おおかみのやしろ
「オルランド! 俺と手合わせしろ!」
久しぶりに訓練所に姿を見せたリベリは、入ってくるなりそう怒鳴ると挨拶もそこそこにオルランドの正面に立ってマントをめくり上げた。そこには先月の
「まさか貴様、怪しからぬ魔法を……」
「魔法ではない魔術だ。この刻印を見ろ」
リベリが左腕をひねると肘に小さく『Z』と刻印されていた。
「ではこれがあの……」
「そうだ。あの〈ナポリの魔術師〉の作だぞ」
まるで美術品でも自慢するような調子で付き出されたリベリの腕を叩いたり
「信じられん。まさに魔術だ」
「見た目だけではないぞ。手も握れる。盾が使えるのだ。さあ剣を取れ」
死んだも同じだ。そう言って気落ちしていた友が、以前と同じように
――オルランド。王がお呼びです。
アデーレの声だ。国王直属の魔法使い
「王に
最敬礼をしかけたオルランドに王は面倒なことは止せとばかりに手を振り、人差し指をひょいひょいと動かした。オルランドが前に進み出ると王は天井を見上げ「これより話す」と誰に言うでもなしに
――
声と共に部屋の一番奥の壁がズズッと重たげな音を立てて割れ、人一人が通れるほどの入り口が現れた。
王は立ち上がると部屋の奥まで歩いて行き、入り口の前で立ち止まるとオルランドを振り返り
内部は十メートル四方ほどの単なる空間だった。中央に大きな台があり、その上に石版が乗っていた。
「これは?」
「シラクサで掘り出してな、調べさせていた」
「これは……この
「なんでも古代文字とのことだ」
「これが文字? 一体何と書いてあるので?」
「解読させたところ『おおかみのやしろ』に行けば『ねがいがかなう』と書いてあるらしい。オルランド。お前ちょっと探してきてくれ」
不思議な幾何学模様が刻まれた石版を眺めていたオルランドは驚いて顔を上げた。
「私めが、ですか? 文官でなく?」
「そうだ。ピッノキオも同行させる
「王子を!? 何故です?」
†
「話の途中で済まんがな、オルランド」
「はっ。何でございましょうか?」
「我がナポリ王国の王子は確かフェドリケと申されたと思うが」
「御披露目されたフェドリケ王子は
弟? しかも兄の名がピッノキオ? ゼペットは眉間に
「フェドリケ王子に兄上がいらっしゃるのか?」
「いかにも。我がナポリ王国の第一王位継承者は他でもないピッノキオ・デ・トラスマタラ王子にあらせられます」
確かにジアッキーノ殿は『高貴なお方』と言っておったが……いくらなんでもそれは……そうだ。あれはちょうど十年前の事だ。ならば今年で十歳になるはず。
「フェドリケ王子は確か今年で
「やはり十歳であります」
「なんでだ? 兄なんだろう?」
「そうですが歳は同じです。双子ですから」
「双子!?」
さる高貴な方のご子息で、十歳で、双子で、一人は名前がピッノキオ?
「ゼペット殿。先を続けてもよろしいですか?」
「あ、ああ」
†
国王アルフォンソ十一世は驚いて自分を見つめるオルランドに「ジョバンニの事は知らぬか」と切り出した。
「お名前はだけは。政務官殿かと」
「あれが何やら企んでおる」
「企む?
「そうとも決めつけられぬのが厄介でな。王位継承を見越しての事よ。ピッノキオは
オルランドは「おいたわしいことです」と言って頭を垂れた。
「ジョバンニは長く姿を見せぬピッノキオに何かあると
「不
「食えぬ男よ。城内でもすでに何人か抱き込んでおるようだ。
「しかしなぜ王子
「これはな、」王は机の上に乗っている石版を指差した。
「当事者、つまりピッノキオがいなければならん、と読めるらしい。まあそれはそうだろう。祝福を受けるわけだからな。それが一つ。あれをジョバンニから遠ざけるのが一つ。そしてもう一つが……」
王は髭をねじると、まだ納得がいかぬ、という顔をしているオルランドの腕をポンと叩いた。
「かわいい子には旅をさせよ、だ。ゆくゆくは国を治める身であれば
「しかし……この私めとの二人連れでは人目を引き過ぎるのでは?」
「それ
王はニヤリと笑うといかにも楽しそうな声で名を下した。
「ナポリ王国近衛兵十二神将の一エドモンド・オルランド。只今よりサーカス一座への入団を命ずる」
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