21スライム狂想曲は遺跡から3
時は少し戻って、魔法学校生のリディアとクレアそしてそばかすのジャックは、それぞれの武器の先に光源魔法を展開し遺跡内部の幅広の通路を駆けていた。
因みにリディアとクレアの二人は揃って魔法杖、ジャックは持ち手の長いハンマーを手にしている。ハンマーは魔法杖でもある変わった武器で、それを振り回して強烈な殴打攻撃を仕掛ける事も可能だった。
何度か来た事があるので内部の様子は心得ていたが、照明が落ち、静まり返り、魔物一匹すらいないこの普段の状態が今だけは不気味に感じられた。
その時、前方から物凄い地響きと、その少し後に砂塵を伴った強風が順番に押し寄せて、三人は身を低くして踏ん張った。
「ああもうッ、アル様に会う前に砂まみれじゃない!」
「クレアちゃん落ち着いて。大丈夫だよ、ほろえば落ちるし髪もほとんど乱れてないし」
頭を撫でつけ気にするクレアとそれを宥めるジャックを横目に、ツインテールの左右の位置を一応確認しただけで良しとしたリディアが、真剣な眼差しで遺跡奥を見つめた。
「急いだ方が良いわ」
走行の再開とほぼ同時に放たれたその言葉は
そうして通路と奥の広場との境目に辿り着いた三人は、ドーム型の天井の下で何やら大きくて真っ黒い塊が飛び跳ねるという前代未聞の光景に遭遇したのだ。
即座にそれが巨大なスライムだとわかった三人は、アルの危機にも気が付いた。
口には出さないまでも、アンデッド討伐に関して
町の人々が困っていたにもかかわらず、自分達は放置した。
将来的に王国騎士団なり冒険者として活躍する者の多い魔法学校生として、傍観など恥ずべき行為だった。
だから少しでも後悔を減らしたかった、勇敢に誰かを助ける事で。
そんな思いがあったからか、今まで見た事のない巨大スライムを目にしても躊躇いもなく迅速に戦闘態勢に入る事が出来たのかもしれない。
「アルが危険!」
「アル様を助けなきゃ!」
姉妹はそう息ピッタリに息巻くや、事前の相談もなく綺麗にシンクロした動作で杖を巨大スライムへと向けた。
ジャックは場を照らす事に集中した。これは経験則から得たもので、二人の調和の取れた魔法の前ではジャックの助力はかえって調和の妨げになるからだ。
光量が一段と上がる中、リディアとクレアはこれまた声を揃えた。
「「――風よ、渦巻け!」」
その声でようやくミルカと赤毛のジャックは反応したが、アルの方はそんな音や状況を意識している余裕もないようだった。まあスライムの巨体が目前に迫っていたのだから無理もないだろう。
そして双子の風魔法は見る間にスライムを持ち上げ、アルは九死に一生を得たという次第だった。
ジャック君、リディアさん、クレアさんのいる所まで全力疾走した僕は、やや息を切らし両膝に手を置きながらお揃いの白いフードマントを羽織る三人を見上げた。
「た、助かったあ~。ありがとうジャック君! リディアさんと、確か……クレアさん。本当にありがとう!」
スライムおらあーっていつもみたいに出力はしてたけど、さすがに親方級となるとヒャッハーッて具合には倒せないみたい。
だけど僕の中の反骨精神は真夏の入道雲みたいにむくむくと育ってる。
次こそは、という悔しさで薄ら涙目になる僕を見て、安堵のあまり浮いた涙とでも思ったのかジャック君が温かな微笑を湛えた。
「ぼくは何もしてないよ。二人が頑張ってくれたんだ。でもアル君が無事で心から良かった」
ミルカを気に掛けてくれてたって言うし、ジャック君は本当に優しい人なんだろう。昨日もだけど醸す雰囲気がもうとても柔らかい。
背筋を真っ直ぐに戻し呼吸を整えつつ、命拾いした感動もあってしみじみと一つ年下だろう彼を眺めていると、杖を手に提げたリディアさんとクレアさんが僕の傍に立った。
親方はまだ落下の痛みに耐えるように悶えてるし、少しくらい放置しても平気そうだった。もしかしたら最初の登場シーンでも親方は耐えてたのかな? 自分から落ちてきたとはいえ落下は落下だし。
「アル、どこも怪我はない? あるなら治癒するわ」
「そうよ、どこも痛い所はないのアル様?」
ぺたぺたと僕の胴や腕や足を触って怪我の有無を念入りに確認してくるリディアさんの横では、クレアさんが心配のせいかやけに潤んだ目で僕を見つめている。
怪我がないとわかって安心したのかリディアさんがふうと息をついた。
「これでアルのサイズはバッチリ」
「……え?」
「バッチリ大丈夫そうで何よりってこと」
「あ、うん? ありがとう?」
サイズって聞こえたけどなあ。まあいいか。
「改めて、助かったのは二人の魔法のおかげだよ。本当にありがとう。それとクレアさん、僕の事は様付けなんてしなくていいからね?」
丁寧過ぎる呼び方に苦笑を禁じ得ないでいると、その笑みを見たクレアさんが頬に両手を当てた。
「はあああん、クレアの王子様……!」
「いや僕は王族じゃあないよ」
「クレアの発言は無視して構わない。これはしょうもない口癖なの。病気なの」
「そ、そうなの……?」
「
よくわからないけど、深く頷くリディアさんには反論を許さない圧がある。
一方クレアさんはうっとりして「カッコイイ……」とか言いながらふらっと後ろに倒れそうになって、ジャック君に支えられていた。
「え、ちょっとクレアちゃん? クレアちゃんってば!?」
「ジャック落ち着いて。クレアなら大丈夫。あなたは知らないけどこれが普通なの。家では少なくともイケメンとの妄想で一日三回はこうなるし」
「ええっクレアちゃんってそうなの!? いつ倒れても良いように常に誰かが傍にいないと駄目じゃないか!」
「へ、へえ大変そうだね……」
ハハハ、治す方法を考えた方がいいんじゃないのそれは。
過保護にも驚くジャック君とは裏腹に曖昧に頷いていると、
「「アル!!」」
ミルカと同郷の方のジャックがこっちに駆けてくる。
「無事だったな! マジでアルが潰されるかと思って焦ったぞ俺」
「ホントよーッ! アルが死んじゃわなくて良かったあああ~ッ!」
ミルカが感極まったように抱き付いてきたけど、ムッとしたリディアさんと、ミルカの声に反応し気を取り留めくわっと目を見開いたクレアさんから、それぞれ左右の脇を持ち上げられて僕から引き剥がされた。
「何するのよ、邪魔しないでよ!」
「ミルカ・ブルーハワイ、まだ戦闘は終わってない」
「そうよそうよ、これだから集中できない落ちこぼれは嫌なのよね!」
「クレアちゃん、そういう言い方は駄目だってば!」
「……ッ、ジャックはいつもいつもミルカばっかり庇って~ッ! もう嫌いよ~ッ!」
「え! い、いやそんなつもりはないんだよ、クレアちゃーん!」
「オーラント、このままもう一押し。クレアのはヤキモチよ」
「ええっ!?」
こんな時だけど、何だかドタバタ劇を観てるみたいだね。
ここでミルカが荒く息を吐き出した。
「クレアはまだあたしを落ちこぼれ落ちこぼれ言うわけ? だったら見せてあげるわよ、あたしの取って置きのマグマ球魔法をっ」
「うわあああっその魔法ストップだミルカ! 落ち着けえええっ!!」
「クククレアちゃんがヤキモチ? わわわどうしよう、ヤキモチイイイッ!?」
ミルカを何としても止めようとするジャックの横ではジャック君が一人で狼狽してあわあわしてハンマーを地面にひたすら打ち付けて抉っている。えっ君って実はそういうちょっと危ないキャラだったの!?
ギャイギャイわいわいひいひいと急激に場が盛り上がる中、
「…………ええと、何だろこれ?」
一人会話に入れないでいる僕はポリポリと頬を掻いた。
ようやく痛みが取れたらしい親方は、何故かステージ前でのっしりと体の向きを変えてこっちを注視するだけで、そのまま防壁のように場を動かなかった。この先は通さんぞって感じだけど行き止まりだよねそっち……。
「皆、親方の様子が変だ」
混沌を極める集団を尻目に、僕は念のため警戒して親方を見据える。
募る緊張を滲ませ観察していると、ようやく現状に意識が向いたのかミルカ達魔法使いローブ着用組が親方をロックオン。
「よくもあたしのアルを潰そうとしたわね。押し倒していいのはあたしだけなのに! あたしの将来のバラ色の人生を潰そうとしたも同然よ。極刑を求刑するわ!」
「ミルカなんかに先を越させないわ! あんなスライムごときより先にアル様を組み敷いて裸に剥くのは私よ!」
「アルはうちの嫁。スライム以上の包容力で夜這いして既成事実作って責任取るから、安心して身を任せてほしい」
……え?
何故か素早くジャックが僕の両耳を手で塞いだから三人が何を言ったのか聞こえなかったけど、彼に視線を向ければやっぱり知らぬが仏なのか訊くなとでも言うように無言で首を横に振られた。
もう一人のジャック君に至ってはおろおろとして三人を止めあぐねている。いやむしろいつクレアさんが失神してもいいようにスタンバってるのかなあれは。彼くらいわかり易いと疎い僕でも恋愛ベクトルは見えている。ああ何て健気……。君が女子だったら嫁に欲しいくらいだよ。
「もうっ、ぽっと出の外野がゴチャゴチャ五月蠅い! 元凶め昇天しなさいよおおおーッ!」
ちょうどジャックが手を外し、ミルカの絶叫が聞こえた。
ブチ切れた彼女が両腕で魔法杖を掲げるや、ノー呪文で見る間に水車くらいの大きな魔法陣が出現。
「「あひいぃっ!?」」
僕とジャックは思わず揃って悲鳴を上げてしまった。
この色は「この先立ち入り禁止!」的黄色と黒の縞模様だよね。
え、ちょっとミルカさんここでそのヤバそうな魔法を出すの!?
頬に感じるじりじりと焼けるような熱さ。
目さえ
死の巨球が僕達の目の前には出現していた。
「わあああっ駄目駄目ミルカッ。君の威力だとこっちまで爆心範囲内だからあああっ!」
「やめろミルカあああ!」
「アルと一緒ならうちは本望……ッ」
絶望色に顔を染め慌てふためく僕とジャック。
リディアさんは僕の腕を抱きしめてくる。
「アル様と一緒なら私だって…………でも、でもっ、ジャックも一緒よ。ああジャック、ジャックあなたはどうしてジャックなの? あのねジャック、今更だけど私ね、本当は……ううぅっ怖いよおおおっ!」
「クレアちゃん……っ! きっと大丈夫だよ! ぼくが命に代えても君を護るから!」
「うううジャックのバカ! あなたの命なんて要らないわよー! ずっと一緒にいるのー!」
「クレアちゃん、ぼくが浅はかだった。きっとこの暗黒の苦難を一緒に乗り越えよう!」
僕達のすぐ横では、ジャック君とクレアさんが終末に立ち向かう少年とヒロインみたいに互いに固く抱き合って、
ツッコミたいのはやまやまだけど、もうくっ付いてる系の二人に無粋な真似はよそう。
それに何より、それどころじゃなかった。
「えッ? ――ああッ! ごめん手遅れえええッ!」
魔法を放った事で頭が冷え我に返ったミルカが蒼白になって口を手で覆った。
誠に
このまま僕達の人生もゲームオーバー!?
かくして親方に向かって飛んでった灼熱の爆弾球は、狙いを過たず――着・弾!!
「ごめんなさいごめんなさい防御魔法展開するから一応皆伏せてえええっ!」
「うおおおおおっリリーッ、愛してるリリイイイイーッ!」
「「「……ッ」」」
ミルカが平謝り、ジャックが喚き、魔法学校生達は等しくぎゅっと目を瞑った。
僕はただ祈った。
ああ神様、できれば色っぽい女神様、どうかお助けを……!!
鉄をも溶かす高温の熱風が爆散!!!!
…………――する、はずだった。
……え、熱くない?
「生き、てる……? 俺は生きてるぞリリーーーーッッ!!」
地面に伏せる事しかできなかった僕は恐る恐る目を開け、ともすれば消し炭になっていてもおかしくないはずの親方を見て絶句。
視界の端ではミルカが呆然と突っ立っている。
「なっ、なっ、なっ……魔法食べてるううう!?」
あ、ホント。食べてる。
めっちゃむっしゃむっしゃやってる。
「「「「「「…………」」」」」」
何と親方はあーんと大きく口を開けてミルカの魔法球を丸ごと呑みこんでいた。
はふはふ、この熱さがいい刺激になって堪んねえ~くう~ッ……と冬場のおでん屋台の客ばりに目と口を中央に寄せて快感を表し、更には「ゲエエ~~ップ」と目に見えそうな汚らしい息まで吐いた。
僕は無意識に眉をひそめる。
そのテーブルマナーなってないザマス!!
しかも親方は、こっちが唖然として見ている前で再び出産を開始。ああステージ前は再び賑やかに~。
「クレアちゃん大丈夫?」
「ジャックこそ……ってあああ何引っ付いてるのよこのスケベー!」
状況を理解したクレアさんは平素に戻ってジャック君を押しのけたけど、いつもなら「ご、ごめん」とか謝りそうなジャック君は今日は違うようだった。
「クレアちゃんはぼくがそんなに嫌?」
「え? べ、別に嫌って言うわけじゃないけど」
「本当?」
「嘘言ってどうするのよ。急に何なの?」
「今回の件で悟ったんだ。いつまでも弱腰でいたら後悔するってさ。ぼくはクレアちゃんのたった一人の王子様に立候補したい。……しても、いい?」
どこかクレアさんの逃げ道を残すような問いは、彼の優しい譲歩なのかもしれない。でも同時に思う。この訊き方はズルイよねー。
ずいっと顔を覗き込むようにして至近距離から目を見つめてのお伺い。そばかすまで赤くしての真摯な告白。
これはきっと軍配はジャック君に上がるんだろうなあ。現にクレアさんの方も真っ赤っかだ。
「……すすすッ好きにすればいいでしょーッ!」
「えへへそっか。わかった。ぼく頑張るね」
素直じゃないけど、顔を見れば最高に素直なクレアさんの様子に、ジャック君が嬉しそうにはにかんでいた。
「なあ、俺あの二人に空気読んでくれって言ってもいいか?」
「えー、ジャックがそれを言うの?」
「……過去の事は水に流してくれ」
奥歯を噛みしめ悔いたように顔を背けるジャック。
君とリリーが所構わずイチャイチャしていた時の僕の気持ちがようやくわかったようだね。まあ確かに僕だってこんな時と場合じゃなければ、クレアさんたちの事を素直に祝福してあげるんだけどねー、ハハハ。はー……僕の周りのカップルにはバカップルしかいないのかもねー。
照れ合って見つめ合う両想い万歳なクレアさんとジャック君の事はとりあえず放置で、残りの僕ら正気の四人はステージ周辺にたむろする親方一味を見据えた。ジャックが嫌そうに顔をしかめる。
「うーへ、またサイコ共かよ。でもま、あの数は面倒だけど親方までの進路確保のために先に片付けるか」
「そうだね」
「ミルカとそっちのツインテもよろしくな」
「うちにはリディアって名前がある」
「ああ悪い、んじゃリディア、よろしくな」
「わかったわ」
「ちょっと待って。そんな悠長にやってられないわ。もう一回強力なの放って親方共々一気に魔法でやっつけちゃいましょ?」
何故かミルカはクレアさん達を一瞥して「ライバル減ったわ」と上機嫌に鼻息を荒くしている。
「待ってミルカ、僕が思うにもしかして親方って魔法攻撃が効かないタイプなのかも。ミルカの魔法攻撃は三回ともほぼノーダメージだったよね?」
「でもリディア達の風魔法は効いてたわよ?」
「さっきの風魔法は、親方への直接的な攻撃じゃなく、単に巨体を持ち上げるために親方の下の空間に作用してたものだから、関係なかったのかもしれない」
「そんな、じゃあどうすれば?」
「さっき単純に自由落下した時に痛そうな顔してたし、純粋に魔法と関係ない物理攻撃なら効くんじゃないのかなって思うんだ」
それを聞いたジャックが意気込んで肩を組んできた。
「よっしじゃあサクッと暴れて来ようぜアル……って――ん? お前何か顔色悪くないか?」
「え? あ……はは、親方とのきゃっきゃうふふの地獄の鬼ごっこのせいだよきっと」
「あーそうか、死にそうになれば、まあそうだよな」
ほっ。具合の悪さを誤魔化す適当な理由が見つかって良かった。
ただ、意外にもこのまま特攻かと思いきやジャックは僕を案じた。
「けどなあ、あんま無理はよくないよな。物理で押し切る前に浄化魔法も試してみたらどうだ? あの親方いかにも邪悪な魔物って感じで黒いから効きそうだ。なあミルカ、アルの奴疲れてるみたいだし試してみてくれないか?」
「浄化? ええとでも、それだって魔法の一つよ。アルを休ませるのは異論ないけど」
「浄化魔法は普通魔法とは違うし、唯一魔物は使えない魔法だから試す価値はあるだろ」
「でもあんまり得意な分野じゃないし」
「「……本気で言ってる?」」
今日の一幕を思い出した僕とジャックからの猜疑の視線をじっと固定され、ミルカはたじろいだ。
「でもそうね。アル本当に顔色悪いし、やるだけやってみるわ」
「おう、頼むぜ」
サイコスライムを生産する以外親方に大きな動きがなかったのは助かった。僕は何となく親方はステージをって言うかその奥の祭壇を護っているようにも見えて内心訝しんだけどね。
「それじゃ行くわね」
皆の前に立ったミルカは両手で杖を前に突き出して一度息を整える。
次にはもう杖先に白く輝く魔法陣が出現して、言うまでもなく光に当たった子分っこ達はすべからく成仏いやいや消滅したよね。
眩い光は親方の黒い体を照らし、同時に表面に張り付くようにしてどんどん覆っていく。拘束の効果も含まれているのかもがいても剥がれず、巨体はろくな身動きも取れなくなっていく。程なくして親方は発光するスライムへと変貌した。ライトア~ップ!
「おっしゃ効いてるぞ!」
「良かったあ~。さすがミルカの魔法は強力だね」
「相変わらずこのレベルで出力ができるのはさすがミルカ・ブルーハワイ。でもこれで安心ね」
ミルカは杖を依然構えたまま浄化魔法が消えないように慎重に魔力制御をしている。アンデッドの時と違って大きさも大きさだし集中を切らせない相手なんだろう。
「けどさ、これが世にも奇妙な親玉級スライムの浄化」
「ああ、何て光景だ。やっぱちび共の時とは違うな」
あいつらは一瞬だったもんね。僕もジャックもドン引いて浄化光に包まれる親方を見つめた。
親方はいつしかねじり鉢巻を落とし、俺間違ってましたこれからは真っ当に生きますとか何とか改心したような煌めきをつぶらな瞳にちりばめている。
親方は視線を感じたのか、その澄んだ赤い目が僕達に向けられた。
遺跡に来て以来育っていた僕とジャックの黒い殺意が迸る。
つまりはあ~……ハイ、お約束。
「「――とーーーーう!!」」
染みついた習慣ってコワい。
突如目を爛々と輝かせた僕とジャックは華麗なる三段跳びで距離を詰め、ほぼ同時に親方に飛び蹴りを食らわせていた。
それすなわちヒーローキイイイーック!!
予測通り物理攻撃が効くようで、爪先まで攻撃性に満ちた僕達の蹴りが予想以上のクリティカルヒットを記録。スライムへの恨みはどんな時でも効果を発揮するものさ。
超重量級スライムは嘘のように「あー?」とそのまま吹っ飛び、激しく何度も壁で跳ね返った。台上をエンドレスに跳ね返り転がり続けるビリヤード球よろしく見ていて楽しい事になっている。
壁に激突するごとに凄い音が遺跡内には響いてたけど、一仕事を終え額の汗を拭う僕達は、楽観的にも最終的にはどこかで止まるだろうとその進路に注意を向けていなかった。
こっちに来たらまた蹴りでも入れてやろうと楽観的に考えていただけ。
しかし、しかしだ。
最早白目を剥いた親方は惰性のままに地面で大きく跳ねて、何とクレアさんとジャック君の方に飛んで行った。
あ……。
「二人共避けろおおお!!」
「親方がそっちに行ったぞおおお!!」
僕とジャックの叫びに「え?」と顔を上げたバカップルあいやジャック君とクレアさんは揃って息を呑んだ。
いやさあ心底正直に言えば、状況変化も甚だしいし時間経過も著しいのにまだ二人の世界にいたのおおおっ!?て思うよ。でもまあそこは敢えて口にはすまい。
「はあああ!? ちょっとこんな時にいつまで二人の世界に浸ってんのよこのバカップルがあああーーーーッ!!」
あ、ミルカが突っ込んだ。突っ込んじゃった……。
「ナイスミルカ。うちも実はそう思ってた」
あちゃー。ドサクサ紛れに妹のリディアさんまで頷いちゃったよ。気の毒に……ってそんな事よりこのままじゃ二人が潰されるーっ。
ここからじゃ走ったって間に合わない。
迫る親方(気絶中)。
二人に退路は望めない。
「きゃあああジャック!」
「クレアちゃんにはヌメリ一滴すら触れさせないよ!!」
頼もしく言ったと同時にジャック君が素早く立ち上がって武器のハンマー杖を握り締め、次の瞬間、僕達は驚くべき新競技を目の当たりにする事になる。
ハンマーの長柄を両手で握るジャック君が地面を強く蹴り出したかと思えば、自身を軸に
まさに陸上競技のハンマー投げの要領での動き、そして彼はそのまま勇敢にも敵を迎え撃った。
「うおおおおおおおおおおおおおっ!」
見た目に似合わず男らしい気合いの猛声が上がる中、急速接近する親方とジャック君の大いなるハンマー。
瞬きの後、ドゴオオオオーン、と真芯が綺麗に親方の巨体に打ち付けられる音が響き、親方は見事に打ち返されて高速でドーム天井に激突、天井にはヒビが入った。
ハンマー投げならぬハンマー打ちという競技が誕生した瞬間だった。
パラパラと小さな岩の欠片が落ちてくる。
親方はそれと共に地面に落ちて、ややあってボワワワンと消滅した。
後には橙色の魔宝石が一つ残されるのみ。色に合わせたみたいに奇しくも果物のオレンジみたいな大きさだった。
そして何と親方の鉢巻はドロップアイテムだったのかその場に残されたままだった。後日、質屋に持ってったらまんま「親方の鉢巻」として結構なお値段で買い取ってもらえたのはビックリだったけど、それはまた別の話。どうも防具を作るレア素材だったらしい。
重そうなハンマーの先をゴツリと地面に置き、ハア、ハア、と肩で大きく息をするジャック君。
僕達の中の誰しもがしばらく声を出せなかった。
この場のMVPは間違いなくジャック・オーラント、彼だった。
「愛の力……」
とは一体誰の呟きだったか。
そんなジャック君も暫しポカンとしていたものの、じわじわと胸に勝利の喜びが広がったみたい。
「やったあ、成り行きとは言え、アル君達との連携で倒しちゃった。アル君達がほとんど敵の体力を削ってくれたおかげでぼくの一撃でもトドメの一発になれたみたいだよ。クレアちゃんも無事で良かった~」
嬉しさと安堵を隠せない彼の明るい声に、ようやく僕も皆も張り詰めていたものが弛んだ。
でもあれは連携って言うか、彼のクレアさんへの想いが生んだ驚異の会心の一撃だよ。
イチャコラしてんじゃねえよって思っててホントごめん……。
因みにクレアさんは恋人の大活躍に目をハート型にして失神した。まあリディアさんがすぐに気付け薬を嗅がせて起こしてたけど。
これを以て終に、サーガ遺跡の迷惑スライムは全滅した。
「はー。一時はどうなる事かと思ったけど、倒せてよかったわ」
ステージ縁に腰かけるミルカが、凝りを解すように肩を回している。リラックスしている証拠だね。
「んーでも僕達は正直ちょっと物足りなかったけどね」
「なー。もっとサイコスライム狩っとけば良かったぜ」
「いいじゃない。あんな面倒な敵を相手に大きな怪我もなく無事だったんだから」
どこか呆れたようなミルカは苦笑いを口元に浮かべると、元学友達の姿を目で追った。一応ミルカなりに気に掛けてはいるのかもしれない。彼らも彼らで目立った怪我はないようだった。
討伐を皆で喜び合った後、魔法学校生の三人は揃って祭壇に近付いた。何でも、学校の課題をこなしたいとかで、今は祭壇中央付近に集まって何やら相談し合っている。
さっき入る許可がどうとか言っていたけど、大体にしてもう脅威は去ったし、ダニーさんにバレたところで今更ガミガミは言わないと思う。
それまでどこかホッとしたように見ていたミルカだったけど、唐突に何故か眉がひそめられた。
「もしかして壁画見に来たわけじゃないの? だったら何しに来たのかしら。そもそもあれ止めなくていいの?」
「え、うーん、本当に何を始めるつもりなんだろう」
ミルカが怪訝にするのも尤もだった。何を思ったのか、彼らは祭壇の上の物をどかし始めたのだ。それらは歴史的な遺物じゃなくて街の人が形だけでもと近年置いたものだって話だから動かしても構わないそうだ。掃除でも始めるのかもしれないし何となく止めるに止められずに眺める。
丁寧に燭台や鏡などをステージ床に移動させた三人は、スッキリした祭壇に向き直った。
ミルカが本格的に訝しむような視線を投げている。
それは僕もジャックも同様だった。
「「―――風よ、渦巻け」」
ジャック君が照らす中、リディアさんとクレアさんが祭壇の石材に向けて魔法を放つ。風が最初は祭壇とステージのほんの僅かな隙間に入りミクロの渦を巻き、徐々に隙間を大きくしていったかと思えば、何とめちゃくちゃ重そうな石の祭壇がそっくりそのまま浮き上がった。
「へえ、浮くのねあれ……って感心してる場合じゃないわね。ちょっと何してるのよあの三人ったら!? 罰当たりもいいとこじゃないの! それに雑貨はともかく貴重な古代遺跡を勝手に掻き回したら駄目じゃない!」
さすがにミルカが真っ当な台詞を口に彼らの元に行こうとする。ジャックもやや困惑気味な呆れ顔でミルカに続こうとする。
上昇し、今度はゆっくりと横に動かされていく祭壇。
僕は何故かドクドクと動悸が高まり、嫌な予感がしていた。
三人を止めないといけない気がしている。
明確な理由はわからない。
けど僕は、近付きたくなかった。
祭壇に。
いや、違う。
正確にはそのもっと向こうの何かに……。
ミルカもジャックも足を止めていた。
「え……? 祭壇の奥の壁に小さな扉があるわ。だから退かしたのね」
「マジか。よくあんなの見つけたな。あの石材を浮かすって大胆さと発想がまず凄いよな」
「褒められたものじゃないけど、確かにそうよね」
それはあたかも隠し金庫のような大きさの扉で、その奥の大切な何かを文字通り隠しておくための役割を担っていた。
遺跡の調査団もまさか祭壇の後ろに小さな空間があるなんて思いもしなかっただろう。きっとあれはあの三人が密かに見つけたものだ。
憤りを忘れるほどに現実に驚かされたミルカとジャックの会話は、僕の耳に届いている。それなのに相槌が打てないくらい僕の体調は急激に悪化していた。本気で気持ち悪い。
この先にあるだろう何かが、とても、嫌だ。
祭壇の石材を全てどかされ、今や露わになった扉は今にも開かれんとしていた。
本来の所有者以外の手によって。
ドッと冷や汗が噴き出す中、暴くのはやめてくれと思いながら、親方に触発されたのか、この気分の悪さは僕ご懐妊なのかも……とかなり本気で現実逃避した。
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