第5話 家の中

その夜はなかなか眠れなかった。


必死に頭の中を整理する。

私は、ミントとしてこの家で目が覚めた。

小学校五年生の女の子で、ひとりっ子。両親は穏やかで優しく、何も変わったところは無かった。無かったはずだった。あの裏庭を見るまでは。

軒下の目立たないスペースに刺さっていた“美兎”のプレートは、この家の両親の常識人としての印象を覆すのに充分な材料だった。

更に、家の中を探ったことを、留守だったはずの両親は気付いていた。それを問いただすでもなく、まるで今晩のおかずの話でもするように私に警告した。警告。私は、そう感じた。


裏庭に立てられたプレートの不気味な情景が脳裏に焼き付いて離れない。

飼っていた兎が死んでしまって裏庭の片隅に埋葬したと考えるのが無難だろう。

でも、“美兎”と名前の書かれたプレートは新しく、少なくとも娘のミントが生まれる以前のものには見えなかった。そうなると、この家の両親は飼っていた兎と一人娘に同じ名前を付けていたことになる。どう考えても不自然だ。


新しい砂利。新しいプレート。

最近敷き詰められた砂利は、庭の景観を飾る物では無く侵入者がいたら音が鳴るように用意された物ではないか。

だとしたら何故?答えは一つしかない。あの場所を第三者の目から隠す為だ。


この家には写真がない。

もし写真があれば、この家の歴史、というと大袈裟だけれど過去の事が少しは分かるかも知れない。裏庭のプレートが何なのか謎を解く手がかりになりそうなのに。

比較的裕福な暮らしで家族仲は良いように見えるけれど、リビングに飾ったりアルバムにしてすぐ出せる所に置いておくような習慣はないようだ。

もし、どこかに隠しているなら別として…。


チャンスは翌日にやってきた。

学校から帰ると、母親が買い物に行くと言って出掛けた。その隙を見計らって、急いで家の中を調べる事にした。

生まれた時の写真や七五三の記念撮影くらいはあるだろうと、痕跡を残さないように家の中を探し回る。娘のミントの写真はないか、飼っていた兎の写真はないか、隈なく。子供部屋。両親の寝室。キッチンの戸棚の中まで開けてみた。

思い付く限りの場所を当たり、そこらじゅうの収納を開けても、不自然なくらいきちんと整頓されたそれらの中からは何も見つけらなかった。


一通りの捜索が終わりリビングのソファに座って茫然としていると、両親が揃って帰って来た。


「すぐそこでお父さんに会ったのよ。」


そうなんだ、と相槌をうちながら考えていた。


十七歳の私は自分の家族しか知らない。他所の家の中のことは良く見たことがないし、何が一般的なのか基準もはっきりしていない。

だけど直感でわかる。

この家は何かおかしい。

これだけ探して、写真一枚出てこないなんて。

急に、この両親が知らない大人であることを思い出し身構えてしまう。怖い。


「もうすぐ林間学校ね。」


母親に言われてはっとする。

いつもと同じように穏やかな優しい口調だ。


「買い忘れたものはないかしら。」


たぶん大丈夫、と答えてミネストローネの器に視線を落とす。

相変わらず過保護な二人の視線が私を包んでいた。

続けて父親が口を開く。


「それと、探し物は見つかったのか?」


どくん、と心臓が跳ね上がった。


この両親は知っている。

私が何かに気付いたことを。

夕方、こっそり家の中を調べたことを。


ミネストローネの赤から目が離せなくなった。


この家は、おかしい。

耳の奥が熱くなるのを感じた。

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