36スライム雨を止ませよう1
朝とは打って変わって落ち着いているアンジェラさんの宿屋のロビー。
僕はテーブルの上に載った紙袋を悩んだように見つめて、保護色同化でじっと動かない虫みたいにしばし微動だにしないでいた。
これもウィリアムズさんなりの場を和ませる下手な冗談だろうか。
本当は別に解除方法があっての前置きかもしれない。
うんそうだよ、きっとそう!
深い考えあってのジョークだよね!
淡い希望を胸にようやく思考を立て直す。
テーブルの上から目線を上げて、彼の清く人の好さそうな顔をじっと見据えた。
「それで、あの、その心は?」
「これを撒いて下さい」
あー、何もオチなんてなかった……。
どうやらホントに本気で言ってるっぽい。
マジかー、粉々剣を灰よろしく撒け、と……。
花でも咲くかなー、ハハハハ。
内心の微妙な気持ちを表面にはおくびにも出さずジャックとミルカを見やれば、二人も驚いている様子だ。そりゃ、だよね~。
「えっそれだけか?」
「たったの?」
って彼らの呟きは意味がわからないけど。
僕だってウィリアムズさんがいきなり訪ねて来たのにはびっくりだった。彼の外套は無残にもでろでろだ。今は脱いで畳まれて雑巾よろしく床に置かれている。高そうなのに……。
話の流れからして彼は僕達に撒かせたいってわけだよね。
でも何でいちいち僕達に?
建物の壁に遮られ僅かに減衰しつつもやっぱり不愉快全開なスライム雨音を背景に、僕は内心そんな疑問を抱いていた。
彼の真意がわからない。
「妨害の能力を持った魔法アイテムを魔法陣に触れさせて魔法を解除したり滞らせたりする。そういうやり方は確かによく聞く有効な方法ですけど、そのアイテムが粉々剣ってのはさすがにちょっと無謀なんじゃ……」
大体さ、上空から無数の剣の鋭い欠片が降るとか、怖すぎて泣く……っ。一本丸々降ってこられた僕が言うんだから間違いない。そんなのスライム雨より悪辣……いやどっこい!
「ジャックとミルカはどう思う、おじさんのこの話」
「アルならやれる!」
「アルなら大丈夫よ!」
「えッ、僕だけやるの!? 三人ででしょ!? ってか納得できるの!?」
「ああ!」
「ええ!」
「何で!?」
「「何でも!!」」
さすが付き合ってるだけあって息ぴったりだねー。
「いやでもあのさあ、そもそも本当にこの粉々剣にそんな解除の効力があるのか、僕はまだ疑ってるんだけど!」
「「「大丈夫」」」
「ちゃっかりおじさんまで! せめてその根拠を示して!」
「アルフレッド君でしたよね。このお二人ではなくあなたにやって頂きたくて来たのです。箒もお貸ししますし」
「えッ、なな何で僕指名なんですか?」
「ええ、ええ、あなたでなければ誰にも無理でしょう」
「何て強引な持ち上げ方!」
ホント何だそれ、僕達じゃなく僕限定って……。僕の狂気はスライム限定だけど。
突っ込みに動じない案外図太い工房主はともかく、ジャックとミルカまで彼の言葉に著しく頷いてるその理由がわからない。
仮に危険物バラ撒きで捕まっても僕一人だったらパーティーとしての実害が少ないから? ……いやいやいやいやそれ以前にさすがにこの頼みは無茶苦茶すぎて承諾できないって。
葛藤三昧から結論を出し、ようやっと気を取り直した僕は真っ向から意見を述べる。
「ガラス撒くようなものですし、フツーに危ないと思いますけど」
「大丈夫です」
「どこが!? だっからその根拠をっ!! ……あ、すいませんつい興奮して口調が。というか普通に考えて地上の人の脳天に刺さりますよ!」
「地上に落ちなければいいんですよ」
「そんなの無理ですって。浮力を与える魔法を使いたくても魔法陣の下じゃ魔法は使えないみたいですし」
「欠片が陣を通過した時点で古代魔法は崩れますので使用は可能です」
「ええー、かなり危険な賭けなんじゃ……」
引き攣った笑みが顔面に貼り付く。
「……まああなたが号令を掛けでもすればそんな必要はないかとは思いますが」
「え?」
「ああいえ」
よく聞き取れず訊き返したらただ二コリとだけされた。
まあ理屈としてはそうかもしれないけど、だってねえ、まだ言うけど粉々……だし?
「うーーーん……あ、なら地上に落ちてもいいように砂粒とか小麦粉並みにもっと粉々にしてから撒くとかってのは駄目ですか?」
で、余ったのは魚介や野菜とかと混ぜて鉄板で焼いてみるとかね。仕上げにソースも掛けてさ。死んでも食べないけど。
「細か過ぎれば陣に到達する前に上空の風に吹かれて消えてしまうかもしれません。空の風というものは侮れませんからね。まあ魔法陣スレスレまで近づいて撒くなら別ですが」
それも嫌だーッ!!
スライム製造陣になんて近付きたくない。うっかり上に飛び出て来たのがいたら「クソスライムオッラアアァッ」てなってエリザベスから落ちる自信がある。
ってああそうだよ基本的に上空初心者じゃん僕。あっはバラ撒きなんて土台無理無理。
「僕、魔法の箒なんて乗った事ありませんし、慣れない上空の風でエリザベスを操れるかどうか……。うっかりどころか技量不足で落ちる気しかしません」
エリザベス?……とウィリアムズさんは怪訝にしたけど会話の流れから箒だと察したらしくスルーしたみたいだった。
「そうなのですか? うーん、そうなるとまずは乗りこなす訓練から始めないといけないですねえ」
ウィリアムズさんは想定外の時間消費にやや考え込んだ。
この人はどうしても僕にさせたいんだ? 何で?
すると黙っていたミルカがおずおずと手を挙げた。
「アル、あたしがエリザ……こほん、箒を操縦するのはどう?」
「ミルカが?」
今エリザベスって言いそうになったね。
「うん。あたしの飛行魔法を使うのもありだけど、魔力消費を抑えるならやっぱり専用の飛行道具があった方が楽だもの。万一の予想外の事態にも対処し易くなるし。ただその……ふっ二人乗りになるけど」
「それは全然構わないけども……」
正直やりたくない。
声を大にして……いや声にして言えない雰囲気ですがッ!
「いいですねえ青春二人乗り。それならすぐに実行できそうです」
ウィリアムズさんを見れば彼はにこやかに頷いている。この状況のどこに青春があるってんですか全く。
そりゃ僕だってスライム雨をどうにかしたいよ、したいけどさ。
「良かった! アルと一緒に王都を救えるなんて光栄よ!」
「え、ははは……」
狭まる包囲網。ミルカが嬉しそうに顔を綻ばせた。そんな嬉しそうにされるとなあ……。
ミルカが、ジャックが、ウィリアムズさんが僕へと期待を込めた目を向けてくる。
はあ、何かもうなし崩し的に仕方がないから腹を括るしかないらしい。
実はちょっと箒に乗るの楽しそうだなって思ったし。
意思表示も兼ねて僕はその場で椅子から立ち上がる。
「フフフわかりました。この漢アルフレッド、やりましょう!!」
どーんとこい、と拳を胸に当てると三人から無駄に拍手喝采が上がった。
「そうと決まれば善は急げですね。一旦王都の外に出る必要があるので急ぎましょう」
「――皆もう話は終わったかい?」
ここで実はさっきからこっちをちらちら気にしていた女将アンジェラさんが傍に寄ってきた。
一応は話が纏まった空気を読んだんだろう。接客業が長ければそういう察するスキルも自然と上がるもんだし。
そういえばまだ彼女には外の様子を教えてなかった。
知りたいと気を揉むのは当然だよね。スパイクはまだ外に行くし借りておく必要があるけど。
「すみませんアンジェラさん。先に大まかにでも現状の報告をすべきでした」
「いやね、それはもう別に急がないから時間のある時に聞くよ。ただ、何やら深刻な顔で話をしてるもんだから待ってたんだよ。是非とも報告しときたい事があったからさ」
「報告ですか?」
何だろうと僕が疑問符を浮かべていると、彼女はうんうんと機嫌良く頷く。
「あんたたちが出てってから実はミルカちゃん大活躍だったんだよ。とっても感謝してるからどうしても伝えたくてねえ。彼女からは言わないだろうし。ねえミルカちゃん?」
「え? そ、そんな大活躍なんて大袈裟ですよ」
注目が集まり、ミルカが少し恥ずかしそうにした。
「何があったんですか?」
急いではいるけど、気になって訊いてみる。
「うちの宿は雰囲気作りで誤魔化してはいるけど、この通り古くてあちこちガタが来てるだろう?」
「え、ええとー……」
うっ答えにくい質問きたーっ。
でもそもそも答えを欲してはいなかったのか話を続ける。
「それで隙間からスライムが入り込んじゃってねえ、だけどしばらく気付かなかったのさ。それで結局何匹ものスライムに宿の中で遭遇してねえ」
「あー……」
心配していた事態になってたわけか。
でも女将さんの口ぶりからして、撃退に成功したんだろう。元よりミルカがいれば百人力、不安はなかった。
「いくら弱い魔物って知ってても実戦は素人だし、素手で叩くのは気持ち悪い気がして躊躇してたら、ミルカちゃんがいいもの見つけて来てくれてさ。お手本を見せてくれたのさ」
「いいもの?」
「そうそう。これだよ、お玉!」
「「……」」
帯剣よろしく腰のエプロン紐の隙間に挿していたお玉を女将さんが抜き出したけど、僕とジャックはぐっと色々と堪えて押し黙った。
宿の食事、とりわけスープ類を口にするのは控えよう、うん。
「あっははははやだねえそんな顔して! 大丈夫だよ実際に調理に使ってるお玉じゃなくて物置の方に仕舞ってあった古いのだよ。もしも使ってるのでも使用後はちゃんと洗うさ」
やめろおおおっ何となく使用後とか言うなああっ!
実家ではジャストお玉サイズの奴がいて、僕はうっかりそいつを掬った事がある。
前日の残りのコンソメスープの中に入り込んでて、鍋を温めようとして掻き混ぜたら妙な手応えがあって、不審に思って掬ったらこんちわ~。目と目が合ってもうホント最悪だった。
そっと戻して蓋を固く押さえて強火で沸騰させたよ。もちろん食べなかった。
ああ甦る、素敵スライム事件簿その二五……だったかなあれ。
軽くトラウマだ。
「いやスライムに触った時点でもう洗う洗わないの次元じゃないです。永遠に取れないスライム菌がくっ付いてるんで。ハハハ」
「大袈裟だねえあははは!」
あはははじゃないよ女将さんっ。
ミルカの魔法で溶かしてもらってもいいかなその
コンソメスライム事件簿を思い出し吐き気を堪える僕の気持ちを知ってか知らずか、いや知らないねその様子じゃ……なミルカが遠慮がちにそれでいてやり遂げた感のある顔をした。
「えっとただあたしはお玉でスコーン!てぶっ叩いて駆除してもらおうと思って、簡単だからってやってみせただけなのよ。そうしたら皆もできそうだって言うから物置からお玉掻き集めて各部屋に配って、足りない分はハエ叩きで代用したわ」
ハエ叩き優先で配ってほしかったなあああ~ッ?
「今は入り込んだ隙間を塞いだからとりあえずは落ち着いたけど」
「大変だったね。お客さん達から文句とか不満をぶつけられなかった?」
「ううん。むしろ喜ばれたわ」
「え? 何で喜ぶの?」
「モグラ叩きと狩りと宝探しが合わさったイベントみたいだって」
「へえ……」
おっとぉ人間のポジティブ精神をまざまざと見せつけられた瞬間だああっ。進んでのスライム討伐は喜ばしいけどイベント感覚って複雑。
……いや、待てよ。この手応えだと全世界にリアルスライム討伐ゲームって感じでビジネス展開するのもありじゃないのか? スライム全滅させないと脱出不可能とか銘打ってさ。フハハこれ行けそうじゃないのおっ!
内心じゃスライム撲滅に向けての一石二鳥ビジネスチャンスを練りながら、表面的には謎の半笑いをしていると、ジャックが一人テーブルの紙袋を覗き込んだ。
「ミルカはさすがだよな。任せて正解だった。それは間違いない。けど早い所撒きに行こうぜ。たくさんの人達が雨止むのを待ってるだろうし」
「ジャックって時々一番的確でまともな発言するよね」
「俺はいつもまともだ! 考えてみろって、これ以上潜伏数が増えるとマジで側溝から溢れるぞ。石畳ならぬスライム畳を想像してみろ。歩け「――なあああいッ!!」
僕の反射的な絶叫に「だろ」と首肯するジャック。
「そうよね。早くしないとよね。……二人乗りも早くしたいし」
ミルカも異論なく同意。
「何だ、ミルカもそんなに箒に乗りたかったんだ。僕と同じだ。その時はよろしく頼むね! あと大活躍お疲れ様」
「え、ええと、ありがとう。まあ……そうね」
何故か複雑そうなミルカを見てジャックが遠い目をした。
「箒の方に視点置く辺り、アルだよなー」
視点?
よくわからないけど友のおかげで気合いが入った。
「そうだよねジャック。早く実行に移してすっきり解決さ! 大切な事を気付かせてくれた君に、僕はこの場で一生分の友情を捧げるよ!」
「いやこの先も友達でいてくれよ!」
アンジェラさんとウィリアムズさんは仲良き事は善き事なりとにこにこと僕達を見守っている。
「会話から察するにミルカちゃんも行くんだろう? 宿の方は心配せずに行っといで。もうこれがあるからスライムが入って来てもへっちゃらさ!」
心強い言葉と共に力強くお玉を掲げる女将アンジェラさん。
いやだからお玉は叩くものじゃなく掬うものだから!
彼女からは更に二人分の対魔物ヌメリ用スパイクを借り受けた。
余談だけど、彼女の息子さんは宿に泊まれる最大人数分のスパイクを置いてったらしい。何とも太っ腹だ。ウィリアムズさんにも貸し出していた。彼も物作りの職人だからか受け取って興味深そうに観察してたっけ。
「それじゃあくれぐれも気を付けるんだよ。あんたたちに王都は任せたからね!」
お玉を振って見送ってくれるアンジェラさん。
僕は力強く手を振り返しつつ、宿のお玉が全部スライムに汚染されたらという一抹の不安が胸に湧く。
けれど、片が付いたら新たなお玉を買って帰ろうと気を強く持って真っ直ぐに前を向いた。
王都の外までは案外結構な距離がある。直接自分の足で行かないといけなかったからかなり疲れたし小一時間程は走りっ放しだった。
四人でそうしてやっと王都の外に出たよ。
僕もジャックもミルカもぜえはあと息切れが半端なかったのと比べて、恐るべき事に何とウィリアムズさんは少しの息切れをしていただけだった。え、彼はただの武器職人じゃなく超人なの? 一流の冒険者か何かを副業にしてるの? 彼の交友関係に重ねて謎は深まるばかりだよ。
とりあえずは全員持ってきた回復アイテムで疲労を回復させた。
魔法バリアとは別に物理的に王都をぐるりと囲む頑丈で高い外壁は、昔積まれた石垣とそれを補強するように後の時代に増築された鋼鉄壁とが独特の縞模様を描いていた。見た感じ砲弾も通さないだろう分厚さだし、よじ登れるような突起もなく、道具も魔法もない人間に侵入や脱出は難しそうだ。
地上防衛の観点から言えば充分過ぎるほどの効力を発揮している。確実に魔物には物理的な遮蔽物になってるし、王都の威容を訪れる者には見せつける。
……まあでも近年は鉄道の線路も通してあるし、昼間は各所に設けられている出入口の門は開放されていて、一応見張りは立ち簡単なチェックはあるけどものものしくはない。平和そのものだ。
ただし、普段はだけど。
「うわあー、本当に聞いてた通りに王都の外って雨は降ってるけどスライムは降ってないんだね」
「実際こうやって自分の目で見てみると、何かすげえシュールな光景だなー」
「そだねー」
僕とジャックは何だか遠い目をした。
既に見張りのいない門の一つを出てすぐ後ろの王都を振り返れば、まるで見えない壁に隔てられているように境界線で綺麗に降雨の種類が分かれていた。
僕達のように門を潜って王都の外に出る人の姿もちらほらあり、更には地面に落ちても運良く生き延びたスライム共の一部も門を潜って出てきたようで、地面に点在している。
荒野に出てきたカラフルなスライム共は跳んだり這ったりしてその存在が無駄に目立つ。草も疎らな赤茶けた大地にいるんだから当然か。そいつらは普通に人間を見て飛びかかっていた。ああ魔物の性よ。
だけど、外に出てきた人達も冒険者だったりしたようで、スライムは呆気なく魔宝石に変わっていた。
騎士だろう者達が整列している姿もある。見た感じだとオーバルさんやズッコケ騎士の姿はないようだから、別の団か隊かな。彼らはきっと王都の他の門から外に出たんだろう。
「おいアル、早速と俺達の熱い戦闘が始まりそうだぞ」
ジャックの促しに僕は頷いた。
他の人達を襲おうとしてた奴らまで何故かターゲットをこっちに切り替えてきてるんだよ。
理由は知らんっ、が、都合はいいっ。
僕は腹の底からの笑いが止まらない。
「ふはははやっぱこうでなくちゃなあ~? ジャック?」
「ぐへへへ腕が鳴るぜ~?」
「ええと二人は一体……?」
「見なかった事にしてあげて下さい。あの二人はちょっとスライムに興奮する質なんです」
「スライムフェチ、と?」
「フェチ……ええとまあ、解釈次第ではそうとも言えますね」
「ほほう」
ウィリアムズさんが作業中でもないのに取り出した
「もしかしてその眼鏡魔法具で、フェチ度を測る数値が出るんですか?」
「いいえ?」
「あ、そうですか」
「ええ」
ミルカとウィリアムズさんは互いに場を取り持つようにふふっと微笑んだ。
ハッキリ言って箒飛行開始までの時間ロスだったけど、二人は僕達の狂ったような戦闘を文句も言わずに眺めていた。
あらかた周辺のスライムを片付けた僕達が爽やかな汗と共に戻ると、ウィリアムズさんがスッと紙袋を差し出してくる。
「ではアルフレッド君、粉々剣を」
「あ、はい。ただ普通に撒くだけですよね」
「そうですね。落下防止の魔法は古代魔法陣が壊れ次第私が一応展開しますので安心して下さい。ただまあ一応、ほんの一言でいいのでアルフレッド君もその際には守護の剣にこの手に集え的な呼び掛けをして頂けますか? あなたが命令すればきっと一つになるはずです。そうすれば万事上手くいくでしょう」
「え、それはいくらなんでも有り得ないですよ……」
「ふふふ、やってみなくちゃわからないのが、守護の剣の再生実験です」
「……」
実験って言った。今この人実験って……!
もう腹の中黒い方に決定だよね。
人間見た目に惑わされちゃ駄目だなあアハハ!
「よくわからないですけど、とにかく一度は念じてみます」
「ええ。念じるより声に出すとより効果的かもしれません。迷い事や悩み事を声に出してみた方がむしろ考えが纏まるケースがあるのと同じで」
「ハハ……」
同じじゃないぞお!?
とは言えずに僕はにへらっと曖昧な笑みを浮かべる。ウィリアムズさんもにこにこにこりと微笑んでいる。確実に僕の返答を待ってるねこれは。くっ……。
「えー……はい、一応は声掛けしてみますね」
気乗りしないまま仕方なく了承しながら、最早彼からも粉々剣呼ばわりされている守護の剣を見下ろして酷く切ない気持ちになる……でもなく、淡々としながらふとした疑問を口に出す。
「あの、因みにこれ見ると回収して下さった部分も砕けていたんですね」
「ああそれは、大きなまま深く埋まっているのは取り出しに難儀するので、取り出し易いように砕きました」
「え……?」
僕は目を点にしてウィリアムズさんを見る。砕いた、んですか、大事なあれを……。ってか凄いねっ彼程の職人になると砕けるんだっ!?
「まあ全体が揃っていますし、対古代魔法への効力は折れても砕けてもさして変わらないでしょう。…………たぶん」
「たぶんんんん!? おじさんっ!!」
「いえいえ、大丈夫、効果はあります!」
すっっっごく不安だよ! 無駄に力説するとこがまたね!
「はあ……。わかりました、おじさんを信じます。ところで何でこんなに守護の剣に詳しいんですか?」
何となく思って口から出た僕の問いに、彼は口唇で小さく笑む。
「簡単に言えば、剣の前使い手とは知己なんですよ。これが終わったら質問に答えましょう。きっと他にも色々と私に訊きたい事もあるかと思いますしね」
えっと目を丸くする僕に、彼は小さな子供にでも言い含めるように「終わったらですよ」と人差し指を立てた。
僕はずっしりとした紙袋を抱えて、既に箒に跨がり飛行準備ができているミルカに近づいた。
魔法の箒エリザベス号は、使用者が乗馬と同じように足で動きを促す事で飛行魔法が発動する。制御も然りだ。
箒上の位置取りはミルカが前で僕が後ろ。
間にはクッションよろしく紙袋。全然硬いけどね!
ミルカはどこか不服そうにしてたけど、初心者の僕が前だと色々と不都合がある。僕には粉々剣っていうお荷物もあるしね。
「エリザベス、よろしく頼むよ」
僕は箒のはけの部分を手が届く範囲で優しく撫でた。
「それじゃミルカお願い」
「ええ」
「アル、ミルカよろしくな」
「二人共頼みますね」
「「はい!」」
と、ウィリアムズさんが付け足すように言った。
「あ、そうそう、その箒はエリザベスではなくメアリーです」
「……ええと、あ、はい。メアリーですか、メアリー」
やっぱりあったんだ名前……。
微妙な顔をする僕とは違って、もう集中していたミルカが踵で柄をトントンと打ち付けるとゆるやかに箒は浮上する。その際に僕の
最初は様子見にゆっくりと、少し慣れたら速度を上げて真っ直ぐに上へ上へ。
間もなく僕とミルカは王都を見下ろせる高さまで上昇を終えた。
聞いていた通り、上空の風は油断すると煽られるくらい強かった。
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