第4話 裏庭

小学生の“私”が一人で出掛けることは可能だろうか。


勿論バスの乗り方や切符の買い方なんかはわかる。これまでの生活で完全に一人きりになるチャンスは数える程しかなく、それも母親が買い物に出掛けている短時間だけだった。その隙をついて、一人でバスと電車に乗り、美羽が住んでいる土地に行けば、現状を把握するヒントになるんじゃないかと考えた。


幸い、今いる場所と元いた場所は、飛行機や新幹線に乗らなくても一時間半もあれば到着する距離。同じ軸の世界かどうかは、確かめてみないとわからないけれど。


いつどうやって出掛けようか。

交通費だってかかる。

ミントの身の回りには現金が見当たらないので、きっと必要な時にその都度両親が与えてくれていたのだろう。私の家でもそうしていた。

出掛ける場合は周到に予定を組んで、上手い言い訳を考えないといけない。


元の生活に帰りたい一心で、あれこれと考えを巡らせながら子供部屋の窓から何気なく外を見ると、ちょうど母親が庭の裏手から現れたところだった。手には何も持っていない。


裏に何かあるのかしら。

確か、外から見た限り塀に直面していて何かあるような雰囲気ではなかった気がしたけれど。


二階の窓から覗く私の視線には、気が付いていない。


こういうのを第六感って言うんだっけ。

何故だか気になって仕方がない。心が騒ついた私は立ち上がった。


母親が家の中に入り洗面所に向かったのを確認してから、そっと庭に出た。

広くは無いが、一台分の駐車場の脇には寄せ植えされたプランターが丁寧に並べられている。あの母親が手入れしているのだろう。


建物の西側に回ると、大人が一人通れるくらいの幅で白色の玉砂利が敷いてあるだけだった。そのまま裏手に回るが、特に植物もないし納屋があるわけでもない。


こんなところに何の用があったんだろう?

一応、家の周りをぐるりと見てみることにする。


塀に囲まれた狭い通路は歩くたびにジャリジャリと低い音が鳴る。まだ綺麗なので、この玉砂利は最近敷かれたような感じだ。

裏まで敷き詰めなくてもいいのに。


もうすぐ陽が落ちるというのに、まだ外は暑い。日陰にいてもじっとりと汗が滲む。


ふと、軒下に砂利が敷かれていないスペースを見つけた。

むき出しの土にプレートの様なものが刺さっている。あんなところに何だろう。ちょうど、金魚かなんかのお墓みたいな…


「なにしてるの。」


声に驚いて振り向くと、いつのまにか少し離れた所に母親が立っていた。声は穏やかだけど笑ってはいない。


「こっちへいらっしゃい。どうかしたの?」


答えに一瞬詰まる。

私は、やっとのことで声を出す。


「ちょっと探検しただけ。なんでもないよ。」


慌てて引き返し、ゴロゴロとした白色の玉砂利に足を取られそうになりながら何事も無かったかのように玄関へ戻る。



本当は見てしまった。

隠す様に刺さされた軒下のプレートの文字を。


“美兎”と、確かに、書かれていた。

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