第7話 再会

「本当?」


 琳の言葉にバンは顔を上げた。


「ああ。俺だって死んでる。あの世で俺みたいな職に就く奴もいるが、大抵死神なんぞをやって一定期間過ごしたら、また現世に戻れる。また生まれ変わって赤ん坊から始めるんだ」


「死んでるのに……生きてる……?」

 首を傾げるバンを見て、逆に琳とコンは僅かに驚いた。

 鬼籍を担当しているのに、あの世のシステムを知らないとは思わなかったからだ。

 本当に元老院の地下室から一歩も出ず、毎日毎日鬼籍を作る仕事だけを淡々とこなしているだけなのか、と。


 そんな毎日、自分には絶対無理だ、と思うと同時に二人はバンに心底同情した。


「死んだら魂だけの状態だから、とても不安定なんだ。だから、死んで三途の川の先にある門を潜る時に記憶を消されるんだ。一番強い感情だけを残してな。それだけじゃまだ安定しないから、名前を貰ってこいつみたいな半身をつけられる。生きるってことは魂と肉体が一致してる状態だな。だから、今の俺は肉体が欠けてる状態だから生きてるとは言えないな」

「じゃあ、死んでるの?」

「それもちょっと違う。肉体は死んだが、魂は生きてる状態だ」

「魂は死なないの?」

 その問いに琳は少し躊躇した。

 その僅かな間にコンは眉をしかめた。


「……死なない。あの世へ逝く時も現世へと戻る時も記憶はなくなるけど、魂が死ぬことはない」

 例外はあるけどな、と琳は心の中で呟く。

 そしてこれは人に限ってのことだ。

 コンにも、そしてバンにもこのことは適用されない。


 なぜならあの世へ死んでから逝く。

 だが、コンもバンもあの世へ来るからだ。


 コンもバンもいずれは死ぬ。

 それは肉体だけでなく、魂の消滅も意味する。

 二度と生まれ変わることはないのだ。


 人以外のものが全てそうだという訳ではない。

 ただ、人以外のものの多くがそうなることが多い。

 ある宗派ではそれを『輪廻りんねからの解脱げだつ』としている。


 それが良いことか悪いことか、琳にはいまいち分からない。

 何度も生まれ変わっていることをあの世で知らされるが、生まれ変わって現世に戻れば忘れてしまう。

 生まれ変わってやり直すことはできないし、一瞬一瞬を生きていることには、人も人以外のものも変わりない。


 ただ、コンやバンのことを思うと、時折胸を締め付けられる思いがする。

 憐れんでいる訳じゃない、と完全に否定もできない。

 その締め付ける思いが何なのか、それも分からずにいる。


「……例えそうだとしても、やっぱり死ぬところを見るのは辛いよ……」


 ぽつり、呟いたバンの頭を琳は軽くポンポン、と叩いた。

現世ここに来た甲斐があったな」

 にこりと笑う琳にバンはうん、と小さく頷いた。

「それに美味いもんも食べれたしな」

 目線でバンが持つハンバーガーを示すと、バンもようやく笑顔になって大きく頷いた。


「……戻るよ。知らない方が良いこともあるって分かったから。私が吐いた名前の人の顔が浮かぶのは辛いから」


 ようやく話が落ち着いたところで、それまで黙っていたコンがふと、そういえば、と口を開いた。


「間違ってリストに載った子の名前、あれ、何て読むんです?」

 その疑問に琳がおい、と慌てて止めようとしたが、間に合わず。


にのまえはじめ


 バンがそう言うと、琳が片手で顔を覆った。

 その様子を見て、コンは「あ」と事の重大さに気づいたが、時は既に遅く。


 バンの口から滑り出た名前は宙で墨文字となって漂い、それを指先で受け取ったバンはトレイに載っていた紙ナプキンに押し当てた。


 達筆な墨の文字が張り付いた紙ナプキンを見た瞬間、バンも「あ」と小さく声を上げ、ごめんなさい、と頭を下げた。


 バンが名前を吐くと、その名前は鬼籍に載り、その名前を持つ者は死んでしまうのだ。

 例えハンバーガー屋の紙ナプキンでも鬼籍となり得る訳で。

 その瞬間、死神達に配られている鬼籍のリストにも自動的にその名が載る訳で。


 三人は急いであの世へと戻る為、陸橋を駆け上がった。

 街中で橋を探すのは意外と容易だ。

 橋はなにも川に架かるものだけではない。

 陸橋はその名の通り、陸に架かる橋だ。


 そして、陸橋の中には人があまり利用しないものもある。

 少し先まで歩けば歩道があったり、地下道ができたりなどして、利用者はゼロではないが、利用する人が少ないものもあるのだ。

 それが大通りだろうと、視線はあまり上に向かないため、案外死角となり得る。


 そういう橋が彼らにはなのだ。


 人があの世へ逝くには一定の条件が揃った橋や辻でないとダメだが、あの世のモノならばどんな橋でも辻でもあの世への通路となり得る。


 陸橋の向こう側はあの世に続いている。


 ただ、橋の先は門の手前。

 辻の向こうは門の先。


 だから、今回は橋である必要があった。

 街中の陸橋は真ん中辺りまで走ると、景色が急に一変する。

 濃い霧の立ち込める場所に出るなりバンが叫ぶ。


はじめっ!」


 バンには自身が吐いた名を持つ者を引き寄せる力もある。


 少しすると、僅かに霧が晴れてくだんの高校生が困惑した表情で現れた。


「あ、この前の……」

 再会するなり、高校生、にのまえはじめは琳とコンを指さした。


「すみません、またミスで……今度は私のせいなんです」

 慌ててコンが弁明するが、琳に小突かれ、再び「あ」と項垂れた。


「え? あれって夢じゃ……ってこれも夢じゃ……?」

 さらに混乱した様子を見せたはじめだったが、全てを思い出した様子で、あ! と叫んだ。


 その様子に琳とバンはあーあ、という表情でコンを見、コンはすみません、と黒い狐に姿を変え、小さくなった。

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