魔術師と剣士

 自分のテントに戻ったオルランドは肩にかついでいた男を粗末なむしろいた床に横たえると、その脇に座り込んで観察し始めた。

 何者だろうか。武人ではない。ジョバンニの間者かんじや……いいや。ならば目立つ真似はしない。では知り合いか。王子の? まさか!

 オルランドは天井から吊るしたランプを外し、気絶しているゼペットの頭から順に照らしていった。

 五十がらみ。貧しくはない。商人か、いや、マメだらけの手、職人だろう。身なりに構わない。出歩かない生活。足が悪い……義足かこれは!

 オルランドは謎の中年男が足に付けている補助具の、土踏まずの辺りに彫られた『Z』の刻印を見つけると体を強張らせつばを飲み込んだ。無骨な顔から血の気が引き、額に汗が浮かんだ。


 なんという愚かだオルランド!


 大男はあわててテントを飛び出し、座長のテントに押し入り、一番上等な毛布をひっつかむと大急ぎで戻り、気絶してるゼペットの横に毛布をき、その上に丁寧ていねいに一度寝かせてから半身を起こし、背中に膝頭を当てて両肩を抑えてグッと力を入れた。ゼペットが「うっ」と声をあげて意識を取り戻すと大男は素早くテントの入り口まで移動してひれ伏した。

「申し訳ございませんっ!まさか……まさかあの〈ナポリの魔術師〉がおいでになるとは夢にも思わず……」

「そんな妙な名を名乗った覚えはないんだがね」

 大男は膝を付いたまま素早くいざってゼペットに近づいた。

「お目にかかれて光栄ですゼペット殿。申し遅れました。私めはナポリ国王近衛このえ兵、エドモンド・オルランドと申します」

「コノエヘイ? あんた王様を守る剣士かね?」

「さようであります」

 なるほどそれであの技の冴えか。

「なぜ私のことを知っとるんだ?」

「〈ナポリの魔術師〉の名を知らぬ武芸者など一人もおりませぬ。ご存じないのですか?」

「私は病院の依頼通りに作っとるだけだ」

「そうでしたか。つい先日、私の友人が王より貴方様の義手をたまわり、これで自分も一人前の……」

 ゼペットはオルランドの話をさえぎって聞いた。

「王付きの剣士がサーカスでリンゴなんぞ狙っとっていいのかね?」

「はっ。これにはいろいろと事情があり……」

「事情なら誰にでもある」

 ゼペットは思い出したかのように語気を強めた。

「あんた子供があんな痛ましい芸をしているのを見て何とも思わんのか!?」

「はっ。しかしあれは王じ……あの少年がおんみず……自分から申され……言い出したのでして」

「そんな訳があるか!」

 ゼペットの剣幕けんまくにオルランドは思わず肩をすくめた。

「あんた強いんだろう? 弱いもんを守るのが仕事と違うか? まだとおにもならん子供が地べたに体を打ち付けとるのに知らんぷりか?」

「そうおつしやられましても、その、これは王の名……」

「どうせ貧しい家の子を無理矢理連れてきたんだろう。よし。今すぐ私が引き取る。座長のところに案内してもらおう」

「弱りましたな……」

 オルランドは心底困った表情で頭をいた。

「なにもあんたが困ることはない」

 オルランドはそれには答えずに真剣な面持ちになると、しばらく周囲の気配を探った。それからゼペットの目を見つめ、低い声で言った。

「他ならぬゼペット殿でしたら許されましょう。全てをお話します。ただし他言はなさらぬよう」

 近衛このえ兵エドモンド・オルランドは、ナポリ王国に渦巻く陰謀いんぼうについて語り始めた。

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