第3話 美兎(ミント)
“ミント”という名前は、“美兎”と表記するらしい。
あの穏やかそうな両親の印象からは少し意外な命名だと思った。もっと一般的に読みやすい名前を付けそうなイメージなのに。
ミント本人は寅年生まれだし…ハーブか兎が好きなのだろうか。
それとも今はこういう名前が流行ってるのかしら…。
今日も朝起きたら、私はミントだった。
意識や記憶は美羽のまま。
高校生の学力で小学校をやり直したら天才児だと持て囃されるだろう…なんていうのは、楽観的な人の想像であって、私にとっては実際、苦痛でしかなかった。
そもそも他人なんだから、気をつかうことの方が多い。
とにかく目立たないように、おかしな事を言わないようにと常に神経を尖らせていた。周りの人たちに与える違和感は最小限でなければいけない。
筆跡や喋り方は癖が出ないように極力人目に触れる機会を少なくした。学校の授業も、同級生とのやりとりも、もちろん家庭での何気ない会話も、張り詰めた神経でミントという小学生を演じることに集中した。
優しく私を気に掛けてくれる両親に、なるべく心配をかけたくはなかった。
もちろん、美羽じゃなくて小学生のミントに対するものなのはわかっているけれど…。
この両親は、気付いていないのだろうか。何も違和感を感じていないのだろうか。
あまりにも常識やぶりな出来事で、何から考えればいいのか頭が付いていかない。
元号や通貨などは私の知っているものと同じだったし、それどころかテレビに出ているタレントや最近のニュースまで同じだった。
でも、いくら探しても、二日前にいなくなったはずの女子高生に関するニュースは見つけられない。
毎日ちゃんと門限までには帰宅して、無断外泊もなく悪い友達とも付き合わなかった私を、親は必死に探しているはずなのに。とっくに捜索願いが出されているはずなのに。
どうして…?
三日目も四日目も、テレビや新聞、インターネットを利用して記事をくまなく探したけれど、美羽に関する情報は得られなかった。
ここは、一体どこなのだろう。
いわゆる平行世界…パラレルワールドなのだろうか。
だとしたら、どうやって元いた世界に戻れば良いのだろう。
そして、私が来る前日までいたはずの本来のミントは何処に行ってしまったんだろう。
足首をわざと出して寝る事は何回も試した。
それなのに、いつまでも私はミントだった。
何事もなく一週間が過ぎた。
朝起きるとリビングには両親が揃っていて、食卓に置かれた朝食を食べ、クラスメイトの女の子二人と一緒に学校へ向かう。
母親は専業主婦で、父親は何の仕事をしているのかはわからないけれど、ミントより後に家を出て夜には帰って来る生活だ。
住んでいる所は似たような一軒家が並ぶ住宅街で、電車の音が聞こえないから駅からは離れているのだろう。
この環境に慣れることは、この先も無い。
私はただ目が覚めたら高校の保健室にいることを願って、タオルケットから足を出して眠るだけ。
今日も、明日も、明後日も。
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