第4話、焦燥され始めた戦闘

「ご無沙汰しております、附田優美様」

  狐はいつもと変わらない飄々とした態度で出迎えた。私は今日の憤りをこのぬいぐるみにぶつけた。

「何で今日はこんなに早く通知がきたのよ。こっちにだって予定が有るんだから、そこらへん考慮してよ」

「ですから本日の朝にお伝えいたしましたでしょう。今日は都合により何時もより早く通知がきますよ、とね」

  そんなこと言っていたかなぁ?と思い私ははっとなった。今日の朝の現状確認、殆ど聞いてなかったんだよなぁ。

「その顔から察するに、やはりきちんと聞いていなかったんですね」

  狐はそう言ってわざとらしく溜息をついた。

「まぁいいでしょう。相手の方も準備が出来ているということなので、早速戦ってもらいます。ルールはいつも通り、時間は5分、相手を瀕死状態にすると勝ちとみなす。以上ですね。それでは、あのゲートをくぐって下さい」

  狐に誘導され、私は左斜め前方に見えるゲートをくぐる。白くて円形になったゲートはこの真っ暗な世界ではとても目立っていて、無理して見つけようとする必要の無いほどに目についた。このゲートは、私を変貌させる。引っ込み思案な女子高生から、戦場でもがき苦しむ女剣士へと。

  白のワンピースはゴツゴツとした鉄の鎧に変わり、これまでスマホを握っていた右手には太い剣が収まった。そして頭には鉄の兜がスッポリと嵌められ、肘や膝にもそれ相応の防具が準備されている。それらを全て装備して、私は戦場に立った。視線の先には、相手の姿。この一年間戦い続けている、私の敵。果てしなく続く地平線へと変貌したフィールドの上で、二人の剣士が睨み合っていた。

「なんか今日は、いつになく力が入っていますね。鬼気迫る顔してますよ」

  狐のこの言葉を耳にして、わたしはふっと視線をズラした。私、そんなに怖い顔してたかな?それでも、再び敵に視線を向けると、私は力強く言い放った。

「今日こそ、奴を仕留める」

  私は唇を噛んで、右手の剣を強く握った。強烈な宣言だった。自分でも、こんな過激で熱血な台詞を言った記憶はない。それ程に悲しみ、苛立ち、憤っていたのだ。私の失くした青い春は、奴のせいで終結した。奴を倒したとしても決して戻りはしないが、倒さねば気が済まない。そんな感情が渦巻いては漏れ出ていた。この中には、終わった恋の責任を敵にぶつけるといった、一種の被害妄想も含まれていたのかもしれない。それによって、私の心は更に燃え上がったのかもしれない。

  私は剣を敵に向けた。敵も同様に、剣を私に向ける。敵は私より重装備で、パワー型。あまり動かずじっと構え、一振りを正確に当てる、そんな戦い方を採用していた。それに対して私は完全なるスピード型。ちょこまかと動き回って出来るだけ多くのダメージを与え、じわじわと追い詰めていく戦いを繰り広げていた。だから初期は、敵に攻撃するのが嫌だったのか、戦場を思いっきり逃げ回る私と、追いかけるも鈍足ゆえ追いつかない敵とのランデブーが展開された。しかし、それも今は昔の話。

「それでは、始めてください」

  狐のこの言葉を皮切りに、戦闘は幕を開く。私のやることは決まっていた。一直線に敵へと向かっていく。猪突猛進、一点突破。案外こういう迷いなき単純戦法が通用したりするのだ。

  刃を振り下ろす。相手ももちろん反応する。無数の傷が刻印された白い刃同士がぶつかり、ガキンと鋭くも何処か鈍い音が響いた。そのまま数コンマ刃が止まった。鍔迫り合いが始まると、力で劣る私の負けだ。私は咄嗟に刀を引き、間合いを取るために後退した。粘り強く相手に食らいつくようなことはしない。あくまでも短期勝負。自慢のスピードと俊敏性で相手に無数の傷を負わせるのが、私の戦い方だからだ。

  ふわりと体を浮かせ、軽く一回転して間合いを取る。実世界では到底できない身のこなしだ。最初はこんな些細なことに感動していたが、日常となってしまっては何の感慨もない。

  しかし、ここで相手が動いた。いつもは泰然自若と構える敵が、この日は突撃を開始したのだ。柔らかく着地した私に対して、間髪入れずに近づいてきたのだ。これはこれまで1年間の戦いの中で全く無かったことだった。

  不意をつかれた私は、そのまま敵の一撃をもろにくらってしまった。振り下ろされた刃は、順調にいけば私の脳天を真っ二つにするところだった。私はとっさの判断で腕を差し出した。お蔭で致命傷とはならなかったものの、右腕に確かな斬撃を受けた。私はすぐに後方へと下がった。ジンジンと痛みが続き、まともに剣すら握れない右腕を掴んで、ぎりっと敵をにらんでいた。威嚇のつもりだったが、敵は動じない。その時、私にはその場にとどまる時間など残されてはいなかった。第三段目の攻撃を繰り出してきたのだ。

 舞い上がる砂塵がおおいかぶさるかのようにせまってくる。私は必死に逃げた。まるで一年前をプレイバックしたかのような構図だった。逃げ惑う私と、鈍足ながら追いかけてくる敵。しかし、私はもう右手が負傷して、ろくに使えなかった。だから反撃しようにも中々チャンスがない。

 左手に握られた剣が泣いていた。大量出血している右腕がうなっていた。ちらっと時計を見る。あと3分。まだ半分も来ていなかった。

 このまま逃げ切ったら…いや、このまま逃げることに徹したら、確実に逃げ切れるだろう。敵は決して鈍足が治ったわけではないのだ。現在でも、右腕のハンデを背負ってもなお私は敵の動きを見切っていた。逃避、これがこの局面で一番賢明な選択であると、私は認識していた。

 でも、本当にそれでいいの?

 私は一生懸命かわしながら、敵の動きを観察していた。どこかにスキはないか。しかし元々守備力の高い敵は、スキのないように振る舞っている。その上耐久力も高い。スピード以外では中々弱点の無い敵だ。

 そもそも、敵は何でこんな博打に出たのだろう。守備力と耐久力が高いのならば、自分から積極的に動くのはむしろリスクが高いはずだ。それでも敵は動いた。何故だ?もしかしたら、敵も思っていたのかもしれない。ここで動かなければ、このゲームは終わらないと。もしかしたら、敵も私のような思いを抱えているのかもしれない。現実をうまく生きられない私と同じように。そんな妄想を膨らませると、少しだけ目の前の敵を同情してしまう私がいた。

 だからと言って、この勝負を負けるわけにはいかない。

 パッと時計を見たら、残り1分。よく逃げてきたな、私。そのせいか、徐々に息が上がり始めているのが目に見えた。その時、私ははっとなった。私が息を切らしかけているんだ。スピードと体力に自信のある私のアバターが、だ。ならば、相手だってある程度疲れているはずだ。

 私は左手で剣を強く握った。利き手じゃないから、振り上げるのでも精一杯だ。それでもぎろっと睨み付ける。敵はポーカーフェイスなのか、疲れているようなそぶりを見せていない。いや、大丈夫だ。狙い目は、敵が動き、相手の重心が動いた瞬間。

 自分と敵の間はそこまで広くなかった。ならば、私のアバターのスピードなら、一瞬でこの間を詰められる。私はじっと、敵の右足を見た。敵は左足を前に出して構えていることが多い。だから自然と重心は右にかかる。そして右足が離れると同時に、敵は間合いを詰めてくる。そこが狙い目だ。

 敵の右足が、地面から離れた。刹那、私は低く飛んだ。大股で一歩、相手の懐に入り込んでいく。スピード勝負ならこっちに分がある。私はまず、刃を下から上に振り上げた。間髪入れなかったので、敵は少しだけ驚いてのけぞってしまった。私はその時見えていた。相手の心臓が、すっぽり空いていることに。

 私はそのまま剣を突き刺そうとした。敵もとっさの判断で急所を外したため、突き刺さったのは肩だった。それでも精一杯押し付けたためか、敵は肩に私の剣を突き刺したまま数メートル吹っ飛んだ。そして鎖骨のあたりから血が流れていた。残り時間は、一秒もなかった。

「はい、そこまで」

 この声が響くと、私はへたり込んでしまった。むっくりと起き上った敵とともに、広い広い荒野の真ん中で座り込んでしまった。私は右腕、敵は左肩に重傷を負っていて、もはや立ち上がる気力すらなかった。ただただ呆然としていた。

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