第6話 再び、裏庭

見られている。

常にそんな思いが拭えなくて、落ち着かない日々を過ごす。

両親から私に注がれていた視線は、穏やかにミントを見守るためのものではなかった。これまで気付かない間もずっと監視されていたのかも知れない。

きっと、私に対する違和感なんてとっくに気付いていたのだろう。ひょっとしたら最初から私がミントではない事を知っていたのかも知れない。


一度気になると、次から次へと疑惑が浮かんできてしまう。

裏庭にある“美兎”のプレート。

勝手に兎だと思い込んでいたけれど、そもそもあそこに埋められているのはペットの兎なのだろうか?もしかしたら…。もしかしたら…。


限界だった。

ベッドに横たわる私の耳に聞こえてくるのは、秒針の音。急かすように一定のリズムを刻む。


カチ、カチ、カチ、カチ。


…。


カチ、カチ、カチ、カチ。




ミントの学年は今日か二泊三日の林間学校に出掛ける。行動を起こすなら、今日しかない。

裏庭を調べて、埋められているものが何なのか見ない事には悪い妄想で押し潰されそうだ。なぁんだ心配して損した、なんて事になるかも知れない。そうであって欲しい。

そして問い詰められる前に林間学校へと逃げてしまえばいい。周りの目を盗んで、お土産代としてもらったお小遣いで美羽の所在を確認しに行くんだ。そのまま逃げて、ここにはもう戻らない。絶好の、唯一のチャンスだ。


時刻は朝の四時。

夏の空は明るくなってきた。両親はまだ寝ている。玉砂利の音で気付かれるかも知れないけれど、それでも私は小さなシャベルを持って裏庭に向かう。

確認、しなくては。

真実を明らかにして、この訳の分からない恐怖心を少しでも消し去りたかった。危険なことをしようとしているのは自分でもわかっている。それでも、調べずにはいられない。


明け方の空気は私の一つ一つの物音を響かせて、気配を消す邪魔をする。

ゆっくりと玉砂利の上を歩き、なるべく音が鳴らないように注意を払う。

家の中もまだ静寂に包まれているようだ。


軒下に手を伸ばし、プレートの刺さっている土を静かに掘り返した。最初は控え目に、二度目は大胆にシャベルを突き立てる。

背中に汗が伝う。暑さのせいだけじゃない。緊張で口の中がカラカラだ。しゃがんだ膝の裏も、じっとりと湿っている。


最初に見つけたのは、ビニールに包まれた小さなノートだった。そっと指先で摘み、土を払って中身を取り出す。


母子手帳だ。

一気に全身の毛穴がひらく。

震える手でページをめくると、両親の名前と“美兎”の文字。

生年月日を見ると、今のミントと同学年。早生まれの三月。


干支でいうと卯年…うさぎどし、だった。


母子手帳の下にも何か埋められているようだったけれど、確認しなかった。

いや、正確には、恐ろしくて確認することができなかった。あんなところに母子手帳が埋められているだけで充分異常だ。


あれは兎のお墓なんかじゃない。

母子手帳の下に埋められていたのは、もしかしたら…!


考えただけで気が狂いそうだった。

一刻も早くこの場を立ち去りたくて、出したものを埋め直し、急いで家の中に入った。

両親はまだ起きて来ない。

手も洗わず部屋に戻った私の顔は、恐怖で涙に濡れていた。

呼吸をすることも忘れていた私は慌てて息を吸い、喉の奥がひゅぅひゅぅと鳴る。


階下でカタンと音がする。続いてカーテンを開ける音。誰か起きて来たんだ。


もうすぐ母親が私を起こしに来る。


いつまでも震えが止まらなかった。

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