20スライム狂想曲は遺跡から2
「ね、ねえ今の凄まじい魔力って……ミルカちゃん?」
遺跡入口の前に突っ立つ形で怯んだようにそう問うたのは、鼻の上のそばかすが初々しい魔法学校生のジャック・オーラントだ。
入口奥から余波のように吹き付けてきた風に赤茶の髪を揺らしている。
彼の傍には双子の姉妹リディアとクレアもいて、三人は入口から飛び出すようにした強烈な浄化光をしかと目撃していた。リディアとクレアに至っては揃って菫色の瞳を見開き言葉もないようだった。
三人は息を呑んでしばし遺跡の奥に目を凝らしていたが、緑サイドテールのクレアが気を取り直すと顔を歪めた。
「まさか、あの落ちこぼれミルカのはずがないわ!」
「でも、ミルカ・ブルーハワイの魔法の気配だった。そもそも彼女の魔法は超強力。ただスカが出るからほとんど使ってなかっただけよ」
異議を唱えたのは緑ツインテールのリディアだ。
その言葉にクレアは呻いただけで反駁は持ち得なかった。彼女とて嫌々ながらではあったがかつて伊達に同じ班になっていない。ミルカの真の実力を解してはいるのだ。
「クレアちゃん、リディアちゃん、どうする? あのくらい強い浄化魔法だったし、街の人の話だとサイコスライムが出るらしいけど、今ので大半がいなくなったって考えていいと思う。入るなら今が好機だよ」
「その通りよねジャック。早く行きましょ!」
「よく言う。無断で入るのを散々渋っていたくせに……」
姉妹それぞれの温度差を受けて少年は曖昧に笑った。
「だって、ぼくも遺跡に隠されてたものが何か純粋に気になるからさ」
魔法学校指定の白いフードマントの裾をはためかせ、三人は慎重な足取りで遺跡の中へと消えた。
サーガ遺跡が新たな来訪者を迎えていたそんな頃、僕達は直線通路を抜けて広い空間に辿り着いていた。ミルカが広場がありそうだと言っていた通り、そこはちょっとした集会が開けそうな場所だった。
僕達の光源に照らされる壁面は綺麗なカーブを描いて真円を成しているっぼい。音響効果が高そうだ。
正面の奥は演劇のステージよろしく一段高くなっていて、そこに石で造られた祭壇らしきものがあり、五十年前の物なのかもっと古い物なのかはわからないけど、燭台や鏡、花瓶のような陶器などの細々としたものが置かれたままになっていた。
祭壇はそのまま岩壁と一体化していて、どう見てもここが遺跡最奥だった。
ミルカが光の灯る魔法杖を掲げて感心の声を上げる。
「天井たっか~……明かりが先まで届かないわ。大岩の高さにも限度があると思うんだけど、どうなってるのかしらここ。果てがないみたいに真っ暗よね」
「ホントだな。頭上真っ暗っつか真っ黒だ。それに何か光だけじゃなく音も吸い込まれてく感じがしないか?」
「ええ、そう言われてみれば……」
二人が上部を見上げる間、僕は内心同意しつつ口元に手の甲を当てていた。
この広場に足を踏み入れた時からざわざわと悪寒のようなものを感じていたし、胃の腑の辺りが気持ち悪い。何か変なものを食べた記憶はないけど胃もたれかな?
心配は掛けたくないから吐き気は二人には黙ったまま、やや弱った視線を巡らせる。
ほとんど期待はしてなかったけど、案の定サイコスライムの残党はいなかった。
落胆を呑み込む僕は、天井の形状がまだ見えないながらも、壁の丸みや傾斜からおそらくここはドームを形成していると推測した。
そしてステージ上の更に祭壇奥、広場最奥の壁には大きな壁画があった。
何らかの場面を表してるんだろう。
ここからじゃまだ壁際までは光も薄くしか届かない。それでもやや遠目ながらも細かくて精巧そうな絵なのはわかった。
さすがに湿気やカビ、風化や劣化で汚れや欠損があり所々岩肌が見えているものの、良好と言っていい保存状態だ。長年外気に晒されず地下水の影響もなく、更には材質が岩石だったから綺麗に残ってたんだろう。
自分でもよくわからないまま何かを探すように目を凝らしていると、傍のミルカが不満の声を上げた。
「魔法書には古代魔法陣があるって書いてあったけど、際立ったものはステージの祭壇と壁画だけなのかしら? 古代魔法陣らしきものがどこにもないわよね」
「そう言われればそうだな。古過ぎて消えたとか?」
「えーでも、もしそうなら壁画だって残ってないと思わない?」
「あー、そうだよな」
考え込むジャックとミルカ。
確かにその点も気にはなるけど、そんな二人を余所に僕はどうにも興味を引かれて壁画を眺めていた。
「もしかして、ここの守り神関係の絵……?」
僕の独り言を捉えたジャックも興味を惹かれたのか目を凝らす。
「だとしてもたくさん描いてあってどれがそうだかわからないな。守り神を探せ、だなこりゃ」
茶化す友の言う通りだった。
不満を一時収めたミルカも一緒に壁の方に寄ってくれて皆で揃って壁画を見やった。一つ一つ細かく見て行けば、人っぽいものもあれば人なのか何なのかよくわからない形のものもある。
「何だか民族大移動の図みたいよね」
「んーけどそれにしちゃあ、見てる方向がどこか一点に集約されてるような感じがするけどな」
「あら本当だわ。全体を照らしてみればわかるかも。光量を増やしてみるわね」
ミルカの提案に一部にしか光を当てていなかった僕達は賛成した。
折角の貴重な古代史料だし、ここで目にしたのも何かの縁だ、見てみよう。新発見があるかもしれないしね。探検家にでもなった気分で三人で壁から少し下がり、ミルカが杖先の光を強めた。言っておくと、僕とジャックの額ライトはもう目一杯強いのにしてあってこれ以上は明るくならなかった。
照らしてみれば、壁画は祭壇上部の広範囲に広がっているようだった。
おそらく集った人達が下から壁画を眺めると言った感じだったんだろう。
壁画の中央に描かれているのが守り神かな。沢山の者がその周りを囲んでいる。
まさに神と呼ばれるだけあって崇められているような絵だった。
その時、洞窟の結露なのか、岩に染み込んだ水分なのか、ポタリと一滴の水滴が肩に落ちて来て、ふと急に僕は天井が気になった。
そういえば天井はかなり高いっぽい。
さっきも光が暗闇に吸収されて天井肌は見えなかった。
「すごいわね。悠久の時の流れって言うか、歴史を感じるわ」
「職人技だなこりゃ!」
「あ、説明書きっぽい古代文字もあるわよ」
「ミルカは古代文字が読めるのか?」
「魔法学校じゃ必修科目だったから」
ジャックとミルカの会話を聞きながら、頭の片隅では何故だか物凄~く嫌な予感がしている。
入る時に遺跡の岩山の外観を見たはずだった。
通路は地下に傾斜してもいなかった。
だから改めて考えれば、如何にここが大きな岩山内部とはいえ、見上げた天井に光が届かない程の高さがあるわけがなかった。
じゃあ何故天井の岩肌が見えなかったんだろうね?
本音ではもっとじっくりと壁画に見入っていたかったけど、僕の直感がそれを許さない。
まるで広場の重力場が下方向に力を増すように、上から重圧をかけられるように、僕の感覚は言い知れない重苦しさを感じている。
天井の下。
ここに留まっていてはいけない。
直感が警鐘を鳴らした。
「ジャック、ミルカ、壁際まで戻って!」
「「え?」」
二人はいつになく強い語調の指示に一も二もなく駆け出した。
指示の意味を考えるのは二の次で、反射的に僕を信じて従ってくれたんだと思う。
二人同様に猛ダッシュする僕は全身の肌が粟立つような感覚を来し、肩越しに振り返っていた。
視線のすぐ先にズドオオオオォォォォンという物凄い音と共に巨大な何かが落下してきたのは、そのまさに刹那。
紙一重のタイミングだったのには、さすがの僕も驚きの声さえ出てこない。耳を覆いたくなるような轟音、圧縮された空気が押し出され埃を伴った突風、思わずたたらを踏みそうになる地響きが伝わってきた。
「ななななな何だ今の!?」
「なっ何が落ちてきたの!?」
壁際近く、祭壇まで辿り着いたジャックとミルカが慌てて後ろを振り返っている。
彼らも岩窟内に舞う砂埃のせいで、更にその先の闇にもぞりと蠢く巨大な何かをはっきりとは視認できないようだった。
「二人共気を付けて!」
「何がいるんだ!?」
「虫!? お化け!? ああもう埃で見えないじゃない!」
さっきの背中スライムのせいで沸点の低いミルカが風魔法を発動させる。
幸いスカにはならず、風は余計な砂埃を全て一本通路の向こう、つまり洞窟出口へと綺麗さっぱり浚っていった。
ナイスミルカ!
掃き清められたような透明な空気の向こう、僕達が注視する前でそれは想像を遥かに超える大きな全身を露わにした。
そこには何と通路のアーチに達する程の、人生お初にお目に掛かる超超超巨大スライムがお出ましになっていた。
まるでイカスミから生まれたような色のスライムだった。
透明度はなく純黒。ステルス仕様。だから光を吸収して天井が見えなかったんだ。あと物理的にも遮ってたからね。
今はミルカの光源が強まり広場内全体の壁や地面が照らされているおかけで間接的にそいつの存在を認識できている。
見る者を一時でも黙らせるには十分な異様さと威容を兼ね備えた非常識極まりない貫禄に、僕達三人の胸に去来した熱き強き思いはたった一つ!
「「「おっ、親方あああああーーーーッ!!」」」
上部に鉢巻きみたいなのしてるし、寸分の狂いなく、そいつは親方だった。
「何だよこの親方スライム……!!」
「きっとサイコスライム共の親玉だよジャック。子分っこが一掃されちゃったから、よっこいしょーワシの出番だーって満を持しての登場なんだよ!」
「口回りのむっちり具合なんかすげえ親方っぷりだよな。取り組みとか稽古後みたいに滝のような汗掻いてるし。スライム部屋とかありそうだ」
えーとじゃあ、さっきの肩の水滴ってスライム汗……勘弁。
「大丈夫かアル? 遠い目して」
「ああいや何でもない。嫌な事は忘れるに限るよね、ハハ。でもあれ新種かな?」
「だろうな」
だけどこの大きさじゃ新種申請に持ってくのはと~っても無理。つっかえて出せないね。
「おそらくうま~い具合に天井にはまり込んでいたおかげで浄化光が届かず害を免れたんだな。運のいい奴め。けどアルのおかげで潰されずに済んだ。サンキューなホント助かった」
「そうよね。ありがとうアル。ところでこの暗黒物質はどうやって倒すのが効率いいかしら。でっかいイカスミ肉まんみたいだし、いっそどでかい
巨大スライムをじっと見つめ、冗談なのか本気なのかミルカが攻撃魔法の選定に悩んでいる。
そうなんだよね。明らかに普通のスライムじゃないから何らかの特殊技とか持ってたら厄介だし、戦闘方法は慎重に見極め――
「いつも通り押し切りゃいいんじゃないか?」
「アッハハ~だよね!!」
――るわけ無いじゃないかこの僕達が!
僕とジャックがそう勇んで武器を構えたところでしかし待ったが掛かった。
「二人共早まらないで! ちゃんと良く見て。あのスライムにたあ~って笑いもしないでいきんだ表情してるでしょ。もう少しだけ我慢して様子見た方がいいわ」
あ、ホントだ。
ミルカの指摘に従い困惑と嫌悪の眼差しで見ていると、親方は「もっともっと見てくれ~」とか喘ぎそうな汗ばんだ表情のまま、大きな全身をぶるぶると震わせ始めた。
ぷるぷるぷるぷるぷぷるるるんッ!
「うわっ気色悪い。一体何を……?」
親方の何かがたぶん絶頂に、僕達の怖気と疑問もまた頂点に差し掛かった時だった。
もりっと親方の表面から幾つものイボが浮き上がった。
「ヨクイニンを飲め!!」
「ヨクイニン?」
元カノのおかげで美容に無駄に詳しいジャックが咄嗟に叫び、ミルカは聞き慣れないのか首を傾げた。
僕は知ってる。
ヨクイニンはイボとか肌荒れに効くと謳われてる生薬だ。
うちの祖母がずっと気になっていたのか時々「どうしようかしらんヨクイニン」なんて悩んだように検討してたっけ。結局買ったのかどうかは知らない。
警戒して見ていると程なく、すぽーんと勢いよくコルクの詮が抜けるような音がして、親方の表面のイボが全て周囲に散じた。
三々五々地面に落ちたそれらは茶色で、小さく痙攣すると次にはぐるんと顔を正面に戻すようにした。
一斉に何対もの赤い瞳がこっちを見つめる。
小さく分裂して生まれ出でたもの、それは何とついさっきミルカが全滅させたサイコスライムだった。
「「――何いいいいい!? 新たなサイコスライムを生み出しただとおおおおおッ!?」」
「いやーッこんなの初めてえええ!」
絶叫が揃う僕とジャックの横ではミルカが何のサービス精神かそれっぽい台詞を口にした。
「ぼ、僕達はスライムの出産に立ち会った奇跡の体験者なのかも!?」
「ああっ歴史的瞬間だ。感動のドキュメンタリーの始まりだ!!」
「え、メス? 男らしいねじり鉢巻きはまさかの自己
「……え? 何か言ったミルカ? アヒルの子?」
「アル目の前の事だけに集中しろオオオ! サイコの波が来るぞ!!」
「ああごめんジャック、おっしゃ大漁旗上げるかあああーッ!」
半狂乱のミルカの台詞は早口過ぎてよく聞き取れなかったよ。てゆーか会話がカオス! 親方も最早何の親方なのか……。
「ミルカも落ち着け。あれは出産じゃねえっどう見ても分裂だろっ」
「そっか……うんそっか。そうよね!」
ジャックがミルカの肩に手を置いて宥めている。
凄いなジャック。何だかんだでこの二人って相性良いよね。
冷静さを取り戻したミルカがスライムを睨み据えた。
「あたしスライムってどうやって出現するのかしらってたまに思ってたけど、まさか発生させる特定の一匹が居て、そこから増えてるなんて思いもしなかったわ」
「普通にフィールドにポンポン湧いてくんのかと思ってたな俺は」
「僕もこのケースは初めて見るよ。でもやっぱり普通のスライムはフィールドにいつの間にか出現してるって考えていいと思う。サイコ種産むだけあってこれが特殊な個体なんだと思うよ」
全てを終え満足と
何があってもここのラインからは抜けられないんですよー、とか言いそうだ。
まあ動きがないなら好都合。この隙に変則的な動きをしてくるサイコ共を全部倒しちゃおうね。
「くくくよ~しとっとと片付けよう!」
「へへへっ一気にケリつけてやるぜ!」
「さすが二人共、ブレない」
僕とジャックは故郷の皆が見たら間違いなく二度見か人違いする笑みを貼り付け、そんないつも通りの光景にミルカは呆れと感心が半々だ。
――だけど、悔しい事に親方にそんな甘い考えは通じなかった。
「あ! ねえまた親方の様子が変よ!」
「なッ? またイボだと!? ホルモンバランスが悪いのか!?」
僕達が見ている前で親方はまたぷるぷるぷるぷる、んんんん~っすぽーん!……てな感じでサイコスライムを量産した。
「やっぱり子沢山で安産なのはあのどっしり体型なの、ねえ!? ぽっちゃりなあたしでもアルは愛してくれる!? 丸々したあたしとでもアルは一杯子供作ってくれる!?」
「……え? 何ミルカ? アヒルと一杯? 家禽ってお酒飲むの?」
「アル目の前の状況に集中しろおおお!」
「ああごめんジャック! よおおおーっし行っくぞおおおーっ!!」
出産概念に引き戻されたミルカがまた早口で何か叫んだけど、僕はサイコスライムを相手にするのに忙しくちゃんと聞いてなかった。気合を入れろとばかりにジャックがさっき同様に僕を叱咤してくれる。嗚呼友よ!
親方は第二弾第三弾とハイ次ハイ次~って脅威のわんこそば流早業でわんこスラ……じゃないサイコスライムを生み出し続ける。あーくっそ、数が多過ぎて討伐が追い付かない。他にも誰かが居ればなああっ!
気付けば広場内は犬も歩けばスライムに当たり、僕が歩けばスライムを踏んづける。そんなスライム大混雑な状況に陥っていた。
まさかこれってエンドレス生産?
大元の親方を叩こうにも、一本通路の比じゃなくめちゃくちゃに動き回る小粒サイコ達が邪魔で辿り着けない。
親方はそれを見越してなのか、やっとにたあ~っとスライムスマイルを全開にした。
くっ、そうかこれが親方の戦闘スタイルか。
自分の手を汚さずの卑怯者めえええ!
嫌味の笑みにしか見えない。広場とは言え奥まった空間でスライム共に囲まれて、スライムいきれが半端ない。
僕からやや離れた場所ではミルカがわなわなと震えた。
別の所ではジャックも。
二人共目の焦点が合ってない。
「何か空気が温かいのが凄く嫌っ!」
「くくくこれは固めてスライム寒天作れるな」
「しかも生まれたてホヤホヤで新鮮よね! これがイクラならどんぶりにするのに……っ」
戦闘続きでお腹が空いて混乱したのか、ミルカがじゅるりと口元を拭った。ジャックも。
「二人共気をしっかり持てえええっ!!」
なんて言ったは良いけど、僕もいつまで精神
「もうこうなったらあたしに任せて。魔法で親方を倒すわ」
またスライムが背中に入らないように警戒に警戒を重ね魔法の行使すら慎重を期していたミルカが、もう自棄なのか巨大スライムに向けて真っ直ぐ杖を突き出した。一気に叩く気だろう。
「覚悟なさい、安産親方!」
次の瞬間杖先から無詠唱で魔法が発動し、親方の真下の地面が大きく二つに裂けると、まるで猛獣が頑健な顎で獲物を噛み砕くように親方の全身を挟んで押し潰す。
しかし、しかしだ、親方はどこ吹く風~みたいなふてぶてしい顔をしただけだった。
むしろ「指圧もっと強めで~」とか注文が飛んできそうだ。
「くっ、腹立つ顔! 攻撃も全然効いてないしっ。じゃあこれならどう、さっさと蒸発しちゃいなさい!」
歯噛みするミルカは、次はマグマもかくやな高温どろっどろの液体を生み出して親方に浴びせた。
しかし敵は今度も「ん? 自在に貼り付くホッカイロ? いいねえ~」みたいなほっこりとした顔になる。
「ええっ!? こ、これでも駄目なの!? 何て高い魔法耐性なのかしら。これじゃあ浄化魔法も効くかどうか怪しいわね」
ミルカの攻撃の余波でサイコスライム達は軒並み死滅したけど、がらんとした広場内の現状を理解した親方は、策を変えたのか一度震えると何と僕達の方に跳躍してきた。一跳びごとにズシンズシンドスンドスンって地響きがヤバい。
慌てて逃げるけど、親方の大きさと案外速い跳躍スピードじゃ追い付かれそうだし、この閉塞的空間じゃ逃げ場なんてないも同然だ。
攪乱のためにジャックとミルカとバラバラに逃げたのは良いけど、ステージに逃げた僕は慌てたせいで祭壇の燭台やら鏡やらを倒してしまった。
その音に反応したのか、親方は怒ったように急に僕の方にぎゅるんと体の向きを変えて勢いよく跳んでくる。
ちょっとこれはかなり想定外。
「うえええ!? これ避けられないパターンじゃないのおおお!?」
見上げる先がもう黒い。
ひいいいっ! 壁と親方に挟まれて、あっし圧死しますって? いやいやもう何でこんな時にしょうもない親父ギャグ飛ばしてんの僕は!
ジャックもミルカも一緒に潰されないのは良かったけど、せめてこの剣でカンチョウよろしく一矢報いてやると覚悟を決める。
鋭い剣先でゼリーみたいに柔らかく崩れてくれないかなーなんて思ったけど、視界に入った壁面にヒビが入っているのに気付けば絶望的になった。親方が飛び跳ねてぶつかった場所だ。
お宅そんなに硬いのおおお!?
スライムなのに反則だよ。なのにどうしてそんなにぷるんぷるん揺れてるんだよ。生態が謎過ぎる。ハッまさかスライムと見せかけてスライムじゃない系?
思考も錯乱してくる僕は蒼白な顔で親方を見上げるしかなかった。
「「アルーーーーッ!!」」
ミルカが魔法杖を向けたけどきっと間に合わない。
最早万事休す。
二人の叫びも意識には上らない。
これも因果応報なのか今度は逆に僕自身がプチッとやられる?
そんなあああああーーーーッ!!
僕は剣を握り込み肩を力ませ、今までにないだろう大きな衝撃を覚悟した。
……っ。
…………ん?
……………………あれ?
最初、聴覚が周囲の異変を拾った。
ゴオオオオオッという音と共に、気圧の変化に耳が塞がるようだった。
一瞬、窮地の余り自分の感覚がおかしくなったのかと思った。
何故なら、まるで竜巻でもすぐ傍で起きたよう、な…………って、ホントに竜巻だあああ!?
思いもかけない方向から強烈な突風が吹き込んで、親方の下に凄まじい空気の渦を形成したかと思えば、何とあの重量級の親方を僕の頭上に浮かせていた。
状況がわかっていないような「あー?」というスライムに定番の表情をする親方を見て、ようやく僕は咽の奥から声を発する事が出来た。
「……助かった?」
まだ完全には当惑が拭えず、呆然としてのろのろと風が吹き付けてくる通路の方に目を向ければ、風に緑の髪を靡かせながら同じ顔の少女が二人、揃って杖を構えて超強風を生じさせていた。
その後ろではそばかすのジャック君が柄の長い大きなハンマーの先っちょに光源魔法を展開している。もしかして頑丈なハンマーが武器なのかな。気弱そうな顔に似合わずも。
「アル君今の内にこっちに!」
大きく叫んだジャック君の声に導かれるように、僕は落下進路から急いで離れた。
状況を確認した直後風魔法がふっと止み親方がズドオオオーンと自由落下する。
不意の衝撃には弱いのか、
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