魔術師の家

 ナポリ郊外に一軒の家がある。一見これといって変わった所のない普通の平屋だ。だが良く見ると所々に妙な細工がほどこされていた。

 まず家をぐるりと取り囲む植え込みに切れ間がない。いったいどこから出入りするのかと良く良く見て回ると、道に面していない家の裏側に巧みに隠された木戸が見つかる。

 これで来客は自分が歓迎されていない事を知らされる。それでも彼らは固い決意をもって木戸をくぐる。すると次の試練が待っている。

 看板、表札、郵便受け。この家には誰の物かを示す証が何もないのである。裏庭にはしょぼくれたロバが一頭つながれている。つまり誰かが住んでいる。問題はそれが本当に目的の人物かどうか、だ。

 ドアをノックして聞けば良さそうなものだと思うだろう。だが客たちはそうした不躾ぶしつけ躊躇ためらった。彼らは印象を良くする必要があるのだ。


 あなた様のことは全て存じております。


 そういう態度で事にいどみたいのである。そこで家の回りを根気よく調べて回る。そして遂にドアノブの付け根に、活字のように精巧にこう彫ってあるのを見つけるのだ。


『手紙はドアの下に ― Z』


 ナポリ郊外に住まう『Z』。これぞ目的の人物に違いない。来訪者はえりを正し、背筋を伸ばしてドアをノックする。少しすると家の中から主の怒鳴り声が返ってくる。

「悪いが注文は受け付けてないんだ!」

「注文ではないんです! 私を……」

「悪いが弟子は取ってないんだ!」


 木工職人ゼペット・F・ピッノキオ。ヨーロッパ中に〈ナポリの魔術師〉として知られる男は今日も一人、黙々と注文の品――本物と見間違うほどの身体の補助具――を作っていた。

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