サーカスがやって来た
ある年の九月の終わり。ゼペットは月に一度の納品のためナポリ市内の病院に向かった。祭りでもあるのだろう、町はいつにも増して
荷車からトランクを降ろして納品担当者に渡した。担当者はトランクの
「ずいぶんと人が出てましたが何かあるんで?」
「サーカスが来てるんだよ。明日開演だ。どうだいあんたも見に行っちゃあ?」
ゼペットは首を横に振った。
「曲芸の
「踊る木の子供はどうだい? 一座の呼び物だ。ローマでも大評判だったそうだ」
「木の子供って……そりゃどういう芸です?」
「どうって体が木なのさ。それでいて踊るんだ。早く見たいもんだ」
雑談を終えて病院を出たゼペットは改めて町を見回した。なるほどあちこちにチラシが貼ってある。いつも立ち寄る食料品店で買い物を済ませると、店員が
ジアッキーノ殿に譲った私の人形は誰か偉い人の子になった。こっちの人形はサーカスで踊っとるのか。同じ木の人形でもえらい違いだ。チラシを前に
「お客さんも見に行くんだろう? うらやましいな。こっちは店番だよ」
ゼペットは礼を言って勘定を済ませると帰りの道中で考えた。どうせ体に色を塗った程度の見世物だろうが、納品も済ませたばかりだし、たまには人ごみに出てみるのもいいだろう。
†
翌日、ナポリ市内は昨日にも増して
公園に
まあこんなもんだろう。ゼペットは人混みの隙間を縫って舞台に近づいた。司会が次の演者を紹介した。
「続いてはナイフ投げのオルランドだ!」
舞台袖からのそりと現れたオルランドを見た会場がどよめいた。
とてつもなく大きな男だ。ただ背が高いとか体格が良いというのではない。規格が違う。子供の次が大人ならこの男はその次の段階にいた。まるで彫像のような
大男は何の表情も浮かべずに観客に向かって一礼した。助手の女性が木箱を持って横に並ぶと男の大きさがいっそう際立った。オルランドの腰ほどまでしかない助手は観客に木箱の中味を見せた。ナイフがずらりと並んでいた。
やれやれ。ナイフ投げとはまた
ゼペットは腕組みをすると冷笑を浮かべた。先程の曲芸師が再び現れると、どこかからリンゴを取り出して宙に放り上げた。リンゴは二つ、三つと増えてとうとう六つになった。会場から拍手が起こり、やがて手拍子に変わった。
オルランドは身を屈めて助手が抱えた木箱からナイフをつまみ出すと、目まぐるしく宙を回るリンゴに向かってナイフをひょいと投げつけた。無造作に投げたナイフがリンゴに突き刺さって舞台に落ちた。ゼペットの薄ら笑いが引っ込んだ。
大男が
(こいつぁたまげた。ひょっとしたら名のある武芸者なんじゃないだろうか?)
一礼して顔を上げたオルランドはゼペットの好奇心に満ちた視線に気付くと、まるでジロジロ見られるのを嫌がるようにさっさと奥に引っ込んでしまった。
†
再び司会が現れると両手を大きく広げて叫んだ。
「さぁ皆さん。いよいよお待ちかね、木の子供が登場するよ! 大きな拍手で迎えておくれ!」
待ちに待ったメインイベントだ。観客たちは盛大に拍手をしながら木の子供が出てくるのを待ち構えた。まずは舞台袖から子供たちが登場し、ヴァイオリンの伴奏に合わせて踊り始め、観客がそれに合わせて手拍子をする。少しすると良く通るボーイソプラノが舞台に響いた。
「ぼくも仲間に入れておくれよ!」
声を合図に伴奏が止まった。子供たちも踊りをやめ、声のするほうに顔を向けた。声の主が現れると観客は再びどよめいた。木の子供が舞台の中央に進み出ると会場は異様な熱気に包まれた。だがゼペットはひどく失望したように首を振った。本日の主人公は一目でそれと分かる張りぼてだったのである。
だが少年のウリは見た目ではなかった。子供たちは彼を快く迎え入れ、再び踊りが始まった。被り物を身に着けた少年は皆と一緒に踊ろうとして派手に転び、本日一番のどよめきを起こした。
まるで身体を
(こりゃあとても見てられん)
後ろから押し寄せる観客と舞台に挟まれながら最前列を横に移動するゼペットのすぐそばでガチンと大きな音がした。少年が頭から舞台に倒れ込んだのだ。ゼペットは思わず舞台に突っ伏した少年の顔を
まさかそんな!
思わず舞台に身を乗り出したゼペットは、舞台の上に倒れている木の少年に向かって大声で叫んだ。
「ぼく! ぼく! ちょっとこっ」
ゼペットの呼びかけはそこで
「ひっ!」
助けを呼ぶ
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