35スライム降ってる不穏な王都3

 ダガーの才能はあるのかもしれないけど戦闘経験もほぼないだろうし、リリーには安全とこっちの心の安寧のためにもホテルに留まってもらう事にした。だって同行されたら何となく背中が安心できない。無論ロリ先生もホテルにいてもらう。

 そのロリ先生なんかは、こんな時なのに優雅にもロビーに隣接しているらしいラウンジで書物を読むつもりでさっきは下りて来てたんだって。外は大変なのにどういう神経してるんだろうね。まあ冒険者でもこの街の住人でもない彼女に王都の異常をどうこうする義務はないけどさ。けど外には絶対出ないと固い決意でハッキリ言っていた辺り、昨日のスライムクッションは相当堪えていたらしい。


 依然スライム雨は止む気配を見せない。


 これ以上に強まる様子もないのは救いかもしれなかった。


 ホテルを後にした僕は、ジャックと共に騎士団の最寄りの詰め所へと向かう道すがら王都を見て進んだけど、スリップするので大通りでさえどんな車輌も走っていないどこか寂しい街中は、予想通りどこもかしこも同じような光景が広がるばかりだった。

 生き残ったスライム共はすぐに隙間に隠れてしまう。


「つまり、現状スライムは排水溝とかインフラのパイプの中とか、この王都の見えない空間や隙間に蓄積されてるってわけか」

「由々しき事態だよね」

「そうだな。早くどうにか対策を講じないといけないだろうな」

「雨がこのまま止まなかったら、そこから溢れるだろうし、そうなったらもう目も当てられない。排水が詰まりに詰まってきっとこの街は汚水で溢れて、とてもじゃないけど人なんて住めないよ。そうなれば僕達の入団試験はどうなると思う? なくなるかもしれない。何もできずに実家に連れ戻されるなんて一番最悪のパターンじゃないかあああっ」


 ついつい興奮して肩で息をする僕は、ふと王城のある方角へと目を向ける。

 最寄りの詰め所とは別に、王国騎士団本部は王城に隣接しているのだとか。試験も実はそこで開催予定だったりする。まあ実質王城の一部と扱っていいだろう。

 冒険者ギルドはあくまでも民間主体で、この街の法律や取り組みなんかを最終的に決めて実行するのは王城の人間と騎士団の人員だ。この街の管轄者達が果たして今何を掴んでどう動いているのか総合的に知るにはやっぱりそこが最適だ。

 ……とは言え、シュトルーヴェ村のドラゴン討伐を保留にしていた怠慢さみたいなのを思い出してモヤモヤした。まさか王都でまで怠けてなんてないだろうね?


「ここからじゃ少し遠いけど、中央の、騎士団本部に行ってみようよジャック。騎士団本部には各部隊からきっと情報が集まってると思う」


 状況把握に駆り出されてるだろう騎士達から、現状とか怪我人の有無とか最低限の状況は報告されているだろう。そしておそらく危機感を抱いて押し寄せる王都民からも数々の情報が齎されているに違いない。僕達のような余所者とは違って地元の人達にとって居住地の異変は死活問題、故に看過できないだろうしね。


 同意してくれたジャックと到着した騎士団本部は、案の定嘆願に訪れた沢山の人々で一杯だった。

 皆一様にこの雨をどうにかしてほしいとか、入り込んだスライムをどうとかそんなような訴えを口々に上らせていた。ただ、皆手には傘を差してるのにここに来る途中滑って転んで服が最悪な着心地になってそう。

 一応人々は正門から少し入った入口の広場に集められてるけど、応対するのは数人の騎士だけで、聞き取り作業が追い付いてない。

 まあそうだろう。騎士団としては問題の原因を明らかにしてその解決の糸口を得るためにも一つでも多くの場所を見回らせておきたいはずだ。ここに人員を割けるわけがない。

 こうも本部が手薄なのは大半の騎士達が王都の各所に赴いて状況把握に努めているからに違いなかった。

 で、こっちも騎士団のカッコイイ制服が残念な有様に……。


「これは悠長に騎士から話を聞ける様子じゃないよね」

「ああ。とりあえずそこらにいる誰かに話しかけてみようぜ」


 同意して、騎士に詰め寄っている集団に近付くとその中の一人に声を掛けた。


「あの、すみません」

「あ? なんっ…………何かな?」


 丁寧な態度を崩さずに傘の下で少し微笑んでみせると、全然訴えが届かなくて少し気が立っていたらしかったおじさんは、険しくしていた眉間を広げた。良かった良かった初対面相手にはやっぱ礼儀正しくすべきだよね。


「また無自覚魅了スキル発動か。おっさん相手にも隙を見せないその射程範囲がすげえよな」


 ジャックが傍で感心したように呟いたけど、僕は何を感心されてるんだろうね。


「あの、この雨について知ってる事を教えてほしいんです」


 おじさんは落胆にも似た表情で肩を竦め、頭を左右に揺らした。


「どうなってるのかこっちが知りたいくらいだよ。それでここに来てみたんだが、中央騎士団の方でもさっぱりのようだ」

「そうですか。じゃあ王都の外がどうなってるとかもわからないですよね」

「ああそれなら、さっき来ていた誰かが外は雨が降ってないとか言っていたよ」

「え、そうなんですか?」

「ああ。君らも王都の住人かい?」


 ジャックと揃って首を横に振ると、おじさんは口元でちょっと優しそうに笑った。今は気が立っているだけで普段はこんな風なのかもしれない。


「そうか。折角観光か何かで来てくれたんだろうが、こんな事になって申し訳ないな。できるなら早くここを出て近隣の安全な街へ避難するといい。今はまだこれだが、降って来るのがスライムだけとは限らないからな。元の街になったらまた来てくれると嬉しいよ」


 他の魔物、例えばドラゴンなんて降ってきた日には相当ヤバいだろう。その懸念は確かにある。だけど何となく、僕はスライム以外は降ってこないような気がしていた。単なる勘だけどさ。


 自分のせいじゃないのにわざわざ見ず知らずの僕達に済まなそうに謝ってまでくれた目の前のおじさんに挨拶して、ここにいてもまだ大した情報は得られそうにないから宿に戻ろうかと僕達が踵を返したまさにその先の正門から、ちょうど二十代前半だろう若い騎士が一人駆け込んで来た。

 皆が見ている前で五回はコケながら。


「団長職もしくは隊長職の誰かは戻っているか!?」


 庶民に応対している同僚に叫ぶように問えば、タイミング良く広場奥の石組みの建物から人が出て来た。


「ああっオーバル第一団長! 良かったいらしたんですね!!」

「何事だ? 何か新たな情報が出たのか?」


 騎士の制服じゃなく、これぞ伝説の騎士と言ったデザインの黄金色の甲冑を着こみ深紅のマントを靡かせ、黒々とした口髭を蓄えたいかめしい面差しの男性が、まだ若い騎士へと渋い声を返す。

 どっしりした雰囲気と壮健な見た感じから、ベテラン騎士と言える四十代半ばか後半だと思う。

 僕達の所から結構離れてるのに、彼の良く通る声はここまでハッキリ届いた。

 ガシャガシャと甲冑音を立てて堂々と歩いてくる。

 因みに甲冑と言ってもなるべく戦闘に支障のないよう材料の金属に改良に改良を重ね、加えて魔法的な要素も組み込まれているのが近年の定番らしく、頑丈なのにそんなに重くはない……って祖父が言ってたっけ。ただ彼の甲冑は「そんな小細工はこの鍛え上げられた我が筋肉の前には必要ない」って言わんばかりに重そうな音を上げているけど、実際どっちなんだろう。


 青年騎士は逞しい中年騎士の方へ息急き切って駆けて行くと、ツルッと滑ってズザザザーッと奇跡の片膝スライディング。しかも相手の直前で止まったのをいい事に、そのまま頭を垂れて畏まった。彼はアクロバティックな喜劇役者か何かを副業にしてるんだろうか。居合わせた人々や僕達は笑うのも忘れ呆気に取られた。度を超したコメディだとかえって笑えないのと同じだ。


「第三騎士団隊長よりのご報告申し上げます! 此度の雨の原因は上空の大きく不可解な魔法陣にあるとの事です!」

「魔法陣、だと?」

「はっ! 王都上空をぴったりと網羅する巨大魔法陣によりスライムが召喚され、それがちょうどこの地に掛かっていた雨雲の位置と重なっているため、あたかもスライムの雨を降らせているように見えている、との事です。飛行部隊が一旦王都の外に出て飛行の魔法を使って確認した模様です! 加えて、王都の外或いは魔法陣より上方にいれば通達通り魔法を使えたとも!」

「そうか。でかしたぞ。現状、王都に居ては新たに魔法を展開できないようだからな。なるほど、さすれば外部からというわけか。しかも降雨下でしか魔法妨害は起きない、と」


 まさかの片膝スライディング跪拝という部下の抱腹ものの有り様には眉一つ動かさず、一切突っ込まない。

 こっこれが栄光の第一騎士団長か!! 何て心が強いんだ。そして突っ込まない慈悲深さ!!

 会話が聞こえたのか、詰めかけていた人達がざわつき始めた。


「上空に巨大な魔法陣だって!? この街には大規模な魔法は発動できないよう防止の結界があるんじゃなかったか? そもそも強力な魔物除け結界もあるはずだろう!」

「結界内側での召喚魔法だからじゃないか? あれは外部からの魔物を排除する用だったと記憶しているな。だからどうにかして召喚魔法を発動させてしまえば結界があろうとも内側の魔物までは網羅できないって事だろう。しかし一体誰の仕業なんだ? 王都を狙ったって事だろう?」

「そこも重要だが、今はそこよりも空の魔法陣を解除できるのかだろ。できなかったらこのままここには住めないんじゃないのか? そうなりゃ俺達は難民になるんだ」


 そんな彼らは誰からともなく第一騎士団長とズッコケ騎士へと近寄っていく。


「騎士様、どうか早くこの雨を止めて下さい!」

「オーバル団長様、原因がわかったのなら簡単ですよね!?」

「皆落ち着かれよ。わしもまだ報告を受け取ったばかりだが、原因がわかったのだ、準備を整え次第即向かう腹積もりだ。今しばらく辛抱してはくれまいか。それと、これ以上のパニックも避けたい。このオーバルに免じてこの場の皆には一旦帰ってもらいたい。帰ったら周囲の者にも冷静でいるように促してもらいたい。頼む」


 オーバルとか言う第一騎士団長は実直な性格らしい。顔は濃い。

 王国騎士団は国の各地に駐屯している。王都もその一つであり最も規模の大きな駐屯地と言える。

 便宜上王都の騎士団を中央騎士団と呼んだりもして、中央騎士団には第一から第五までの騎士団が存在し、うちの祖父もその何番目だったかの団長だった。中央騎士団の団長職は騎士の中でもエリート中のエリートだから、祖父は当時一目置かれていたみたいだね。

 あの祖父もオーバル団長みたいに生真面目な面持ちで仕事に当たっていた……わけないかー。きっと昔から豪快なところは変わってないんじゃないかな。祖父の部下達はかなり苦労したと思う。


 まあそこはともかく、僕とジャックは騒ぎに取り残されたように突っ立っていた。

 案の定というかそれしか可能性は思いつかなかったけど、雲の上に魔法陣があったなら道理で見えないわけだよね。

 でも実際に魔法陣があるって聞いて、じわじわと危機感が高まる。

 魔力の感知だって距離が開いてると僕達凡人レベルじゃ無理だし、敏感なミルカも何も言ってなかったから感知妨害でも施されてたのかもしれない。


 でも本来かなり魔法発動が無理目な王都上空に召喚の魔法陣か……。


 召喚と聞いて僕の中では酷い目に遭ったごく最近の嫌~な記憶が呼び起こされた。

 スライム親方……。どすこ~い。


 そういえばあの時も今も召喚対象はスライム。


 魔法陣って現代のじゃなくて、少し薄ら可能性を考えた古代魔法陣だったりして? なんてそこまで考えて僕はかぶりを振る。

 いやいやいや、まさかね。

 でも、古代魔法陣? あはは、古書街でも見たなあ~。

 いやいやいやいや、思考を切り替えよう。あれは幻だとするのが妥当だよ。うん。


 さっきあの青年騎士は王都で魔法を使えないって言ってた。

 それでもこの雨以前に発動されている例えばリリー達のいるホテルの結界みたいな魔法は影響なく継続できてるみたいだ。幸いだね。


 何にせよ、この状況を打破するには……。


「要するに雲の上か王都の外から、悪さをしてる魔法陣をどうにかするほかないってわけか」


 僕同様黙考していたジャックも同じ結論に至ったらしい。独り言を呟くように言った。


「うん、それが一番の解決策だと思う」


 どうにか魔法陣を解除できたとして、しかしまだ課題は残る。


 既に召喚され隠れてしまったスライム共をどう一掃するかだ。おびき寄せるのは至難の業。これは魔法陣云々よりも余程厄介な問題な気がする。


「まあさ、空の魔法陣解除は騎士団の方で何とかしてくれそうだよね。魔法のエキスパートが揃ってるんだろうし。そこは任せて僕達も宿に戻ろうか。ミルカにも報告したいしさ」

「そうだな」

「……きっとさ、ここで僕達がすべきは、潜伏してる奴らをどう料理してやるか、だよ。くくっくくくくっ」

「ああ。くっくっくっくっ」


 明らかに怪しい笑みを浮かべていたからか、それとも王都の秩序を預かる職業柄不審な気配に敏感なのか、第一騎士団長が僕達を見た。

 そんな視線にも気付かず意味深にくっくっくと笑い合う僕とジャック。ここにミルカがいれば注意してくれたんだろうけど、いつもいつもそういうわけにはいかない。

 気付けばポンと肩を叩かれていた。


「君達、少々よろしいか?」

「え?」

「はい?」


 傍まで来た屈強かつ高身長の甲冑騎士から厳しく見下ろされ、職質を受ける変態のように固まる僕とジャック。


「な、何ですか?」

「お、俺達スライム雨とは無関係ですよ?」

「そ、そうです。むしろここに情報を集めに来ていて。ね、ねえジャック?」

「あ、ああ、アル」

「オーバル団長、彼ら何だか怪しいですね」

「うむ」


 引き攣った半笑いを貼り付ける様が余計に怪しさ倍増だったのか、ズッコケ騎士の言葉に頷くオーバル団長は黒い太い眉を寄せ、不審者僕達の背格好をしかと眼に焼きつけでもするように凝視してきた。


「……ん? ――んなあっ君いいいっ!?」


 かと思えば、いきなり殺気でも放つかのような、こっちの方がビクッとなるような鋭い反応を見せてきた。思わずジャックと手を握り合って震えたよ。

 足腰が安定して強いのか一度も転んでなさそうなオーバル第一騎士団長。反対にズッコケ騎士なんかは彼の声に驚いてまたズッコケてた。僕達もスパイクがなかったらバランスを崩してたと思う。


「うぬぬぬぬ!?」


 そして彼は真剣極まり鬼気迫るものすご~く怖い表情で何と僕の両肩を掴んで……というよりもうほとんど拘束してきた。えええっまさかまさかで逮捕されるとか!? 何も捕まるような真似はしてないけどおっ!? しかも無意識なのか力も掛けてくる。ひいーっ重い重い重いっ、あと目力も強過ぎるっ!


「え、ええと何か?」


 落とさないようにしっかり傘グリップを握る僕の傍らじゃ、ジャックが固唾を呑んでいる。僕は僕で滂沱と冷や汗を流す。


 どどどうしようスライム狂で変人は王都から強制退去しろとか!?


「もしや君は君はあああああっ!」

「はひいいっ!?」


「――クラウス・オースチェイン様のお身内ではないか?」


「ごめんなさいスライム狂でごめんなさ……って、へ? クラウス・オースチェイン様?」


 その名には聞き覚えしかない。


「えっとその、うちのじー、あ、祖父が何か……?」

「やはりな! ハハハハそうかそうか、君は孫殿か! ハハハハ!」


 そう呵々かかと大笑するや、硬くて無骨な武人の手で僕の頭を掻き回すように撫でてくる。


 ななな何? この人何なの? まさか祖父は僕の知らないうちに悪さして指名手配とか? それで身内の僕にまで追っ手が? くっそ何してくれてんの!?


 目を白黒させていると、オーバル団長は手を放し、困惑しかない僕にもわかるように説明してくれた。


「君のその珍しい目を見てもしやと思ったのだ。私が知る限り同じ目を持つのはオースチェイン様だけだったからな」


 珍しい目。

 ああそっか、祖父と僕のみが持つこの不思議な色合いの瞳は、知る人には僕達を血縁者だと結び付ける根拠になる。僕だって自分以外には祖父しか知らないし。……古書街の老婆は現実に存在しているのかさえ怪しいから除外する。


 ようやく納得して胸を撫で下ろすとジャックもホッと息をついていた。


「オースチェイン様には随分目を掛けてもらったのだ。騎士としての土台を叩き込まれ、育ててもらったと言っても過言ではない。引退されて久しいが、オースチェイン様はご健勝か?」

「はい、ピンピンしてます。現在の所在地はわかりませんけど」

「そうか。現役騎士以上に今も精力的に各地を飛び回っているのだな。喜ばしい限りよ。近いうちもし祖父君に会う事があれば、この不肖一番弟子――マクベス・オーバルが是非今一度お目にかかりたいと言っていたと伝えてはくれまいか」

「いいですよ。ちょうど祖父直行の鳩レターもあるので、この雨が止んだらその旨も記しておきますね」

「おお、有難い。宜しく頼む」


 と、ここでズッコケ騎士がやや控えめな声を掛ける。


「オーバル団長、そろそろ準備に取り掛かった方が宜しいかと」

「ん? おお、そうだな、油を売ってはいられないのだった。孫殿とその連れの君、突然驚かせてしまい悪かったな。王都が平常時に戻るまで君らも屋内で待機していてくれ。ところで、良ければ名前を聞かせてはくれまいか?」


 渋る理由もなかったので僕もジャックも名前を教えた。

 必要な準備のためかオーバル団長は「ではな、アルフレッド君、ジャック君」と最後に言って颯爽として建物の中に消えていく。ズッコケ騎士も。

 彼に説得されたからか、詰め掛けた王都民達もぞろぞろと正門を出ていくようだ。あのオーバルさんってこの王都じゃ名の知れた人物なのかもしれない。

 僕はジャックと顔を見合わせた。


「宿に帰ろっか」

「そうだな」





 少しでも敵の数を減らしておこうと、オラオラーッとこの現代絶滅しつつあるガキ大将のようにスライム共を蹴散らし思い切り寄り道しまくった帰り道だった。昼近くになっても雨は朝起きた時と変わらないまま。

 まあ魔法もなく自分達の足で王都の外に出てから空に上がって解除作業までするとなると、そんなにすぐには進まないよね。遅くても夜までには終わるとは思うけどさ。終わってくれないと精神衛生上困るから頼みますオーバルさん達王国騎士よ。

 一応冒険者ギルドにも立ち寄ってみたけど、騎士団本部程には新鮮で有意義な情報はなさそうだった。むしろ騎士団本部から僕達も聞いた召喚魔法陣の情報が伝えられたっぽい。


 昼を少し過ぎてアンジェラさんの宿に戻るや、そこには予想外の客人がいた。


「二人共良かった戻ってきて、待ってたのよ!」


 一階ロビーでその客人とわざわざ待っていたミルカが随分とホッとした声を出したから、僕とジャックは何事かとびっくりしちゃったよ。

 ミルカは座っていたテーブル席からわざわざ立ち上がってこっちにくる。客人も席の荷物はそのままに同様に僕とジャックの前までやってくる。


「申し訳ありません。不躾かとは思いましたが、のっぴきならない事態になりましたので、メリールウさんから滞在先を教えて頂きました」


 彼は初めに謝り、次には慇懃丁寧に僕とジャックに挨拶をすると、急ぎであるらしくそのままロビーで話を聞く運びになった。

 他から椅子を引っ張ってきて先に二人が座っていた備え付けのテーブル席を四人で使う。


 一体全体彼――昨日の武器工房の主人アーノルド・ウィリアムズさんが僕達を訪ねてくるなんてどうしたんだろう。


 内心首を捻る僕とは違うようで、ジャックもミルカも疑問がなさそうだった。むしろ何かを察した顔付きなんだけど。

 二人は何らかの秘密を工房主と共有しているかのようで……。


「それで、早速なのですが」


 そう言うとウィリアムズさんは四人で囲んだテーブルの上に何やら見覚えのある紙袋をどさりと置いた。

 何故かは知らないけど、魔法の箒エリザベス(もう勝手に命名)も持ってきている。


 えっ何でこれを持ってきたの?


 昨日の今日でもうすっかりゴミ認定してたブツを前に、大いに困惑する僕は彼を見やった。


「ええとあのコレ、アレですよね?」

「ええ、コレはアレです」

「やっぱりそうですよね。あの件のソレですよね」

「ええ、ソレです」


 あれこれそれ、指示語でお腹一杯だね。


「でもどうしてここに……?」


 もっともな僕の疑問に答える準備か、彼はやや身を乗り出すようにしてテーブルの上で皺の刻まれた指を組んだ。これからとある怖い話をしましょう、とか言い出しても不思議じゃない雰囲気だ。むしろしっくりくる。王都に広まる都市伝説なら聞いてみたい。

 ジャックとミルカが心の準備はできたとばかりに彼へと頷いてみせる。

 ちょっと~、僕だけ除け者な気分だよ。ホント何なのねえ?


「実はここに来たのは、守護のけんの守護の件についてです」


「「「…………」」」


 真面目そうなウィリアムズさんの台詞に大きな沈黙が横たわった。


 え? 何で今守護の「ツルギ」じゃなくて「ケン」って言ったの?


 しかし当の本人はダジャレを言ったつもりはなさそうで、彼は黙り込んだ僕達の沈痛な顔を見てキョトンとしている。


「ああいや、続けて下さい。守護のツルギについてですよね、ツルギに」


 とジャック。

 首肯するウィリアムズさんは先を続けた。


「此度のスライム雨、これはおそらく守護のつるぎの力がないと終息はしないでしょう」


 ツルギに戻ってる! 何食わぬ顔でケン読みしたのって実は確信犯?


「え、そうなんですか? 僕達騎士団本部で上空に魔法陣があるって話を聞きましたけど、単にそれを解除すればいいんじゃ?」

「概念としてはそうですが、現在の騎士団には無理でしょうね」


 上空に魔法陣って事実に驚いていない辺り、彼は彼で情報入手の伝手でもあるんだろう。もしかしたら騎士団から優先的に情報が入るのかもしれない。

 それとも持って来てる箒で自ら確かめたんだろうか。ああでもこの雨で魔法は使えないんだっけ。いくらエリザベスが優秀な魔法の箒でも飛ぶのは無理かな。

 因みにタイミング的にまだ話せていなかったミルカは普通に驚いてた。


「無理ってどうして……。中央騎士団の魔法騎士ってそれこそ国一番のエリート集団なんですよね?」

「それは現代魔法に関してならそうでしょう」


 え。その言い方は何か嫌な予感。まーさーかー……?

 ジャックとミルカもたらーりと汗を垂らしてるし。


「上空にあるのは、――古代魔法陣なんですよ」


「「「やっぱりーーっ!」」」


 僕達三人の素っ頓狂な声が見事にハモった。


 足元から得体の知れない何かが這い上がってくるような、そんな薄ら寒い衝撃の波が駆け抜ける。


「あ、あの、今なんて?」

「古代魔法陣です、と申し上げました。無数の幾何学円が歯車のように回る魔法陣なので間違いないでしょう」


 無数の幾何学円、歯車……。

 それは確かに僕達もサーガ遺跡で見た古代魔法陣の特徴だった。


 でもあんなものそこら辺で見かける機会なんてない。学校でも古代魔法陣の形状までは習わないし、遺跡探訪とか古文書を紐解きに図書館にでも行かない限り目にしない。

 そういや実際若手のズッコケ騎士は知らないのか不可解な魔法陣って表現していたっけ。あの彼みたいに普通はわからないと思う。

 なら武器職人の彼は古代魔法の研究者に知り合いでもいるんだろうか。武器の制作に古代魔法の知識なんて要らないだろうしさ。


 僕は俄かに湧いた不審を膝に置いた手に握り込む。


「どうして、あなたが古代魔法陣の特徴を知ってるんですか? いいえ、それだけじゃない。まるでその目で見てきたかのような物言いなのは何故ですか?」

「……」


 失礼とさえ取られかねない攻撃的な問い方に怒っただろうか。

 けどウィリアムズさんはどこか困ったようにフッと笑った。


「私は知識だけは豊富なのですよ。それを教えてくれる友人のおかげでね」

「そう、なんですか……」


 その友人は何者だって正直思わなくもなかったけど、何となくそれ以上は突っ込めなかった。


 頭の中がぐるぐるする。

 古代魔法陣が発動……? 何故、どうして、この王都に? そして誰が?

 古代魔法の研究者は確かにいるけど、古代魔法を実践できる使い手までがどこかにいるって事?

 でなきゃ発動なんてしない。

 でも、発動……か。

 何故か僕の瞼の裏には古書街で見た古代魔法陣の形状が光の残像のようにこびり付いて離れないでいる。


「そ、それで守護の剣を持ってきた理由はわかりましたけど、これでしか終息できないって一体?」


 紙袋を一瞥し気持ちを切り替えて、今度は話をきちんと聞こうと耳を傾ける。


「おそらくは、空にある古代魔法陣はこの剣の守護の力でしか解除、というか破壊する事ができません」

「そんな……。でも粉々ですよね」

「ええ。粉々です。ただまあ、何か奮起する事でもあったのか、鞘もなしに昨日よりは破片がくっ付いていますけれどね」

「「ふぉーっ!?」」


 信じられなくて奇声を上げたのは僕とジャックだ。急いで紙袋を覗き込むとなるほど確かに粉々だったのがワケあり商品によくある割れ煎餅の詰め合わせくらいにまで纏まっている。何があったお前えぇっ。


「素晴らしい……! ふっ、ジャック、僕達は偉大なる奇跡の力を目の当たりにしてしまったようだ」

「ああ、もっと褒めそやしてやれよ、アル」

「は、何で僕が?」

「こほん、埋まっていた部分も回収してきましたし、くっ付かないままでもこの剣を活かせます。魔法陣は地面や岩などに直接描かれたわけではなく、宙に魔力の筋として浮かび上がっているようなのでね」


 良くわからないけど僕達は揃ってウィリアムズさんの顔を見つめる。

 じゃあ、現場に向かったオーバルさん達騎士団は何もできないってわけか。気の毒に。


「えーと、粉々剣でも出来るんですか?」

「出来ます」

「因みにどうやって?」


「――魔法陣の上からばら撒いて下さい」


「………………え?」

「陣を貫通させる事で描かれている魔法の線を切断でき、破壊、そして停止させられます」

「………………えッ?」


 ハハ、何それすごーい。社長~、そんなの初めて~!!

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