おおかみのやしろ

「オルランド! 俺と手合わせしろ!」

 久しぶりに訓練所に姿を見せたリベリは、入ってくるなりそう怒鳴ると挨拶もそこそこにオルランドの正面に立ってマントをめくり上げた。そこには先月のいくさで失ったはずの左腕があった。

「まさか貴様、怪しからぬ魔法を……」

「魔法ではない魔術だ。この刻印を見ろ」

 リベリが左腕をひねると肘に小さく『Z』と刻印されていた。

「ではこれがあの……」

「そうだ。あの〈ナポリの魔術師〉の作だぞ」

 まるで美術品でも自慢するような調子で付き出されたリベリの腕を叩いたりさすったりしながらオルランドは感嘆していた。まさかこれほど精工な物だとは想像もしていなかった。

「信じられん。まさに魔術だ」

「見た目だけではないぞ。手も握れる。盾が使えるのだ。さあ剣を取れ」

 死んだも同じだ。そう言って気落ちしていた友が、以前と同じように覇気はきに満ちた態度に戻っている。オルランドががしらを熱くしていると、かすかな声が聞こえた。


 ――オルランド。王がお呼びです。


 アデーレの声だ。国王直属の魔法使い直々じきじきの招集とは。オルランドはリベリに「すぐ戻る」と言うとけ足で訓練所を飛び出した。

 謁見えつけんの間には、初老の男――ナポリ王国国王アルフォンソ十一世――が椅子に座って脚を組み、頬杖を突いて髭をねじ繰りながらオルランドを待っていた。

「王にかれましてはご機嫌うるわしゅう……」

 最敬礼をしかけたオルランドに王は面倒なことは止せとばかりに手を振り、人差し指をひょいひょいと動かした。オルランドが前に進み出ると王は天井を見上げ「これより話す」と誰に言うでもなしにつぶやいた。かすかな声が返事した。


 ――御意ぎよい


 声と共に部屋の一番奥の壁がズズッと重たげな音を立てて割れ、人一人が通れるほどの入り口が現れた。

 王は立ち上がると部屋の奥まで歩いて行き、入り口の前で立ち止まるとオルランドを振り返り一瞥いちべつを与えて中に入った。オルランドは慌てて王の後に続き、体を横にしてどうにかその巨体を入り口にねじ込んだ。二人が中に入るのと同時に壁は再び閉じた。

 内部は十メートル四方ほどの単なる空間だった。中央に大きな台があり、その上に石版が乗っていた。

「これは?」

「シラクサで掘り出してな、調べさせていた」

「これは……この文様もんように何か意味があるのですか?」

「なんでも古代文字とのことだ」

「これが文字? 一体何と書いてあるので?」

「解読させたところ『おおかみのやしろ』に行けば『ねがいがかなう』と書いてあるらしい。オルランド。お前ちょっと探してきてくれ」

 不思議な幾何学模様が刻まれた石版を眺めていたオルランドは驚いて顔を上げた。

「私めが、ですか? 文官でなく?」

「そうだ。ピッノキオも同行させるゆえ

「王子を!? 何故です?」



「話の途中で済まんがな、オルランド」

「はっ。何でございましょうか?」

「我がナポリ王国の王子は確かフェドリケと申されたと思うが」

「御披露目されたフェドリケ王子はおとうとぎみなのです」

 弟? しかも兄の名がピッノキオ? ゼペットは眉間にしわを寄せて聞き返した。

「フェドリケ王子に兄上がいらっしゃるのか?」

「いかにも。我がナポリ王国の第一王位継承者は他でもないピッノキオ・デ・トラスマタラ王子にあらせられます」

 確かにジアッキーノ殿は『高貴なお方』と言っておったが……いくらなんでもそれは……そうだ。あれはちょうど十年前の事だ。ならば今年で十歳になるはず。

「フェドリケ王子は確か今年でとおになられるだろう? 兄上の、ピッノキオ王子はお幾つなのかね?」

「やはり十歳であります」

「なんでだ? 兄なんだろう?」

「そうですが歳は同じです。双子ですから」

「双子!?」

 さる高貴な方のご子息で、十歳で、双子で、一人は名前がピッノキオ? ぜんとしているゼペットをオルランドがうながした。

「ゼペット殿。先を続けてもよろしいですか?」

「あ、ああ」



 国王アルフォンソ十一世は驚いて自分を見つめるオルランドに「ジョバンニの事は知らぬか」と切り出した。

「お名前はだけは。政務官殿かと」

「あれが何やら企んでおる」

「企む? ほんですか?」

「そうとも決めつけられぬのが厄介でな。王位継承を見越しての事よ。ピッノキオはやまいゆえ、披露目ひろめり行ったのは弟のフェドリケだけだ。ピッノキオは命こそ助われたが、あのような体になった」

 オルランドは「おいたわしいことです」と言って頭を垂れた。

「ジョバンニは長く姿を見せぬピッノキオに何かあるとにらみ、フェドリケに取り入っておる。いずれは第二王子こそ真の継承者だ、と騒ぎたてよう。おのれが実権を握ろうという算段さ」

「不らちな奴め!」

「食えぬ男よ。城内でもすでに何人か抱き込んでおるようだ。傀儡かいらいとなる前に止めねばならん。それでピッノキオを人間の体にする手立てを探していた」

「しかしなぜ王子おんみずからを?」

「これはな、」王は机の上に乗っている石版を指差した。

「当事者、つまりピッノキオがいなければならん、と読めるらしい。まあそれはそうだろう。祝福を受けるわけだからな。それが一つ。あれをジョバンニから遠ざけるのが一つ。そしてもう一つが……」

 王は髭をねじると、まだ納得がいかぬ、という顔をしているオルランドの腕をポンと叩いた。

「かわいい子には旅をさせよ、だ。ゆくゆくは国を治める身であれば市井いちいを知って損はない。良い機会であろう」

「しかし……この私めとの二人連れでは人目を引き過ぎるのでは?」

「それゆえ考えた」

 王はニヤリと笑うといかにも楽しそうな声で名を下した。

「ナポリ王国近衛兵十二神将の一エドモンド・オルランド。只今よりサーカス一座への入団を命ずる」

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