわよ。
「あ、ごめん、ごめん」
宗一郎がゆりかの顔に気づき、すかさずフォローをいれる。
「俺は少し癖のある人って好きだよ。
そういう人のが面白いと思うんだ」
そう話す宗一郎の目は真っ直ぐゆりかを見ていて、なんだかドキドキしてしまう。
まるで自分を好きと言われているような気がした。
私、なんてことを考えているんだろう。
勘違いも甚だしいに違いない。
恥ずかしくて思わずゆりかは視線をそらし、話を変えてしまう。
「そういえば、本返さなきゃいけなかったのよね」
ゆりかは鞄からガサゴソ先日の本を取り出す。
「ああ、そうそう、俺も返しに行かなきゃ」
宗一郎もそう言って鞄を探ろうとしたが、一瞬動きをピタリと止め、ゆりかにニッと笑った。
「これ返したらさ、また外で遊ばない?」
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